熊本県南部豪雨災害ボランティア活動について

2020年10月1日

2018年度4次隊 コミュニティ開発
シンダ郡農業事務所
山田 芽

1.はじめに

私は青年海外協力隊員として2019年4月からザンビア国の東部州にあるシンダ郡農業事務所で稲作の栽培普及を中心に活動を行っていました。新型コロナウイルスの感染が世界中で拡大したため、任期を約1年残し、2020年3月中旬に日本へ一時退避しました。帰国後4月から出身地の熊本に戻り生活を送っていました。

しかし今年の7月、全国的に例年よりも多い雨量のため、熊本県でも河川の氾濫や浸水害、土砂災害が発生しました。特に、熊本県南部では河川の氾濫と土砂による被害が甚大で、3ヵ月が経った今でも復興活動が続いています。

私も被災者や被災地の為に何かできることがないかと思い、災害発生の1週間後から熊本県八代市に通っています。現地で活動している有志の団体に参加し、被災した家屋や施設の片付け、団体に向けて届く支援物資の整理などを行っています。

2.被害状況

熊本県内ではたくさんの市町村が被災しており、中でも県内を流れる球磨川(くまがわ)の氾濫による被害は凄まじいものでした。球磨川の下流に位置する八代市坂本町、約60km上流には同じく被災した人吉市、球磨郡球磨村があり、その間に架けられている14もの橋は崩落し、道路も崩れ、一時は孤立する集落も多くありました。災害発生から3カ月経った現在、手付かずの場所は多く、災害発生当時を思い起こさせる風景が広がっています。

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被災した集落。この地域は2階まで浸水した

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川沿いにあった道路が崩落し、通行止めの地域も多い

3.ボランティア活動内容

災害発生から6日後、知り合いを伝って有志の団体にお世話になり、初めて被災地入りしました。私が活動を行っている集落内で最も被害が大きい場所で、床上浸水およそ1m50センチメートルでした。被災した家はほとんどの家財道具を廃棄せざるを得なくなり、集落の所々に設置された簡易ごみ捨て場は大量のごみでいっぱいになっていました。

最初のボランティアの仕事は、集落に設置された簡易ごみ捨て場からごみを搬出する手伝いからスタートしました。7月初旬、まだ梅雨の真っただ中で雨が降る中、水でぬれた家具は想像以上に重く、一人で運ぶのも困難でした。集落の簡易ごみ捨て場に集められた大量のごみをすべて運び出す作業には3週間~1ヶ月と長い時間を要しました。

大型ごみの片づけが落ち着くと、次は被災者の物資の支援が必要となります。災害直後から全国から届き続ける支援物資。これを整理し、団体の拠点である施設の中に並べ、集落の被災者が不足していて困っているものや必要なものを取りに来ることが出来る場所づくりを手伝います。飲料水やタオルをはじめとして、日用品、洋服、子供用品、高齢者用品などたくさんの種類、量の支援物資が届きました。

また、両親を数年前に亡くした後空き家となっていた家屋が被災し、その家屋を解体するため、家の中にある荷物をすべて搬出してほしいという被災者からの依頼もありました。その日はボランティア約10名、他団体のボランティアと1日かけて荷物を搬出しました。

その他にも被災した地元の道の駅の片づけや物資を必要とする施設へ支援物資の配達などいろんな作業を行っています。

4.最後に

4年前熊本は大きな地震被害に見舞われました。当時私は、地震によって仕事が忙しくなり、災害ボランティアに参加することができませんでした。そのことで自分の中に引け目があったのかわかりませんが、今回の豪雨被害が発生した後、すぐに災害ボランティアに行かなければいけないと焦る気持ちで被災地に行きました。

しかし最初に被災地へ行った時、以下のような場面に遭遇しました。

  • 道路が被害を受けていることから、通れる道路は限られ道がわからない
  • 被災地へ自家用車で行くことは近隣住民の通行の妨げとなってしまう
  • 被災地に行っても何をすれば良いのかわからない

この時、私のように災害ボランティア経験がなく、地元の人間でないため土地勘のない人間は来るべきではなかったのではと考えてしまいましたが、団体の方も優しく受入れてくれました。活動を継続していくことで被災した地域にも詳しくなり、被災者の気持ちを少しながら理解できるようになりました。

災害ボランティアとして関わる中で、今回の豪雨災害の実態調査の調査員として参加できる機会をいただき、さらに多くの地域住民から災害の話、生活の話を伺うことができました。

中でも特に印象に残ったのは

  • 今回の水害は、これまでの経験をはるかに超えるものだった
  • 同じような災害が今後も起こるかもしれないという恐怖心から、住み慣れた故郷を泣く泣く離れる決断をした
  • 隣人が出ていってしまって寂しい
  • 災害発生後、すべてのライフラインが止まったため避難をしたが、地元が一番落ち着くからと戻ってきた

といったものでした。

この地域は、県内でも特に高齢化の進んだ地域ではありますが、自然環境豊かで休日には子どもを連れてこの地域に里帰りしたり、川遊びのため避暑地として遊びに来たりと愛される地域です。

またこの地域に笑顔が戻ってほしいですし、この地域を愛する地元の人達に寄り添っていきたいです。この地域が完全に復興するまで、今後も少しずつですが、ボランティアやボランティア以外でも関わり、復興に貢献したいと思っています。