小松 美紀(こまつ みのり)さん 青年海外協力隊

価値観がまったく違うセネガルの村で医療に携わり、
人々の温かさに触れて、新たな夢が見つかりました。

2016.02

青年海外協力隊に参加した先輩の姿に、
自身を重ねあわせた中学生時代。

中学生のころテレビで見た「協力隊に参加した若い看護師が、アフリカの大地をバイクで走る姿」に憧れ、専門学校へ進学し看護師の資格を取得。都立病院の脳外科に5年、救命救急に2年勤務しました。
 本当は3年実務経験を積んだらすぐ協力隊に参加したかったのですが、いざ仕事を始めると楽しくなってしまい、年次が上がるにつれ新人教育や研究などの役割も増えてきたため、それらが一段落したタイミングで協力隊への応募に至りました。無事選考に通り、セネガルへ行くことが決まったときは「ようやく行ける」という思いでした。
 日本と現地の医療のギャップに適応できるか不安はありました。協力隊のレポートを読むと、前の隊員が苦労している様子も伝わりましたし、病気や治安についての不安も、なかったと言えば嘘になります。しかし全て「行ってみないと分からない」と気持ちを切り替えて、自分の気持ちと折り合いをつけました。

宗教観の違う異国の地で、
マラリア死亡率を低下させるために奮闘。

私は、首都ダカールから車で約6時間の場所にあるタンバクンダ州クンペントゥーム県の保健センターで活動していました。ここは周辺地域1万人を管轄する唯一の病院で、マラリアによる死亡率低下のためのデータ収集や、妊産婦死亡率低下のための取り組みが必要とされていたのです。
それに加えて、マラリアの予防啓発、母乳育児や妊婦の栄養摂取改善の推進などにも取り組みました。村人はマラリアの危険性は認識していましたが、予防意識がありません。その大きな理由として、宗教観の違いがあります。任地の人たちは信心深いイスラム教徒で「生きるも死ぬも神が決めたこと」と考えているからです。
しかし私は、その宗教観を理解した後も「病気を予防すれば命を長らえることはできるのに」という思いが消えず、紙芝居や演劇などを用いてマラリアの予防啓発に努めました。娯楽が少ない現地では、音楽を流すなどしてにぎやかに催した方が楽しんで見てくれるからです。その後のアンケートで、見た人から「予防が大事ということが分かった」との回答はもらいましたが、どれくらい浸透したかは分かりません。それでも、発信し続けることが大事なのだと感じました。

JICAボランティアで得たもの

人と人との支えあいに触れ、
帰国後のキャリアプランが固まる。

セネガルの人たちと接する中でとても素敵だと感じたのが、助け合いの精神。「お金はないけど子どもが病気になったから」と病院に来た母親に、病院職員が治療費を負担したり、高い抗生剤を買うお金や食事を渡したりすることは日常茶飯事です。持つ者が持たざる者に分け与えるのが、当たり前の文化なのです。
何より、昭和の日本のような人と人との関係性が私は本当に好きでした。例えば、お隣に調味料を借りに行ったその足でごはんをご馳走になって帰ってくるような…。これが現代の日本で実現すれば、孤独死や老老介護も減るのではないでしょうか。私は医療の現場で、介護で苦労されている方々や認知症世帯などをたくさん見てきましたから、ご近所同士の関係がもっと密になれば、辛い状態は回避できると強く思いました。
 こうした経験を経て、「日本でいつか、セネガルのようなお互いを支えあえる村を作る」という夢が生まれました。その一歩として、より地域に根付いた介護・看護を目指すべく、帰国後にケアマネージャーの資格を取り、介護業界の勉強をして、訪問介護・看護の会社「株式会社スマイライフ」を立ち上げたのです。今は1日に、3~4人の患者さんのご自宅に伺っています。その人らしい生き方のサポートができるこの仕事にやりがいを感じています。

これからJICAボランティアを目指すみなさんへのメッセージ

一歩を踏み出す勇気が大きな気付きを生む。

私は協力隊経験を経て「やりたいことは何でも、思い続ければ必ずできる」と気付きました。
小学生のころから憧れていたボランティア活動に参加することもできましたし、
赴任中にやりたいと思った訪問看護も、帰国後に実現することができました。
これから先も、諦めなければどんな夢も必ず叶うと思っています。
個人的には、準備を十分にしてからの参加の方が
活動先の力にもなり、活動の幅が広がるため、より自分の糧にもなると思いますが、
参加するかしないかで悩んでいるのなら、ぜひ一歩足を踏み出してみてください。
協力隊の仲間もみんな「行ってよかった」と言っています。ぜひ、世界の広さを感じてほしいです。

この記事のタグ
青年 スタートアップキャリア # 看護師 # 経験を生かす