知られざるストーリー

協力隊の活動を基に JICA初のプロジェクトが始動 ~幼児教育に生かされる草の根の視点~

協力隊の活動を基に開始されたJICA初のプロジェクト


ドンカムサン教員養成校で指人形の制作を学生に指導する協力隊時代の梶山さん(写真右奥)

2017年6月、JICA初となる保育・幼児教育分野の技術協力「就学前の教育と保育の質向上プロジェクト」がエジプトで開始された。このプロジェクトは、2016年2月に発表された「エジプト・日本教育パートナーシップ(EJEP)」の中に、過去20年間、70人を超える幼児教育分野の青年海外協力隊が同国で活動し、経験とノウハウを蓄積してきたことを踏まえ、日本の幼児教育の特色でもある「遊びを通じた学び」の実践と全国的な普及に取り組むことが盛り込まれたことを受けたものだ。このパートナーシップが結ばれた背景には、教育はテロリズムや過激主義との闘い、国の平和と安定、発展および繁栄のために最も重要な取り組みであるとの考えがある。

プロジェクトでは、エジプトの保育園の保育内容や設置基準などを定めた「スタンダード」の改定を支援したり、協力隊が開発した保育・幼児教育教材をレビューして、「遊びを通じた学び」を実施するための指導案集を作成したりすることになっている。また、保育園を所管する社会連帯省やその支所の関係者、現場の園長や先生たちを対象とした研修を行うとともに、保育の質を確保するために同省が行う巡回指導といったモニタリングシステムの改善のほか、「遊びを通じた学び」への理解を広げるための啓発活動などにも取り組む計画だ。

協力隊の活動を踏まえ開始されることになったこのプロジェクトに派遣される専門家にもまた、協力隊経験者がいる。

そのうちの一人が、梶山葉子(かじやま・ようこ)さんだ。ラオスの首都ビエンチャン市中心部から南東に17キロほど離れた田園地帯にあるドンカムサン教員養成校で、2010年9月から2年間、幼児教育の隊員として活動した経験を持つ。

日本での経験を携え途上国へ


「保育士になったのは、小学校の先生をしていた母親や子どもが大好きだった祖母の影響かもしれません」

梶山さんには7つ年の離れた弟がいたこともあり、小さい子どもの面倒を見るのが好きで、小学校のころの文集には、将来は保育園の先生になりたいと書いていた。ところが、中学、高校へと進むにつれ、国際的な仕事に就きたいと思うようになり、大学では英米語学科を専攻した。そんな彼女は、学生時代に保育補助のアルバイトをしている。

「この時、人生の一番初めの数年を支える保育士という仕事に強いやりがいと魅力を感じたのです」。小学生のころに抱いていた夢が蘇ってきた梶山さん。国際的な仕事と保育士という2つの夢を叶えるためにはどうしたらいいのか。明確な答えは出せなかったが、大学を卒業後、保育補助などのアルバイトを続けながら勉強し、まずは保育士の資格を取得。その後、採用試験に合格し、東京都内の公立保育園で保育士として働き始めた。

実は、梶山さんは大学生の頃に何度か協力隊の説明会に参加したことがあったという。ところが、幼児教育分野の募集は、保育園の園長先生や行政機関の担当者に助言するなど、高い知識と経験が求められるものばかりだった。

「私なりに日本の現場で知識と経験を積んで、自分自身の保育に自信が持てるようになってから参加したいと思い、まずは10年働き、そしてその間、いろいろなセミナーへ参加したり、さまざまな文献を読んだりと、国際協力に対する理解を深める努力もしながら協力隊に応募しました」

「遊びを通じた学び」に取り組んだ2年間

乳児クラスの子どもたちが指先を使った遊びに主体的に取り組めるよう、ホックでつなぐ玩具を制作する教員養成校の学生たち

梶山さんが青年海外協力隊に参加し赴任したドンカムサン教員養成校は、ラオス国内に8校ある教員養成校の中心的な存在だ。赴任した当時は、幼児教育科のほか、初等教育科があり、1,000人ほどの学生が学んでいたほか、敷地内には付属の保育園と幼稚園もある。園舎は日本のNGOの支援で建設されたもので、幼児教育科の先生1人と付属園の先生1人は日本の幼稚園で7カ月間の研修を受けたことがあるなど、日本との関わりも深かった。

教員養成校側の日本人に対する期待の高さを感じる一方で、どのような取り組みをしていくかを話し合っていく中で出てくるのは、「アップデート!」という言葉。現状に課題はないが、何か新しいことを教えてほしいということだった。本当に問題はないのか、あるとすればそれは何か、配属先が望む「アップデート!」(=新しいこと)とは一体何か。梶山さんは、まずはラオスでどのような保育が行われているかを把握することが必要だと考え、配属先や近隣はもちろん、地方の教員養成校、保育園や幼稚園も見て回った。また、その国の幼児教育を考えていくためには、その国の文化、習慣、人々の生活などを理解することが重要だとの思いから、学校の敷地内にある寮で学生と生活を共にし、休日には先生や学生の実家に遊びに行くなど、積極的にラオスの人たちと一緒に過ごすようにした。

