【JICA筑波の研修を動かす!支える!人たち】一般社団法人 海外農業開発協会(OADA)丸山順平さん(平成23年度4次隊/カメルーン/野菜栽培)

【写真】丸山順平さん一般社団法人 海外農業開発協会(OADA)
丸山順平さん

課題別研修「稲作技術向上」の業務総括補佐として研修指導を行う丸山順平さん(一般社団法人 海外農業開発協会(OADA))にお話を聞きました。

【自己紹介、ご専攻、これまでの/現在のお仕事について】

NERICA栽培農家の訪問

2017年の3月からJICA筑波にて実施している課題別研修「稲作技術向上コース」のインストラクターを務めている丸山順平です。東京農業大学を卒業後、2012年3月末から2014年3月末までの2年間、青年海外協力隊の野菜栽培隊員としてカメルーンに派遣されていました。派遣国では野菜栽培だけでなく、陸稲品種ネリカの栽培・普及にも携わっていました。帰国後は大学院へ進学し、2017年に修了。現在は、一般社団法人海外農業開発協会(OADA)に所属し、本コースで研修指導を行っています。

【農学や農業に興味を持ったきっかけ】

私の実家は農家ではありませんが、祖父母が新潟で農業を営んでおり、幼少期の長期休みの度に農作業の手伝いをしていました。その農作業で土に触れ、野菜の生長を間近で見るだけでなく、収穫直後の野菜のおいしさが記憶に強く残っていたのが、農業に興味を持ったきっかけです。その後農業高校へ進学し、改めて実習を通じ農業を学ぶ機会を得て、農業への関心がより一層強くなりました。

【青年海外協力隊に応募したきっかけ&参加までの経緯】

セミナー参加農家への訪問で、播種方法を指導

徒歩1時間程のところにある農家への訪問

カウンターパートと家の前にて

高校在学時に偶然テレビで青年海外協力隊員の活動を見ました。見知らぬ土地で奮闘する姿に衝撃を受け、憧れを覚えました。その番組を見てからいつか海外で仕事をしてみたいと感じるようになり、さらに農業高校に在学していたため、海外で農業関係の仕事をしてみたいと考えるようになりました。高校3年次の進路相談で、東京農業大学に国際農業開発学科という学科があり、そこでは毎年多数の青年海外協力隊員を輩出していることを知り、進学を決めました。しかし、当時の私の学力では推薦・一般入試では合格することが厳しいという現実を突き付けられました。それでもあきらめきれず、入学方法を模索していたところ、東京農業大学の農場が日本全国に5ヵ所あり、そこで1年間技術練習生として働くことで大学の優先入試を受けられることが分かりました。さらに沖縄県の宮古亜熱帯農場は国際農業開発学科の直轄であり、亜熱帯地域農業の知識や技術を身につけることができるのではないかと考え、同農場の受験を決めました。当時農場は、青年海外協力隊の補完研修を行なっており、そこで協力隊候補生と約6ヵ月間生活を共にし、協力隊候補生を目指した経緯や、過去に訪れた国など様々な話を聞かせてもらいました。その他、大学から先生方が来島した際には海外の農業について話を聞く機会が数多くあり、青年海外協力隊としてアフリカに行きたいと感じるようになりました。その後入学した東京農業大学に在学中、エチオピアにて1ヵ月間、JICAボランティア短期派遣を経験することができ、今度は長期で協力隊に参加したいと強く思いました。 

【現地での協力隊活動と印象に残っていること】

トマト農家を訪問 

任地で実施したNERICAセミナー(実習)

任地で実施したNERICAセミナー(講義)

