知られざるストーリー

料理本のアカデミー賞

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水深500メートルほどの深海で獲れる巨大なイカ、ソデイカ。カリブ海では主に南はトリニダード・トバゴのトバゴ沖、北はジャマイカまでの範囲に生息することが確認されている。

「料理本のアカデミー賞」とも呼ばれるフランスの料理本コンテスト「グルマン世界料理本大賞」。2013年は2月に授賞式が行われ、俳優・速水もこみちさんの著書が部門グランプリを受賞したことが話題となったが、ほかにも日本人の著書がノミネート作に名を連ねていた。その一つが、魚介類部門のベスト5に選ばれた英語のレシピ集『ソデイカのレシピ53』(原題は『53 Recipes Of Diamond Back Squid』)。著者の石田光洋さん(48)は青年海外協力隊OBだ。水産分野のJICA専門家としてドミニカに赴任していた2011年に企画、執筆したものである。

ソデイカは、体長が1メートル、体重が20キログラムにもなる巨大なイカ。沖縄では漁獲高がマグロに次ぐ名海産物となっており、主に炙り刺身などで食されている。肉の厚みと独特の甘みが食材としての特徴だ。
『ソデイカのレシピ53』は、カリブ地域の住民や観光客が好みそうなソデイカ料理のレシピ53件をまとめたもの。ソデイカ料理に馴染みがなかった同地域でその消費拡大を促し、ドミニカで始まりつつあるソデイカ漁を軌道に乗せるというのが製作の意図である。同書はおそらく、ソデイカ料理だけを扱うレシピ集としては、カリブ地域のみならず、世界でも初となるユニークな作品だ。
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Love Me Tender

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『ソデイカのレシピ53』の表紙とレシピのページ。ドミニカ料理のほか、イタリア料理や日本料理なども盛り込まれている。

普及の手段として「レシピ集」を用意したのには理由がある。ほかの海産物と同じように扱ったのでは、おいしい料理には仕上がらない食材なのだ。
「イカは加熱すると、60度付近を越えるときと80度付近を越えるときの2回、タンパク質が熱変性します。80度付近を越えるときの熱変性は、イカ肉の食感と味を落としてしまう。そのため、調理する際は火の通し方に細心の注意が必要なのです。『ソデイカのレシピ53』ではこのポイントを、エルヴィス・プレスリーのヒット曲でもある『Love Me Tender(やさしく愛して)』というキャッチフレーズで強調しています。さらに、レシピのなかでも『ほかの具材と炒めるときには最後に入れる』『揚げるときには一瞬で取り出す』といった注意点を明記しています」(石田さん)

『ソデイカのレシピ53』は、石田さんのカウンターパートにあたるドミニカ水産局が約2000部を印刷し、水産分野の技術協力がJICAによって進められていたカリブ地域6ヵ国の関連省庁に配布。早速反響があり、各国の観光ホテルやレストランでソデイカ料理が出されるようになった。なかでも、観光業が活発なセントルシアからは注文が急増。漁の規模を拡大し、供給を切らさずにいられるかどうか、ドミニカの漁業者らは正念場を迎えている。

5年越しの夢

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ドミニカにおけるソデイカ漁の試験操業で使われた漁船

ソデイカがカリブ海全域に生息していることが突き止められたのは、2001年にさかのぼる。JICAがトリニダード・トバゴで実施した技術協力プロジェクト「持続的海洋水産資源利用促進計画プロジェクト」でのことだった。ソデイカが同地域の新たな水産資源となる可能性に期待がかかり、現地の漁業者への漁獲技術の指導なども行われた。しかし、漁獲や消費の普及には至らないまま、2006年にプロジェクトは終了。

石田さんは、このプロジェクトに専門家として参画した一人だ。石田さんはその後、2007年と2010年の2回、いずれも個別案件のJICA専門家としてカリブ地域に派遣され、ドミニカを含む3ヵ国で水産開発アドバイザーとして活動。トリニダード・トバゴで志半ばに終わったソデイカ普及の取り組みに再び着手し、『ソデイカのレシピ53』を著したのは、この2回目の赴任時である。

5年に及ぶソデイカへの片思いを実らせた石田さん。その執念の裏には、石田さんとイカとの深い関係がある。水産物加工を専門とする石田さんは、約20年にわたって各国で水産分野の国際協力に携わってきた。そのなかでたびたび取り組んできたのが、イカの消費拡大に向けた活動だった。

青年海外協力隊がキャリアの原点

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『ソデイカのレシピ53』を企画、執筆した石田光洋さん。青年海外協力隊を経験した後、水産分野のJICA専門家として活躍してきた。

石田さんの大学での専攻は食品生産化学。初めて水産物加工の実務に携わったのは、大学を卒業して間もない1990年に参加した青年海外協力隊でのことだ。派遣先はコロンビアのチョコ州開発公社。魚食のプロモーションとして、ソーセージやハンバーグなど魚肉を使った食品の生産技術の指導に携わった。石田さんはこの時代を、「その後の専門家としてのキャリアの土台がつくられた」と振り返る。
「協力隊時代、同じ時期にコロンビアで働かれていた水産物加工を専門とするJICA専門家の方に、水産物のさまざまな加工技術を学ばせてもらいました。水産物を使った料理のレシピを絶えず収集する習慣がついたのはこの時代です。水産開発は、水産物の獲り方を伝えるだけではなく、『食べてもらえる』ところまで持っていって初めて完結する。そのためには、現地の方々の目線に立ちながら、その食生活を理解することが不可欠。その姿勢を身につけたのも、協力隊時代のことでした」