付属園の先生と養成校の学生が一緒になって手作りした本棚やおままごと用の棚、冷蔵庫、クッションなどを置いた「遊びのコーナー」

そして見えてきたのが、日本では当たり前の「遊びを通じた学び」という考え方が希薄なことだった。「ラオスでは遊びと学びは別々のものとして捉えられていて、保育士にとって遊びは、勉強と勉強の合間の“休み時間”という位置付けでした」と梶山さん。「子どもたちは主体的に遊ぶ中で、さまざまな発見をしたり、友達や保育士と関わりながら自尊心や思いやりなどを身に付けたりします。保育士は子ども一人一人の発達や興味に合った環境を用意し、彼らの主体的な遊びが発展するよう支援することが大切です。“休み時間”をもっと大切に、先生たちには子どもたちの遊ぶ姿をよく観察したり、一緒に遊んだりして子どもたちへの理解を深め、より適切な支援をしていってもらえたらと思いました」。

そこで梶山さんは、付属園の先生たちや教員養成校の学生たちと、リサイクル品を利用して保育室の家具を作って「遊びのコーナー」を設置したり、各クラスの子どもたちの発達に合わせた玩具を制作したりした。

先生たちが新聞紙やバトミントンの羽根が入っていた空ケースでつくった「輪投げ」で夢中になって遊ぶ子どもたち

また、クラスの子どもたち全員が一緒に活動する一斉保育の場面でも、できる限り先生と子どもたちが一緒になって楽しめるよう、指人形や紙芝居を現場の先生や養成校の学生たちと一緒になって制作した。「できるだけ地元で手に入る材料を使い、丈夫なものをつくるように心掛けました」と梶山さん。子どもたちの親も、材料となる段ボールや新聞紙、空き箱を集めてくるなど、協力してくれたという。

日本の幼児教育の現場で実践されている「遊び」を伝えることで、変わっていくラオスの子どもたちや先生、学生たちの姿を目の当たりにした2年間。梶山さんは「幼児教育分野の国際協力に携わっていきたい」と、あらためて強く感じた。

「協力隊の視点」の大切さ

対象地域のモデル保育園を訪問するJICAプロジェクトチームと協力隊員

帰国した梶山さんは、日本での保育士としての経験とラオスでの協力隊としての経験を体系化し、理論的に学んでみたいと、英国の大学院へ進学した。「海外の大学院に進んだのは、いろいろな国の留学生と一緒に学ぶことで、国や文化によって違う幼児教育に対する考え方に触れたいと思ったからで、英国を選んだのは、同時に教育開発学も学びたいと考えたからです」。研究のテーマはラオスの幼児教育。期待どおり、世界中から集まった留学生から刺激をもらいながら、自身の経験を振り返ることができ、「子どもたちは主体的な遊びの中からさまざまな学びを得るという、日本の幼児教育の可能性の高さをあらためて感じた」と話す。

大学院を修了してから半年間、タイにある国際機関の「乳幼児のケアおよび教育」の分野でインターンを経験した。そのころ、JICAが初の幼児教育分野の技術協力プロジェクト(注1)をエジプトで始めることを知った。梶山さんは帰国し、JICAの教育分野の技術協力プロジェクトを所管する部署で、専門嘱託職員として働き始めた。その後、JICA初となる保育・幼児教育分野の技術協力「就学前の教育と保育の質向上プロジェクト」の専門家の募集が始まると、梶山さんは「貴重な機会なので挑戦したい」と応募。派遣される3人の専門家の一人に選ばれた。

「JICA初の案件に関われることになったのは本当に幸運なこと」と梶山さん。「このプロジェクトは、エジプトはもちろん中東の国々に派遣されてきた数多くの協力隊の活動の蓄積が基になったもの」「協力隊の活動報告書や指導案書を読み、保育教材などを見る中で、今後のプロジェクトの参考にできるものがたくさんありました」と話す。

プロジェクトは現在、幼児教育を管轄する社会連帯省とともに、5つの対象地域にある50のモデル保育園の先生を対象にキックオフ・ワークショップを開催するなど、本格的に動き出したばかりだが、すでに同国に派遣されている協力隊との緩やかな連携も生まれている。

「先日、対象地域のモデル保育園を訪問した際、希望する協力隊の方に同行してもらい、自身が活動する園との相違点や気付いたことなどについてコメントをもらったのですが、現地の文化や習慣、生活の様子をよく知る協力隊の視点は、とても参考になりました」

プロジェクトのテーマである日本式の「遊びを通じた学び」は、まさに自身が協力隊としてラオスで取り組んだ活動と重なる。その国の教育を考えていくためには、その国の文化、習慣、人々の生活や考え方などを理解することが重要だという協力隊の時の思いも変わらない。

「協力隊の方々にもそれぞれの活動がありますので、その妨げにならない範囲で、この国の幼児教育の現場からの視点やアイディアをもらえたらと考えています」

エジプトそして中東地域に派遣されてきた協力隊の活動を踏まえた技術協力プロジェクトが今、多くの人たちの思いを乗せて動き出した。


※このインタビューは2017年6月および9月に行われたものです。


注1:https://www.jica.go.jp/project/


※これまで中東地域で活動してきた幼児教育分野のJICAボランティアに関する関係者の寄稿文は下のPDFをご覧ください。

「子どもたちの笑顔のために」 -中東地域に広がった幼児教育ボランティアの軌跡-
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