知られざるストーリー

ランの保護活動がもたらしたもの~自然保護と観光振興を目指して~

野生ランの宝庫


絶滅危惧種に指定されている白い可憐なパナマの国花「エスピリトサント」

エルバジェは、中米パナマの首都パナマ市から西に約120kmに位置し、中米最大のエルバジェ火山のカルデラ湖跡にできた標高600mの盆地の町。周囲は標高1,000mを超える山々に囲まれ、避暑地や観光地として国内外から多くの人が訪れている。またこの町は熱帯雨林と湿原に覆われた自然の楽園で、野生ランの宝庫としても知られ、山岳地帯にはパナマの国花であるエスピリトサントをはじめパナマ固有種を含む多数のランが自生している。しかし、生育地の開発や乱獲により、その豊かさは急速に失われつつあった。

「APROVACA(ラン栽培者協会)」は、そうした状況のなか、住民たちが自ら野生ランを保護することを目的に、2001年に設立されたNGO組織だ。APROVACAが運営する「ラン保護センター」では、絶滅が危惧されるランをセンター内で栽培し、山に植え戻したり、ランの栽培技術を住民たちに教えたりしている。また、地域の住民をガイドとして雇用し、国内外から訪れる観光客を対象としたエコツアーを実施するなど、野生ラン保護と住民の現金収入確保とを両立させるための活動を続ける。

シニア海外ボランティアとしてパナマで野生ランの保護に取り組んだ明智洸一郎さん(写真左)と夫人の由美子さん(同右)

こうしたパナマの野生ラン保護活動の礎を築いてきたのが、元JICAシニア海外ボランティアの明智洸一郎(あけち・こういちろう)さんだ。定年退職後、ボランティアとしてパナマに赴任したことをきっかけに始まったランの保護活動を帰国後も継続。APROVACAを支援するため日本で「COSPA(パナマ野生ラン保護活動)」を立ち上げ、すでに10数年になる。そしてこのCOSPAの活動には、これまで多くの青年海外協力隊の元パナマ隊員らが関わり、支えてきた。

止まらないランの乱獲


日本の支援で整備されたAPROVACAが運営するラン保護センター

明智さんは大学の農学部で植物病理学を専攻し、卒業後は製薬会社に就職した。会社では主に農薬の研究開発に携わっていた。JICAシニア海外ボランティアを知ったのは、会社の移転に伴い退職する社員の再就職をサポートしていた時だった。「リタイア後の人生として、海外でボランティア活動をするという道もあるんだ」と、漠然と思ったという。そして定年退職後、いったんは別の会社に再就職したものの、何か物足りなさを感じていた明智さんは、「自分にもできることはないか」と調べ、パナマ政府から野生ランの保護活動をしてほしいという要請があることを知った。これならば、自分の知識と経験を生かせるのではないかと考えた明智さんは、シニア海外ボランティアに応募することを決意。2000年4月から2年間、パナマのエルバジェで活動することになった。


当時、エルバジェでは農地の開拓や別荘地の開発のために熱帯雨林の伐採が進み、ランの生育環境が急速に悪化していた。さらに、山岳地域に住む人々が野生ランを観光客に販売して生計を立てていたため乱獲が進み、個体数が激減。そうした野生ランの中には、パナマの国花であり、ワシントン条約で国際取引が規制されている絶滅危惧種のエスピリトサントも含まれていた。明智さんがエルバジェに派遣されたのは、こうした状況を受け、野生ランの保護活動を行うためだった。ところが、派遣される前年の1999年に起きた政権交代の余波を受け、配属先の要職者の多くが交代。明智さんが赴任したときには、JICAにボランティアを要請したパナマ政府の責任者がいなくなっていた。

「現地に着いて早々、『要請した人がいなくなってしまったので、よかったらほかの仕事をやりますか』と言われました。パナマに限らず、政権が変わると組織の顔ぶれがガラリと変わり、それまでの方針とはまったく違った方向に進むことがよくあると聞いていたので、大きな驚きはありませんでした。それで私は、せっかく来たのだからランの保護活動に取り組みたいと答えたのです」

たった一人で活動を始めることになった明智さんが最初に取り組んだのは、フィールド調査だった。野生ランの個体数が減っているということは分かっていても、どの種がどれだけ減っているのか、実態は現地でもまったく把握できていない状況だった。「実態が分からなければ、どのように保護したらよいかも分かりません。まずは実態を把握するため、とにかく1年間、毎日のように山に入りました」と明智さんは振り返る。

APROVACAの大切な活動の一つになっている環境教育。周辺の学校で野生ラン保護の重要性を伝えている

この間、明智さんは野生ランが不法に採取される現実を目の当たりにする一方で、ランの保護活動に取り組む地元の住民たちとも知り合った。彼らと情報や意見を交換しながら、小学校を訪問して子どもたちに自然保護の重要性を伝える環境教育活動をしたり、野生ランを不法に採取して市場で売っている人たちに、市場で売るためのランを自分たちで栽培するよう呼びかけたりと、地道な活動を続けた。

「パナマではコチョウランが好まれるのですが、栽培は難しいと思われていました。しかし調べてみると、できないわけではないことが分かりました。そこで日本に休暇で帰国した時に、フラスコなどの栽培に必要な道具を仕入れ、パナマの人たちに育苗や栽培の方法を教えました。山から採取してくるものより高く売れるランを栽培することができれば、野生ランの保護が進むと考えたのです」

