人材開発で希望の虹をかける

2019年6月6日

さまざまな人種が住む南アフリカ。その多様性から、7色の虹にたとえて「レインボー・ネーション」と呼ばれている

2010年にサッカーのFIFAワールドカップが開催され、アフリカ経済の中心として多くの外国企業が進出している南アフリカ。大西洋とインド洋に挟まれた豊かな自然と多様な野生動物、世界で最も美しい街の一つと言われるケープタウンなど、観光地としても人気です。

しかし、そんな明るい光のすぐ隣に、スラム街、失業、犯罪など影の部分が広がっています。アパルトヘイト(人種隔離政策)は1991年に完全撤廃されましたが、人種により何十年にも渡って社会的に差別され、教育の機会を与えられなかったことにより、負の遺産として教育格差や高い失業率などさまざまな課題が残っているのです。

貧困層の底上げと格差是正のために求められるのは、人材基盤の強化です。JICAは、技術教育・職業訓練、理数科教育、産業人材育成プログラム「ABEイニシアティブ」など、さまざまな分野で南アフリカの人材開発の後押しをしています。

アフリカの持続的成長を担うキープレイヤー

ヨハネスブルグ・サントン地区。大型商業施設やオフィス街など近代的な街並みが続く。南アフリカの光の部分だ
写真:吉田亮人/JICA

南アフリカが議長を務める南部アフリカ開発共同体(SADC)は、沿岸国の港から隣国まで大型幹線道路をつないで物流網とする、18の回廊整備計画を打ち出しています。コンゴ民主共和国から南アフリカのダーバン港を結ぶ南北回廊は、その中でも中心的な位置を占める物流の大動脈です。

2016年の第6回アフリカ開発会議(TICAD VI)では、アフリカ支援の柱の一つとして「経済の多角化・産業化」が掲げられました。その実現のためには、個別の支援事業だけではなく、アフリカ各国の経済を連結しながら、その潜在力を引き出していくことが求められています。JICAは、3つの重点回廊を含む回廊エリアの総合広域開発を通して、アフリカの持続的な発展を目指しています。

南アフリカはアフリカ南部のリーダー国であり、その経済規模はサハラ以南のアフリカ諸国全体のGDPの約2割を占めています。南アフリカの安定と発展は、アフリカ南部の経済発展、ひいてはアフリカ全体の成長の重要な鍵です。JICAは、南アフリカの真の繁栄を実現するために、その担い手となる人づくりを支援しています。

基礎教育・産業人材育成の向上に向けて

「産業人材育成プロジェクト」の一環として、チームでミニチュアトラックを組み立てるツワネ工科大学の学生たち。チームワークや課題解決能力が養われる
写真:吉田亮人/JICA

南アフリカの失業率は、全体で約27%、若者層は約50%を超えるといわれ、この国の深刻な課題の一つです。南アフリカ政府は、2030年までに1,100万人の新規雇用を生み出し、失業率を6%まで改善することを目標に掲げています。そのためには、産業多角化や工学系人材の育成につながる基礎教育の改善、特に世界で最下位レベルにあるといわれる算数教育の改善が求められています。JICAは、専門家の派遣や研修を実施し、授業研究の実施、指導書開発等を通じて、算数教育に携わる教員の能力向上を支援しています。

また、高等教育における 産業人材育成も必要です。南アフリカでは学生に対する就業訓練が不十分で、卒業後も就職できない人が多くいます。JICAは、高等教育訓練省に専門家を派遣し、全国の工科大学6校および総合大学1校で、効果的な働き方、コミュニケーション能力、チームワーク、課題解決力などのソフトスキルを身に付ける研修「産業人材育成プロジェクト(EIP)」を実施しました。その結果、学生の意識変革や、企業からEIP研修を実施した学生の受入れに対する関心上昇などの成果が現れ始めています。

育て、未来の職人たち

職業技術教育・訓練(TVET)カレッジのパイロット校で、JICAによる組立・旋盤の技能工育成プロジェクトが進行中

基礎教育に加えて、技能工の職業訓練も大きな課題です。技能工とは、建設、エンジニアリング、溶接、自動車、造船など125の職種で公的に技能を認定された職人のことです。南アフリカでは企業が求めるレベルの技術を身に付けた技能工が不足しており、現地に進出している日本企業でも人材不足が問題となっています。

南アフリカ政府は、2030年までに毎年3万人の技能工を育てることを目標としていますが、現在の職業技術教育・訓練(TVET)カレッジの教育カリキュラムは、企業が求めるレベルの人材を輩出するには不十分です。

そこでJICAは、ツワネ市とケープタウン市にある2つのTVETカレッジをパイロット校として、組立・旋盤(主に機械類のメンテナンスを専門とする職種)の技能工の育成プロジェクトを昨年の秋にスタートしました。企業100社に人材ニーズの調査を実施したり、既存の教科書を分析したりしながら、実技用補助教材の作成プランを立てるなど、着々と計画が進んでいます。最終的には、教材作りに加えて、講師の能力向上、学生への就業体験提供、就職支援のための体制整備やデータベース作りなどを行うことになっています。

ABEイニシアティブで深まる日本とアフリカの絆

ABEイニシアティブ生。南アフリカからは、2018年度(第5期)までに110人が研修員として日本で学んでいる

アフリカ諸国の優秀な若者に日本で修士課程教育と企業研修の機会を提供する「アフリカの若者のための産業人材育成イニシアティブ(ABEイニシアティブ)」。2014年からの5年間で、計1,218人のアフリカの若者が研修員として来日しています。このプログラムを通して、アフリカの国づくりを担う人材が育つだけでなく、受け入れた日本の大学や企業でもアフリカへの理解が深まり、また帰国後の研修生が日本企業や関連機関に就職し、日本と母国との橋渡しになるなど、大きな相乗効果が現れています。

南アフリカからは、2018年度までに110人が研修生として来日しています。第1期生ロルガット・タスニーム・ユヌスさんは、同志社大学で2年間学び、優秀な成績と人柄により卒業式では総代に選ばれました。現在はトヨタ南アフリカに復職し、シニアマネージャーとして活躍しています。

同じく南アフリカからの第2期生ボンギンコシ・ムトンベニさんは、日本で在学中にABE研修員達と「Kakehashi Africa」というグループを結成しました。同グループは、アフリカ全土に広がるネットワークを活用しながら、アフリカの各地域で、日本とアフリカのビジネス促進につながる活動の展開を目指しています。