知られざるストーリー

まず初めに、マレーシア政府を代表して、日本政府のODAによるマレーシアに対する変わらぬ支援に対し、日本の皆様に心から感謝申し上げます。マレーシアに対する様々な支援の中でも、特にJICAボランティア事業については、最も成果のあがっている事業の1つではないかと思っています。なぜなら、ボランティアの皆さんの、大変な努力、粘り強さ、そしてその熱意が、私達マレーシア人にとって大変価値のあるものとなっているからです。

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首相府経済企画院
長官
Y. Bhg. Dato' Noriyah binti Ahmad

日本のODAは、これまで、マレーシアの経済発展や、それに伴う社会環境の変化などに適切に対応するために大変役立って来ました。そして振り返ってみると、日本からの協力は建物の建設や施設の整備といったハード面での支援から、キャパシティビルディングや技能開発といったソフト面への支援へと時代と共に変化してきました。これは、マレーシアが将来高所得国になるために、それまでハコモノを中心としていた開発事業から、より高度な知識に裏づけされた国づくりを目指す方向へと転換してきたマレーシアの開発政策の方向性に沿うものです。

1980年代に始まった「ルックイースト政策」を通してより活性化した日本との協力関係は、今日もなお大変重要な意味を持っています。ルックイースト政策を通じて日本を訪れる機会を得た私達は、戦後急速な発展を遂げた日本を目の当たりにしました。ルックイースト政策が成功したと言えることは、日本で研修を受けた学生や勤労者が他のマレーシア国民の模範となったことでも明らかですし、また、彼らが学び持ち帰った「日本人の仕事に対する倫理観や価値観」は、その後のマレーシアの発展に大きな影響を与えたものと思います。

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着任したシニア海外ボランティアを歓迎する長官

このようにマレーシアは日本からの支援を受けてきましたが、経済発展の進展に伴い、援助量は少しずつ減少してきました。現在では、私達が特に必要とする分野に絞り込んで、ODAによる支援をお願いするようになってきています。また、そのプロセスの中で、所謂プロジェクト型の技術協力による支援がゆるやかに減少していく流れの中においても、ボランティア事業については将来的にも継続的に実施していくことを大いに期待しております。

1965年にまで遡るこのボランティア事業は、マレーシアが国家として発展していく中で大きく貢献して来ました。青年海外協力隊及びシニア海外ボランティアの派遣を通じたマレーシアとJICAとの緊密な関係は、45年間に渡る両国間の持続的な協力関係の証です。今日までに約1500名のJICAボランティアがマレーシアに派遣され、環境、社会福祉、人材開発、農業や水産業、社会福祉、教育、スポーツ等本当に様々な分野で大きく貢献していただきました。2000年からの直近10年間では、346名のボランティアが派遣されましたが、彼らは非常に高いレベルの技術と実践的な経験を持っていて、それらを配属機関や地域住民に移転してくれました。ボランティア達の活動によって、人的資源の強化が図られた結果、任期が終了しボランテイアが帰国した後も、彼らが始めた活動は持続して行われています。地域社会において社会経済の発展を支援するボランティアの活動が、このようにコミュニティーの中でしっかりと受け入れられてきたことに大変誇りを感じています。

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マレーシア首相府経済企画院の長官と国際協力局 局長

障がい児教育は、これまでボランティア派遣をお願いしてきた重要な分野の1つですが、障がい児教育を実施するコミュニティーセンターに配属されたボランテイア達が実施してきた活動の成果は、全国にある同様のコミュニティセンターにおいても高く評価されています。ボランティア達は、こういったセンターにおいて同僚に対するOJTを行うだけでなく、障がい児の親や地域社会に対しても、きちんと障がい児と向かい合うよう働きかけました。その結果、障がい児とその両親や地域社会とを交流かつ融合させることとなり、それぞれの置かれた環境をより緊密なものにすることが出来ました。

今後のボランティア派遣については、これまで以上にマレーシアが真に必要とする分野へと特化されていくものと思います。現状をみると、現在ボランテイア派遣お願いしている分野は、今後マレーシアが先進国となっていく上で備えていなければならない技能や技術を補完するような分野となっていく傾向があります。このことからも、今後は、社会福祉や障がい児教育分野、職業訓練といった協力の効果が出てきている分野への派遣を期待するとともに、グリーンテクノロジーやバイオテクノロジーのような高度な分野へのシニア海外ボランティア派遣なども考えられるものと思います。

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JICAマレーシア事務所長と懇談する長官

私どもとしていたしましては、マレーシア国民の生活の質をより良くしていくために、今後とも、これまで両国で培ってきた緊密な協力関係を維持していければと思います。そして、首相府経済企画院は、その中心な役割を果たす機関として配属機関に対するきめ細かな目配りを行うなど、実りあるボランティアの活動のための支援を続けたいと思います。

最後になりますが、これまでマレーシアで活躍された全てのボランティアの皆様から頂いた心のこもった支援と協力に対し、マレーシア政府を代表して、改めて感謝申し上げます。また、併せてJICAに対し心からの謝意を述べますと共に、今後とも、ボランテイア事業が成功裏に実施されることを祈念いたします。

首相府経済企画院
長官
Y. Bhg. Dato' Noriyah binti Ahmad

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※ルックイースト政策
1981年7月16日に マレーシアの第4代首相に就任したマハティールが同年の12月15日に提言した政策。日本・韓国をモデルとして、工業化と経済発展を目指そうとしたもの。

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