ランを保護する住民とランを採取する住民の双方に、明智さんは野生ランを保護するためのNGOをつくってみてはどうかと勧めた。こうして生まれたのがAPROVACAだった。「パナマ政府からのもともとの要請は、ランの研究施設をつくり、ランの希少種を栽培してほしいというものでした。しかし1年間調査して感じたのは、施設をつくって研究をするよりも前に、野生ランを採取して生計を立てている住民に対して、その代わりとなる現金収入を用意してあげるべきだということでした。根本的な問題を解決しなければ、野生ランの乱獲はいつまでたっても終わりません」と明智さん。

その後、パナマ政府や在パナマ日本大使館の協力を得て、APROVACAの拠点となる「ラン保護センター」を建設する目途を付けた。明智さんの赴任からすでに1年半が経過していた。ラン保護センターの設備や機材は、日本の最先端の機材を入れてもメンテナンスができなければ使われなくなってしまうという考えから、可能な限り現地調達にこだわったという。そうして完成にこぎ着け、保護センターの竣工式が執り行われたのは、明智さんが任期を終えて日本に帰国するわずか4日前だった。

帰国後も続く「ストーリー」


ラン保護センターにある栽培場で希少種のランを育成し、山に戻している

帰国を前にして明智さんが懸念していたのは、スタートしたばかりのAPROVACAやラン保護センターの活動が、すぐに頓挫してしまうのではないかということだった。現地でプロジェクトを立ち上げても、日本人が帰国してしまうとなかなか継続されないことがある。実際、帰国した明智さんが、パナマで活動する協力隊員やシニア海外ボランティアにラン保護センターの様子を見に行ってくれるように頼んだところ、心配していたとおり施設が閉まったままだという情報が伝わってきた。そこで明智さんは、APROVACAを継続的に支援するため、日本でCOSPAを立ち上げた。

絶滅危惧種のエスピリトサントを保護するためにCOSPAが始めた試みの一つが、ランのオーナー制度だ。一株ごとに年間3,000円ほどの栽培管理費を募り、ラン保護センターの運営資金に充てる仕組みになっている。これまで、日本国内にいる支援者だけでなく、パナマのラン保護センターを訪れる観光客など約100人がオーナーとなった。さらに、日本人にパナマの自然と野生ランの保護活動を知ってもらうためのエコツアーも企画。明智さんもツアーに同行するなど毎年パナマを訪れ、ラン保護センターの運営状況を見守っている。

周辺の自然保護区に整備された観察路を多くの観光客が散策している

こうしたCOSPAの活動を支えてきたのは、青年海外協力隊の元パナマ隊員たちだ。
「オーナー制度の立ち上げや、APROVACAにエコツーリズムの考え方を導入して観光ラン園の運営を現地でサポートしたのは、1994年から2年間、パナマのベラグアス県ラ・ジェグアダ環境庁森林保護局で木工隊員として活動した三浦ふづき(みうら・ふづき)さん(故人)でした。1999年から2年間、システムエンジニアとして活動した兵藤三尚(ひょうどう・みつなお)さんは、APROVACAを管理運営するコンピュータシステムを開発し、現在、COSPAの副代表も務めてくれています。2009年から2年間、村落開発普及員として住民の生活向上に取り組んだ佐藤瑞西(さとう・みずし)さんは、英語しかわからない観光客のために、海外から英語ガイドのボランティアを受け入れるシステムを確立してくれました。このほかにも、当時、JICAパナマ事務所に勤務していた松井裕美(まつい・ひろみ)さん、そして、多くの元パナマ隊員がCOSPAの活動に加わり、APROVACAを支援してくれています。さらに、2016年10月には、新たに観光分野の隊員がAPROVACAに派遣される予定になっており、まさにパナマの野生ランの保護活動は、JICAボランティアによって支えられてきたと言っても過言ではありません」と話す明智さん。

都内のホテルで開催された授与式で、パナマのソト外務大臣からマヌエル・アマドール・ゲロル章を授与される明智さん

こうしたJICAボランティアによる貢献のほかにも、外務省の「草の根・無償資金協力」やJICAの「草の根技術協力プロジェクト」などを通じて、ラン保護センターの建設や観光客向けのラン園、宿泊施設、カフェ、セミナールーム、展示スペースなどが整備されている。また、協力隊経験者でパナマ在住の西村秀紀(にしむら・ひでのり)さんがリーダーとなり、周辺に広がる自然保護区の山道を観察路として整備し、入山者の管理を行うスタッフも配置。地元住民ガイドによるエコツアーも人気となっている。今では、APROVACAのラン保護センターは旅行者向けのガイドブックなどでも紹介されるようになり、年間来場者は5,000人を超えた。その収入によりAPROVACAの運営も安定し、ようやく、パナマ側だけでも自立して運営をしていく目途がつきつつあるという感じだ。



そして2014年3月には、長年にわたるパナマにおける野生ランの保護活動が高く評価され、明智さんは、来日したフランシスコ・ハビエル・アルバレス・デ・ソト外務大臣からマヌエル・アマドール・ゲロル章を授与された。この勲章は、パナマ国内外で科学、文化、政治分野などで功績を挙げた人に贈られるものだ。授与式でソト外務大臣は「この勲章は明智さんの業績をたたえるだけでなく、明智さんの活動を支援してきた青年海外協力隊の一人ひとりを称賛するものです」と述べている。

授与式には、COSPAの立ち上げから参加し、現地PROVACAで活動した三浦ふづきさん(故人)の父・省三さん(写真左から2番目)らも招かれた

「パナマ政府も国立公園や保護区をつくり保護に取り組んでいますが、まだまだ十分とはいえません。野生ランの保護、そしてパナマの豊かな自然の保護活動がもっともっと広がるように、APROVACAの活動をサポートしていき」たいと明智さん。

エルバジェが野生ランの楽園に戻る日を夢見て、明智さん、そしてその活動を支えるJICAボランティアの取り組みは、これからも続いていく。

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