企画調査員

商社、大使館勤務を通じて培った“ユニーク”な知見を活かし、国際協力の現場に新たな価値を提供する。

伊藤勇次ITO Yuji

フィジー事務所
2014年 University of Sussex, International Education and Development 修了
2023年 有期雇用(企画調査員)としてJICA入構

国際協力を
さまざまな視点から捉える
貴重な経験をステップに

2007年、大学1年の頃に、フィリピンでのボランティア活動に参加したことがありましたが、そこで目にした光景は、私に国際協力への関心の扉を開く非常に鮮烈なものでした。“スカベンジャー”と呼ばれるゴミ山周辺に暮らす人々とその子どもたちが、昼間から学校にも行かず、生計を立てるためにゴミを拾っている。生まれた場所、環境が違うだけで、理不尽な不平等の中に置かれている人たちがいる──こうした現状を変えていくために、自分には何ができるだろうか? この時に兆した問題意識に動かされて、大学3年の時には再びフィリピンでコミュニティ開発や人権保護活動を行うNGOに参加し、卒業後は、英国University of Sussexの大学院に留学して教育と開発について学びました。大学院卒業後は国際協力の道に進みたかったのですが、開発コンサルタント等には縁に恵まれず、2015年にODA関連業務を広範に手掛ける専門商社に就職しました。この商社での経験は、国際協力をまた別の視点から捉えるうえで非常に有意義なものだったと思います。当時担当したのは、さまざまなODA事業に関連した資機材調達、アフリカ向け食糧援助プロジェクト等。JICAや外務省が発注元となる入札に参加して、案件を受注し、対象国に資機材、食糧等を輸出するという仕事です。その過程ではもちろん、メーカーやコンサルタントとの調整、意見交換を行うわけですが、ODAに関与するさまざまなステークホルダーの考え方を理解し、案件が成立していくプロセス、全体像を把握するうえでは得がたい経験だったと思います。またこの頃は、資機材の納入、据え付け等で、大洋州、カリブ海諸国、西アフリカ、アジアと20ヵ国くらいに出張しましたが、海外で働きたいという思いを強く持っていた私にとって、これは非常に楽しく、充実した業務でもありました。

環境が一変したのは、言うまでも無くコロナ禍です。2020年1月以降、海外出張はピタリと無くなり、仕事における最大のやり甲斐を失った私は、徐々に転職を考えるようになりました。そんな時に飛び込んで来たのが、一般社団法人国際交流サービス協会が運営している、専門調査員制度の人材募集でした。この専門調査員は、海外の日本大使館、総領事館といった在外公館に勤務し、任国・地域の政治・経済・文化等の研究に従事しながら公館業務の補助を行うもの。海外で働くというのは子どもの頃からの夢でもありましたから、一念発起してこれに応募し、在マーシャル日本大使館のポジションに合格することができました。この在マーシャル日本大使館での業務も、自分にとっては非常に鍛えられる、重要な体験になったと思います。政務・経済・経済協力担当として、政府要人との面談に同席することから、日本政府の外交政策を踏まえた現地での情報収集、経済協力案件の企画立案等に携わりましたが、日本の国益の増進というミッションを追求しながら、外務省、日本政府の考え方にリアルに接することができる。また、在マーシャル日本大使館は、私を含め日本人数名、現地職員数名と非常に小規模な陣容で、だからこそ、任期2年の専門調査員であっても、非常にハイレベルな情報に接することができる。学生の頃から国際協力に惹かれていた私にとって、この大使館勤務時代は、商社の頃とはまた別の意味で、さまざまなことを学んだ貴重な経験であったと思います。

