「アフリカ地域における農業分野の人材育成に貢献」-前編-

【写真】浅沼 修一(あさぬま しゅういち)氏第17回JICA理事長賞を受賞された
浅沼 修一(あさぬま しゅういち)氏

■写真:2021年12月 JICA北岡理事長とともに

今回、2021年12月に第17回JICA理事長賞(注1)を受賞された浅沼修一氏にお話をお伺いします。浅沼氏は、長年に亘ってアフリカ地域農業分野の人材育成に貢献されてきました。中部地域ではJICAの実施する課題別研修「アフリカ地域 稲作振興のための中核的農学研究者の育成」においてご活躍されており、当該研修にかかるエピソードを主に伺いました。

【略歴】
2005~2015年  名古屋大学農学国際教育協力研究センター 教授
2015年~現在  名古屋大学 名誉教授
2016~2021年   JICA国際協力専門員
2021年〜現在  JICA経済開発部 課題アドバイザー
2018年〜現在  国際熱帯農業研究所(IITA) 理事
            (2021.4 Board Advisory Committeeメンバー)
2019年〜現在  JICAボランティアを支援する岩手の会 理事

(注1) 国際協力事業を通じて開発途上国の人材育成や社会・経済の発展に多大な貢献をされた個人・団体に贈られる賞

中部地域で実施されている課題別研修「アフリカ地域 稲作振興のための中核的農学研究者の育成」に携わったきっかけを教えてください。

研修実施の様子

2005年4月に名古屋大学農学国際教育協力研究センター(現在は農学国際教育研究センターに名称変更。以下農国センター)に着任しましたが、それから毎年のようにケニアの稲作研究者を招聘して共同研究を実施しました。当時ケニアでは陸稲NERICA(New Rice for Africa)の普及の可能性を検証すべく、JICAケニア事務所が支援した活動が進んでいました。2009〜2012年には科学技術振興機構(JST)の競争的資金を得て、ケニアのマセノ大学やジョモケニヤッタ農工大学と東アフリカ地域における稲生育阻害要因を明らかにする共同研究を行いました。時を同じくして、JICAとアフリカ緑の革命のための同盟(AGRA)主導で「アフリカ稲作振興のための共同体(以下CARD)」(2008〜2018年)が始まりました。CARD国内支援委員会の委員を仰せつかり、2009年には国際協力コンサルタントと一緒にCARDメンバー国のベースライン調査を行い、対象12カ国のうちガーナ、ナイジェリア、タンザニア3カ国の稲作の現状や取り組みの現状を分担調査しました。
このようにアフリカ稲作のことで様々動き回っていた時に、文部科学省からJICA課題別研修への応募の誘いがあったのです。当時は文部科学省枠があったと聞いています。そこで、日本の大学の貢献を目に見えるものにしたいという自分の強い思いと、2009年11月にJICAとともに大学農学部局等に呼びかけて設立した「農学知的支援ネットワーク(JISNAS)」の総力を挙げて取り組みたいという思いを結びつけた研修内容を構想して文科省に応募することとしました。CARD10年の長期プログラムの中でサブサハラアフリカ各国の稲作振興の取り組みを中心となって進めていくのは中核的な農学研究者であると考えていましたので、研究者の人材育成こそ大学ができること、大学でなければできないことだと考えたのです。応募に当たっては、JICA中部の研修業務担当者とも相談させていただき、頭に「アフリカ地域」を付けるようにとの助言を頂いたことを今でも覚えています。2012年度開始となりましたが、2021年までの10年で24カ国から109名の研修員を受入れています。CARDフェーズ2が2019年から2030年まで続きますので、この研修も続けたいと考えています。

農学知的支援ネットワーク(JISNAS)はどのような経緯で設立されたのでしょうか。

JISNASは2009年11月の設立です。農国センターは、国際教育協力の推進という当時の文部科学省の政策のもと農学分野で全国唯一設置されたセンターです。国際協力の意識や経験のある教員に加えJICAの出向教員もおりました。センター内では大学による国際教育協力の先行事例や抱える課題や問題点などの情報交換を日常的に行っていましたが、その中からJISNASの構想が浮かんできたのです。全国の大学には国際教育協力や国際協力に興味を持ち、参加したいと考える先生がおり、一方JICAには大学の先生の力を借りたいけれどどこにどのようなリソースがあるかわからないのでアプローチが難しいという現実の中で、両者をとりもつネットワークがあればと考えたのです。出向者の花里信彦先生と私の思いの一致点がお互いに認識できた最初の時でした。
それから、文部科学省、農林水産省、JICA及び国際農林水産業研究センター(JIRCAS、私の前所属機関)へ説明を行い、ご理解を頂き、また当然ですが全国の大学農学部局への呼びかけを行い、設立の準備を進め、発足の運びとなりました。設立準備の中で、当時名古屋大学の別部局に出向していた村上裕道先生(現JICA中部所長)と田和正裕先生には組織規定や組織のあり方、運営の仕方などについて指導をいただきましたが、深く感謝しています。花里先生の後任として出向してこられた伊藤圭介先生(現、JICA経済開発部次長)には、設立直後の活動の方向付けや具体化を一緒にやってもらいました。ある意味では、今のJISNASの活動はこのときに固まったと言えますので、現在JICA側を牽引している伊藤次長にも心から感謝しています。また、もう一つ忘れられないのは、当時JIRCASに事務局を置いていた「持続的開発のための農林水産国際研究フォーラム(J-FARD)」(東久雄会長)に説明に伺い、活動の重複がない点についてご理解を頂いたことです。文部科学省と農林水産省は現在アドバイザー機関として、またJICA、JIRCASはメンバー団体会員として共に活動を行っています。