イカの加工を初めて経験したのもこの協力隊時代だ。以来、市販のレシピ本に載っている料理や、現地の人に教わった料理のうち、イカを使うとおいしいだろうと思われるものがあれば、材料の分量などを記録しながら自分で試作し、イカ料理のレシピのストックを増やしていった。
その後、JICA専門家として働いたシンガポールではイカの鮮度保持技術の研究に、同じくチリではアメリカアカオオイカの消費拡大に携わった。

カリブ海におけるソデイカの生息を突き止めたトリニダード・トバゴの技術協力プロジェクトだったが、ソデイカ漁の試験操業はまだ小さな規模にとどまった。石田さんはすぐにでもソデイカ料理のレシピを開発したかったが、試作に使うソデイカが手に入らず、断念。
それでも、いつかチャンスが訪れたら、カリブ地域でソデイカ料理のレシピ集をつくり、これを同地域の食卓にのせようという意欲は失わなかった。トリニダード・トバゴでその味をみずから体験していたことから、「Love Me Tender」が徹底されさえすれば、カリブ地域の人々にも賞賛されるような食材となる確信があったからだ。

そうして2010年に三たびカリブ地域に赴任した石田さん。幸運だったのは、同時期にJICAによる水産分野の開発調査「カリブ地域における漁業・水産業に係る開発・管理マスタープラン調査」が始まったことだ。トリニダード・トバゴのプロジェクトで一緒に働いた漁業技術を専門分野とする元JICA専門家や、チリでイカを取り扱った経験を持つ青年海外協力隊OBが参画しており、彼らがドミニカでソデイカ漁の技術指導に取り組んでくれることになったのだ。漁獲拡大は開発調査が担当し、消費拡大は石田さんが担当する。この二人三脚により、ソデイカの普及がようやく実現する見通しとなった。
石田さんがレシピ集の企画をドミニカ水産局に持ちかけたのは、同国の漁業者が漁獲技術をマスターし、まもなくソデイカ漁の本格操業が始められるという時期だった。

料理隊員が「和食」で助っ人

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ドミニカ水産局スタッフらがソデイカ料理を試食。彼らの意見をもとにレシピに改良を加えていった。

「今までためてきたレシピのなかから特においしいものをピックアップするとともに、ドミニカの料理や、刺身や寿司といった日本の料理を新たに盛り込み、楽しい本に仕立てよう」。2011年4月、石田さんが水産局のスタッフとレシピ集のプランを話し合うなかで、アイデアはこんな方向に発展していった。レシピ集を完成させるためには、試作して味を確認し、レシピを洗練させることが必要。そこで、ドミニカ料理や日本料理をつくることができる料理人を助っ人に呼ぶことになった。前者の調理は現地のレストランのシェフに依頼。後者の調理を引き受けてくれたのは、当時、同国で料理教室の開催などに取り組んでいた青年海外協力隊の料理隊員、千田崇裕さんだ。千田さんには、京都の日本料理店で料理人として修業した経験があった。

試作と試食、および完成品の撮影に費やしたのは7日間。場所は、水産局の実験室で行った。試作品は水産局のスタッフらにも味見をしてもらい、評判が悪ければ調味料の分量を変えたり、掲載候補から除いたりした。なかには、ソデイカに合いそうな地元の料理を新たに紹介してくれるスタッフもいた。夕方になると、石田さんがソデイカを使ったカクテルをつくり、試食に集まってくれたスタッフらに振る舞う。アルコールが入れば、料理談義はいっそうにぎやかになる。現地の人を活動に巻き込み、その力を引き出すというやり方は、石田さんが協力隊時代に身につけ、その後の国際協力の仕事のなかで基本姿勢としてきたものにほかならない。

料理は世界共通の言語

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青年海外協力隊員時代に『ソデイカのレシピ53』の製作に参加した千田崇裕さん。得意とする和風料理のレシピを提案した。

最終的にレシピを掲載することとなった料理のなかには、千田さんが提案した料理も少なくない。コロッケやあんかけ、てんぷら、照り焼きといった和風の料理だ。
「ドミニカでは近年、しょうゆも手に入るようになったので、それを使う料理を提案してみました。それまでドミニカの各地で料理教室を開いてきた経験があったので、現地の人たちにどのような味の料理が受け入れられそうか、すでにイメージはあった。多くのレストランでメニューに取り入れてもらえるよう、工程が3段階ほどで調理がたやすく、かつ高級な食材が要らない料理を選んでいます」(千田さん)
なかでも好評だったのは「照り焼きバーガー」だ。現地で仕出し店を営む知人に紹介したところ、非常に気に入り、間もなくその店のメニューに取り入れてくれた。
「国が違っても、料理は料理。切る、焼く、炒めるなど、どの国に行ってもやることに変わりはなく、料理はいわば万国共通の言語です。だからこそ、料理を教え合ったり、おいしさを共感し合うことを通じて、海外の人と仲良くなることができる。レシピ集の製作に参加したことで、料理が持つこのすばらしさをあらためて実感することができました」(千田さん)

『ソデイカのレシピ53』の執筆は2011年7月。執筆はすべて石田さんが行った。完成は同年10月。
「グルマン世界料理本大賞」に応募したのは、水産局のスタッフだ。彼らには、『ソデイカのレシピ53』をつくったのは自分たちだという自負がある。今後、同賞ノミネートを励みに彼らがソデイカの普及に向けた取り組みにさらに力を入れる可能性は高い。それこそ、「主役は現地の人たち」という国際協力の基本を協力隊経験で学んだ石田さんや千田さんが望むところである。

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