近所の子供たちとの写真。私の家の前が彼らの遊び場でした

私は、大学卒業後23年度4次隊でカメルーン中央州のマカック郡エコアジョン村に、野菜栽培隊員として派遣されました。要請内容は有機農業への移行などでしたが、実際に派遣されてみると野菜栽培はほとんど行われておらず、村自体がパームオイルを主産業としていました。しかし、小規模で野菜を栽培している農家はいたため、何かできることはないかと村中を歩き回り、農家の訪問を始めるようになりました。活動開始半年で、カメルーンで実施されているコメ振興プロジェクトのセミナーをカウンターパートと共に受け、任地で同様のセミナーを行なったところ幸運にも高評価をいただき、近隣の村にて同様のセミナーを数回行ないました。任地や近隣の村では、元々稲作は行われていなかったのですが、米は特別な祝い事などの際に食す物として好まれていたのと、陸稲品種であれば水田を必要とせず畑で育てられることから、セミナー参加者の反応は良く、稲作に対して関心を持ってくれました。また、セミナー参加者の多くは私が訪問を行なっていた農家だったので、セミナー後の訪問は比較的容易にできました。そこから野菜栽培兼稲作隊員のような活動になりましたが、大学では稲を扱っていたのでとてもやりがいを感じたのを覚えています。
 セミナー参加農家への訪問は2年間の活動終了直前まで続けました。当初は配布した種子を食べてしまったり、売ってしまったりする農家、播種後の管理をせず鳥害に遭い全滅してしまう農家がいたりとなかなか上手くいかず苦労しましたが、収穫までこぎ着けた農家が現れ、収穫できた種子を保存し、次の雨季に再び播種する等、自発的に稲作に取り組む様子が見られるようになりました。週1回訪問していたある隣村までは、徒歩で2時間と長距離でしたが、農家の稲作状況に変化が現れるにつれ、徐々に訪問が楽しみとなっていきました。
ある日その隣村の農家から呼ばれ赴いてみると、収穫までできた農家がそこの村長を呼び、私を紹介してくれました。さらにその農家が自身の村で稲作のセミナーを自身が講師となって行なっていました。私が首都で受講した稲作のセミナーから、私が村で開催したセミナーが波及し、農家が自身の村でセミナーを開催するまでに稲作が広がっていきました。これは私の活動期間で最も嬉しかった出来事です。今思い出すと辛いことのほうが多くを占めていましたが、その分嬉しかった出来事、楽しかった出来事は鮮明に覚えています。今でも時々その村の農民から電話がかかってきて、進捗を教えてくれます。

【帰国後(大学院進学~コンサルタント会社入社・研修指導)】

セミナー参加者への種子の配布(左)農家(右)カウンターパート

初めて、収穫まで栽培できたNERICA

派遣前、帰国後は日本で農家になりたいと考えていました。しかし協力隊の活動中に多くの農家と知り合い、収量が増えた時の農家の顔を見ることができたことで、これまで自分が得た知識や経験を活かし、より多くの農家に何らかの形で関わりたいと感じ、農業分野の専門家として再びアフリカに行きたいと感じるようになりました。カメルーンから帰国後、大学へ帰国報告に行った際、先生方と今後の進路について話し合い、農業を専門にして海外で働くには最低でも修士の資格があった方が有利と聞き、大学院進学を決めました。大学院ではカメルーンで関わっていた陸稲全般についての研究を行ないました。大学院修了後は、海外に行った際に高いパフォーマンスを発揮できるように直接専門家を目指すのではなく、まず国内で稲作の技術や知識など専門性を磨いてから挑戦しようと考え、海外農業開発協会(OADA)に就職し、現在の稲作技術向上コースでの研修業務に臨むことになりました。

【研修に携わって】

研修指導中の様子1

研修指導中の様子2

研修指導中の様子3

2017年、初めての研修業務を3月から11月まで経験しました。主にアフリカから来日した研修員と直接稲作に関わり、実験を行なったり日本の農業分野における普及方法を学びにJAへ、稲作栽培技術を学びに県の農業試験場など様々なところに現地研修へ行ったりととてもやりがいのある、充実した1年でしたが、その反面自身の能力・実力不足を強く感じる1年でもありました。私は指導者という立場ではありますが、年齢・稲作に関わってきた年数ともに上の研修員から逆に教えられることもありました。それでも自分にできることは何かあるはずと考え続け、大学から大学院で学んできた様々な調査、実験の手法や、調査結果の要因を論理的に分析する大切さについて指導を行ないましました。研修員たちは、帰国した後に自国で同じ方法で実験を行なう際には気候、栽培品種など多くの要因が異なり、同じ結果が出るとは限りません。方法だけでなく、実証に基づいて「なぜか」という気づきを引き出し、要因を多角的に考える力を身につけてもらえるよう指導に力を入れました。
研修を通して、研修員たちの自国のために稲作技術や普及方法を学ぼうとする積極的な姿勢を見ることができました。そうした彼らの姿は、私自身のモチベーションの向上につながりました。また、協力隊員の時に感じた「専門家として、途上国でもっと多くの農家に関わりたい」という気持ち、形は異なっても今は日本国内から間接的に多くの農家に関わることができていると実感しています。さらにここで積んだ経験が、専門家として海外に赴任した際に必ず活きてくると信じています。これからの研修業務において、一つでも多くの知識や技術を身に着け、研修員に伝えていきたいです。そしていつか私が専門家として、JICA筑波で関わった研修員の国に行った際、稲作の話だけでなく思い出話や、互いの進捗についても話がしたいです。

【これからの抱負&協力隊・国際協力を目指す方へのメッセージ】

これだけ農業に関わっているのですが、まだまだ能力不足と痛感する毎日です。ただ、それに臆せず、失敗を恐れず常に挑戦していきたいと思っています。これは、協力隊の経験から学んだことですが、自分に何が出来て、なにが出来ないかは実際にやってみないと気付かないことが殆どですし、失敗して学ぶことのほうが多いと私は思っています。やらないよりはやってみてからの方がどんな失敗体験、成功体験、経験も生きてくると私は思っています。