蔀 佳恵(しとみ よしえ)さん 青年海外協力隊

文系出身の私ができた、大雨にも負けない道づくり。
それがタンザニアの人々の毎日の暮らしを
支えることに。

2015.03

自分には無理だろうと諦めていたとき、
会社の同僚の一言が背中を押してくれた。

電車の中吊り広告で知った青年海外協力隊。いつかは自分も開発途上国の人々と働きたいと思っていましたが、大人になった自分は、「文系・専門分野なし」。「技術がないので無理だろう」と半ば諦めていたとき、当時勤めていた会社の同僚が、協力隊員としてネパールに赴任したことを知りました。「私にもできることがあるかもしれない」と思う一方で、「2年間日本を離れてしまったら、日本で成長できる機会を逃してしまうのでは・・・」と煮え切らない私に、ネパールにいた彼女が一言。「日本にいても何も変わらないかもしれないよ」。その言葉が、私の背中を押してくれました。

村道を補修するためにプロジェクトを立ち上げる。
自分にできることは何かを考えた。

選考と派遣前訓練を経て赴任した先は、タンザニアのムベヤ州ルングウェ県。国内でも比較的降水量が多い地域で、大雨のたびに道がぼろぼろになる問題がありました。その解決のため、国立の道路工法研修センターが中心となり、できるだけ人力を使って道路を補修する「LBT(Labour Based Technology)」という方法を、地域住民に広める活動をしていました。センターに赴任した私に求められたことは、LBTのテクニックを地域住民に紹介することと、センターの認知度を上げるため、さまざまな広報活動を提案することでした。
 しかしそこで直面した問題は、配属先の同僚の仕事が忙しく、広報活動に協力的ではないこと。そして、そもそも広報の重要性をあまり実感していないことでした。現地のために何かしたいと思ってアフリカまで来たのに、何のためにここにいるのか分からなくなり、落ち込むこともありました。それでも、私にできることは住民と密にコミュニケーションを取ることだと考え、道づくりの実習に積極的に参加したり、近隣の学校を回ったりしながら、活動の糸口を探そうともがく日々が続きました。
 転機が訪れたのは、赴任してから約1年が経過し、センターの副校長が交代した時です。それまで大雨のたびに崩れ、子どもたちが学校に通うのも大変な状況だったセンター付近の村道を、村人と協同で補修するプロジェクトを企画・提案しました。するとその企画を副校長が受け入れてくれ、プロジェクトが動き出したのです。
 このプロジェクトを通じて、村の方々とのつながりが深まり、その後の活動を続けていく上で大きな支えとなりました。また、道がきれいに整備された状態を目にした人々が、「うちの近くの道も整備してくれないか」と次々に声を掛けてくれるようになり、センターやLBTが理解されていく実感を持つことができました。約3ヵ月の工期をかけてセンターと村人が一丸となって完成させた道に、今まで入ることができなかったトラックが乗り入れた時の、村人たちの喜ぶ顔は今でも忘れられません。

JICAボランティアで得たもの

帰国後も世界とつながる仕事がしたい。
今後も仕事を通じて、タンザニアの人たちに貢献したい。

現地での活動中、具体的な仕事の内容は自分で考え出さねばなりませんでした。仕事が来るのを待っているだけでは、状況は変わりません。積極的に仕事をつくり出すために、図太さを持って地道に活動しました。この時の経験が、私を社会人として一回りも二回りも成長させてくれたように思います。この協力隊で身に付けた“図太さ”を、自分の強みとして現在は企業活動で生かしています。
 帰国後は、世界とつながる仕事がしたいと思い、人道支援組織の駐日事務所に就職しました。しかし期限のある仕事だったため、次の仕事をJICAの進路相談カウンセラーに相談しながら探していたところ、新興国への事業展開を行う現在の製薬会社を知り、転職。この会社は青年海外協力隊経験者の採用に積極的で、同じ部署には私以外に2人の協力隊経験者が所属しています。現在、私は協力隊での派遣先だったタンザニアを担当し、今も年に4、5回は現地へ赴いて販路の拡大を目的に市場調査や商談を行っています。商談では協力隊の活動を通して学んだ、タンザニア人の物の考え方を知っていることが強みになっています。
 私が企業で担当しているこうした仕事が、地元経済の活性化と人々の暮らしの向上に一役買ってくれていればうれしいです。さらに、今後は販売のみならずより幅広い事業展開を視野に入れながら、タンザニアの人々の生活がより豊かになるよう貢献していきたいです。

これからJICAボランティアを目指すみなさんへのメッセージ

参加を諦めていたら、後悔していたかもしれない。
一度しかない人生、やりたいことはやるべき!

応募する前は、「帰国後の働き口がないのでは」「婚期が遅れるかも」ととても心配でした。
でも日本にいたからといって、仕事が充実し、結婚できるという保証もなかったと思います。
むしろ「行ってみたい」と思った協力隊への参加を諦めていたら、ずっと後悔を引きずっていたかもしれません。
一度しかない人生で、やりたいと思うことがあるなら、やってみるべきだと思います。
現在私が働く企業のように、新興国への展開を視野に協力隊経験者を評価し、
積極的に採用する企業も増えています。
ちなみに、私自身は「帰国後の働き口」も「結婚相手」も見つけられました(笑)。

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青年 グローバルキャリア # 広報 # 経験を生かす