世界に、日本を
好きになってくれる人を
増やしていく
──そうした仕事を
続けていきたい

しかし、在マーシャル大使館でしばらく勤務するうちに、より積極的な立場から、事業を創り出していくような仕事をしてみたいという思いが強くなっていったのも事実です。私はやはり、自分で動いて、考えて、目に見えるもの──それはインフラであれ、保健や教育といった事業であれ──を生み出してみたい。JICAの在外拠点であれば、そうした仕事ができるのではないか? そう考えたことが、JICAの企画調査員に応募する直接的な動機だったと思います。また、商社、大使館を通じて重ねて来た私の経験は、国際協力に携わるうえで非常にユニークなものなのではないか? 私の知見は、JICAに提供できる価値と言えるのではないか、という思いもありました。こうして2023年1月から、JICAサモア支所で企画調査員として勤務することになりました。

サモア支所では、総合援助調整担当としてさまざまな分野に関する技術協力案件等の実施監理を担当しましたが、自分の中で特に印象深かったものを挙げるとすれば、サモア国立大学保健科学学部の施設整備を無償資金協力で行うという事業でしょうか。この交換公文締結のプロセスが、現地税制との兼ね合いもあって滞っていたのですが、大使館勤務時代の知見も活かしながら私の方でお手伝いさせていただくことで、なんとか合意に至ることができました。この他にも、上水道、廃棄物管理、気候変動等に関する案件も担当しましたが、2年の任期が過ぎる頃には、大洋州における他の地域も見てみたい、道路・港湾といったインフラ関連事業等も手がけてみたいという思いが高まってきました。そうしたタイミングで、現在勤務するフィジー事務所における企画調査員ポストの募集があり、迷わず応募したのです。私は、マーシャル以来すべての赴任地に家族を帯同していますが、家族との生活を考えると、“自由に外を歩ける国”というのは、勤務地の選択肢としてやはり大きい。その点、JICAの有期雇用職制は、勤務地や業務内容をしっかりと吟味したうえで応募できるところが、大きな魅力の一つなのではないでしょうか。

こうした経緯で、2025年1月からはフィジー事務所の勤務となりましたが、サモアが“支所”であったのに対し、フィジー事務所はサモアも含む周辺の大洋州諸国を兼轄する、このエリアにおける中核拠点。事務所はフィジーの首都、スバにありますが、私はスバを拠点に、キリバス、ナウル、ツバルといった周辺国も担当し、出張に出かけることも多いです。現在担当しているのは、港湾や空港の整備といったインフラ関連事業や、上水道の無収水率改善、情報通信分野におけるサイバーセキュリティの構築とさまざまなものがありますが、フィジーはやはりこの地域の有力国でもあり、世界銀行やADB(アジア開発銀行)といったさまざまなドナーが活発に活動しています。そうした中で、政府関係者との面談を通じて本質的なニーズを掴み取り、他ドナーとの意見交換、調整を踏まえて、日本/JICAのプレゼンスを高める事業を生み出していくのは極めて難易度が高く、やり甲斐も大きい。大変ではありますが、充実感を持って日々の仕事に取り組んでいます。

JICAで働いてみてつくづく感じるのは、学び合う、教え合うという姿勢・文化が根付いているということ。これは、他では感じることの無かった素晴らしい組織文化ではないかと思います。オンライン講習や勉強会等も豊富に用意されており、個人にとってこうした機会は、長期的なキャリアを築いていこうというインセンティブになります。私自身の今後という意味では、自分自身の特徴を活かしながら、何らかの形でJICAと関わりのある仕事を続けていきたいという漠然とした希望は持っています。また、これまでJICAにおける2拠点での勤務を通じて、技術協力や無償資金協力の実施監理は担当することができましたが、円借款に関しては未だ経験がありません。スケールも大きく関与する関係者も多岐にわたる円借款の経験を積んでみたいという思いは、国際協力に関わる者としてはやはり大きいですね。5年後、10年後に自分がどのようなキャリアを築き、どのような立場で働いているのか、現時点では未だ明確なビジョンを持っているわけではありませんが、一つひとつの業務の中で自身を鍛え、能力を高めながら、世界の中に、日本を好きになってくれる人を増やしていくことに貢献する──そうした思いは持ち続けていきたいと考えています。

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