研修に携わる上で、工夫してきたこと、心掛けていることなどがあれば教えてください。

研修視察先での様子(1)

研修視察先での様子(2)

研修コースの組立を工夫しました。アフリカの稲作振興の最前線に立つことが期待される中核研究者であるからこそ、専門研究のたこ壷に陥らないように、まずは全員稲作の全般的な知識を学び(コア研修)、次いで研修員とJISNASメンバー大学の受入れ教員との専門分野マッチングを図った上で、一人の研究者として専門研究の技術や知識を学ぶ(個別研修)二段構えとしました。研修を通じてお互いが知り合うことや大学の先生との面識を深め、将来修士や博士学位を目的として日本に留学することも視野に入れ、研修員同士や教員とのふれ合いにも役立てたいと考えたのです。
日本の稲作や稲作研究を知ってもらうためコア研修に現地見学を組み込むこと、講師をお願いするアフリカ未経験の大学の先生にアフリカ稲作の勉強のため短期間でもアフリカに行っていただくことなどを心がけてきました。土埃や小さい石ころ等の夾雑物が混じっている米を品質が悪いとする市場の現状を想像できない大学の先生もおられるのです。
JICAは2018年から開発大学院連携プログラム(注2)を始め、農学分野ではAgri-Netプログラムとして実施しており、途上国人材が本邦の大学に留学し、修士/博士の学位の取得を目指しています。私の関わってきた研修のOB/OG数名が、既に同プログラムの留学生として日本の大学で勉強していますので、研修の最初の構想がようやく繋がったことを嬉しく思うとともに、帰国後に中核研究者として稲作振興に貢献してほしいと願っています。
また、研修を一過性のものにしないで、研修員、研修講師等の繋がりをどのように継続していくかがいつも議論になるところです。メーリングリスト、Facebookなどを使うこともありますが、いつの間にか終わってしまうのは非常に残念で、もったいないことだと思います。が、継続に向けたいいアイデアはなかなかみつかりません。個人の努力に頼っているのが現状で限界があると考えています。

(注2):開発大学院連携プログラム(JICA-DSP)とは、近代 日本の発展・開発の歴史は、現在の開発途上国の発展に資するとの考えの下、JICA留学生に対し、専門分野の知識のみならず、日本の開発の経験・知見を提供する「開発大学院連携構想」のもとに各大学で提供されるプログラム。

研修に携わってきた中で、強く印象に残る思い出を教えてください。

フォローアップ調査(セネガル)でのミーティングの様子

2つあります。一つは、当時JICA中部の研修担当者だった伊藤英樹氏と一緒に、現地のフォローアップ調査を行ったことです。当時のJICA中部職員、名古屋大学の江原先生、三重大学の中島先生と私の4人で、2017年3月、セネガルとウガンダを現地調査しました。研修で作成した研究プランを実施しているかどうかを見たかったのです。セネガルは国立農業研究所の3名の研究者、ウガンダはJICA技術協力プロジェクト(PRiDE)のカウンターパート研究者でしたが、幸いなことにセネガルでは他ドナーの支援で消費者嗜好調査を行い、ウガンダでは有機質肥料の施用効果試験をやっていました。JICA技術協力プロジェクトとの連携はこの研修の今後のあるべき姿の一例と考えるキッカケとなりました。
もう一つは、受入れ大学に研修員を訪問したときのことです。先生方は親身にお世話をしてくれますが、英語放送の聞けない、話し相手のいない状況におかれる研修員もいました。誰でもそうですが、見知らぬ土地で言葉が通じない中、一人で食事をするのは寂しいものです。そのような境遇に陥る研修員を目の前にして、たとえ3週間の短期間でもこれではいけない、二人ペア等複数の研修員を受入れていただくなど実施上の改善点に気づきました。


※後編では、印象に残っている研修員や今後の抱負等について伺います。掲載は1月下旬頃を予定しています。