高齢者の健康に寄り添う—タイで触れた人々の“発想力”—

【画像】大室 知世(おおむろ ともよ)
JICA海外協力隊2017年度3次隊
任国:タイ
職種:高齢者介護

現在兵庫県で外国人介護人材の支援に従事している大室知世さんは、2018年1月から2020年1月までJICA海外協力隊としてタイに派遣され、主に地域高齢者の支援にあたっていました。今も高齢者の健康に関わる仕事をしている大室さんですが、JICA海外協力隊での経験が現職にもいきています。そんな大室さんに、協力隊になった経緯や現地での活動の様子、協力隊の経験を通して得たものについて語っていただきました。インタビューしたのはJICA関西市民参加協力課でインターンをしている大学生です。オンラインになりましたが、画面越しでも和やかな雰囲気でインタビューを行うことができました。今回はその内容をお届けしたいと思います。

旅先でのハプニングがもたらした「きっかけ」

訪問介護時の離床介助を行う大室さん

大室さんがJICA海外協力隊に参加したいと思ったきっかけは、思わぬところにありました。
28歳のときに初めてタイを訪れた大室さんは、地方で遺跡を観光していたところ財布を落としてしまい、首都バンコクに戻ることはおろか、水すら買うことができない状況に陥ってしまいました。困り果てた大室さんに声をかけたのは、自分よりも痩せ細った、道で物乞いをしていた高齢者でした。その方からもらった10バーツで水を買うことができた大室さんは「なんでこの方は外国人の私にこんなに親切にしてくれるのだろう」という疑問を抱くようになりました。こうして生まれたひとつの疑問が「きっかけ」となり、「いつかタイの高齢者の方に何か恩返しができれば」という思いに変わったのです。そして、運命的にもタイでの高齢者支援の要請で公募があり、JICA海外協力隊への応募に至ったのでした。

活動を通して見えてきたリアルな「タイの健康事情」

タイ独自の高齢者の生きがい支援
「高齢者学校」での体操指導の様子

見事合格してタイに派遣された大室さんが配属されたのは、高齢化率が20パーセント近くの南部の村でした。そこでの活動は大きく三つに分けられます。一つ目は現地の看護師とともに、地域の障害者や高齢者の自宅を訪問し、必要としている支援を提供する訪問介護です。その際、日本とは異なり、介護をするための環境が自宅に備わっていないという状況に戸惑うことも多かったようですが、支援を必要としている人々の生活環境の改善に根気よく努めました。二つ目の活動は地域高齢者のものづくり支援です。地域住民の自宅を訪問していく中で、彼らの多くが自宅でものづくりをしていることや、その背景には国からもらえる年金の少なさがあることを知った大室さんは、JICAの事務所や現地のNPOと連携して彼らが作ったビーズ細工などの小物の販売を促進し、その売り上げに貢献しました。三つ目の活動は、健康増進支援の活動としてオリジナルの体操を作って実践したり、体力測定を実施したりすることです。長いスパンでその成果を見ることは叶いませんでしたが、短期間でも測定結果に改善が見られるなど、今後に期待が持てる活動になりました。糖分や塩分が多い食事のタイでは、「運動」で健康にアプローチする機運が高まっているようで、大室さんの活動は現地の事情ともマッチしていて、有意義なものになりました。

タイで触れた人々の「発想力」

オンラインインタビューの様子

話を聞く限りとても大変そうな活動に思えますが、それでも大室さんは「隊員になってよかった」と笑顔で言います。その理由を尋ねると、隊員としてタイに派遣されたことで、言語や文化の違いに触れて「外国人」として生活する経験ができたからと答えました。また、その経験は現在の仕事で外国人技能実習生と関わっていく上でもいかされています。大室さんは活動を通してタイの人々の「発想力」に驚かされたことも多く、なかでも印象的なエピソードを話していただきました。

「ひとりのおばあちゃんが自宅からお寺に寄付をしに行きたいといったとき、その方が車椅子を使っておられて、お寺に行くまでの道が長すぎて行けないとなったときに、近所の人たちが『じゃあお寺までの最短距離にある田んぼを耕して道を作ればいい』って言って本当に耕し始めてあぜ道を作ってしまったんです」

このように異なる文化背景を持つ人々と関わることで、大室さんは自分の中の常識にとらわれることなく、多様な視点から物事を見ることができるようになりました。こうした色々な「発想力」や「視点」を得ることで、新しい形で何かを生み出すことができるというのも協力隊の魅力のひとつだそうです。そして最後には、協力隊に関心のある人たちに向けて「悩んでいる人はぜひ挑戦して欲しい」という前向きなメッセージもいただきました。