長期研修員向け地域理解プログラム「琵琶湖をめぐる開発と保全の教訓」を 実施しました。

2022年1月31日

 JICA関西は、JICA開発大学院連携構想の下、地域の近現代の発展と開発の経験を伝えるプログ
ラム(地域理解プログラム)として関西の大学院で学ぶ長期研修員(留学生)に、関西の歴史・発
展・開発経験事例を紹介しています。本年度は全2回の地域理解プログラムを企画し、今回2回目として「琵琶湖をめぐる開発と保全の教訓」を実施しました。このテーマは2019年、2020年にも実施しており、いずれも参加した長期研修員から大変好評を得ています。今回も募集開始から1週間で定員に達しました。
 今回、関西の大学院で学ぶ13ヵ国19人の留学生が参加し、琵琶湖という日本一大きい湖Mother Lake(母なる湖)が地域の開発にどのように関わってきたか、また特徴的な環境保全活動の歴史と効果について学びました。

琵琶湖の開発の歴史を知る

講義風景

 午前中は2つの講義を受けました。1つ目は、中村正久講師(公益財団法人 国際湖沼環境委員会副理事長)による「琵琶湖の開発の歴史と重要性の認識」です。
 琵琶湖へ流れ込む河川は多いですが、そこから流出する河川は瀬田川だけです。瀬田川から流れ出た湖水は、淀川水系(宇治川、淀川)を経て最後には大阪湾に流れつきますが、下流域には京都・大阪・兵庫の大都市が位置しています。琵琶湖はこれら京阪神に住む1,400万人の飲料水等の水源として重要な役目を果たしています。今でこそ安定して人々に水を供給している琵琶湖も、かつては大洪水に見舞われ、治水や灌漑に多くの問題を抱えていました。1950年から1970年代にかけて高度経済成長期では産業の重化学工業化が進み、大阪南部沿岸地域を中心に地下水の利用量が急増しました。その後も水需要が増大したことで、下流府県が琵琶湖総合開発事業計画に乗り出しました。この事業計画は国家事業として1972年に開始され、25年間もの期間を経て1997年に完了しました。これにより、①治水:琵琶湖周囲の堤防建設(湖岸道路)による琵琶湖の水位調節、②利水:下流域への安定的な水供給、③保全:滋賀県内での下水道、し尿処理施設の整備による琵琶湖の水質保全、が実現されました。しかし、この他にも生態系の保護や気候変動への対応等、琵琶湖にまつわる課題は残されており、琵琶湖を健全な姿で次の世代に継承するため、2050年の琵琶湖のあるべき姿を掲げて、今もなお「琵琶湖総合保全整備計画」が進められていることを学びました。

琵琶湖の環境保全の歴史を知る

 2つ目の講義は井手慎司講師(滋賀県立大学環境科学部 教授)による「琵琶湖保全に向けた住民運動」です。
 1つ目の講義でも触れた高度経済成長期における産業の工業化により、滋賀県では企業誘致が進んで大規模工場が建設され、人口が増大しました。その結果、大量の産業廃水や生活廃水が琵琶湖に流れ込み、1960年代に琵琶湖の水質汚染が深刻化しました。1970年代には淡水赤潮が発生し、養殖魚の大量死や琵琶湖を水源とする関西圏の水道水からの悪臭等の影響が報告されました。窒素やリンが湖へ流入することによる富栄養化が原因と見られ、当時使われていた合成洗剤に含まれているリンが原因の一つであることが報告されました。これを機に行政や、住民、企業が立ち上がり環境再生への取り組みが始まりました。この取り組みで最も有名なのが「石けん運動」です。1978年に“多少の不便があっても粉石けんを使おう”というスローガンの下、主婦層を中心に「びわ湖を守る粉石けん使用推進県民運動」県連絡会議が結成されました。そして行政に対策の実施を求めた結果、滋賀県は1979年にリンを含有した合成洗剤の使用、販売、贈答を禁止する条例を制定しました。滋賀県の住民運動がもたらした法整備の事例は、イタイイタイ病や水俣病等の公害病に直面している他の地域の住民運動の先駆的試みとして全国に広がり、大きな影響を与えたことを学びました。

自国の水環境について考える

講師とのディスカッション

 午後に数名のグループに分かれて2人の講師とディスカッションを行いました。研修員は自国の河川や湖の状況を説明し、政府の管理方法や観光地化のあり方等について講師に積極的に質問していました。エチオピアの研修員は「石けん運動のような市民運動は今日の日本であまり見られないが、当時この活動を後押しした背景は何か。」と、鋭い質問をしていました。国際的な知見豊かな講師の回答に皆終始聞き入り、時折お互いにコメントし合ったりして議論を深めました。
 なお、講義とディスカッションの様子はオンライン配信され、今回参加できなかった研修員も聴講することができました。北海道や愛知県等、関西圏外に住んでいる研修員の参加も多く、全国から総勢40名がオンラインで集いました。

琵琶湖博物館を見学

琵琶湖博物館にて

全員で集合写真!

 琵琶湖博物館は2020年10月にリニューアルオープンし、展示には見学者を惹き付ける仕掛けが多く採用されています。展示は幅広く、琵琶湖の自然と生い立ち、琵琶湖を取り巻く自然と暮らしの歴史、琵琶湖に生息する多様な動植物(琵琶湖の固有種)について知ることができます。また、琵琶湖や世界の淡水魚の水族展示があるのも興味深いです。研修員は講義とディスカッションで学んだことを踏まえて、オーディオガイドを聞きながら展示を見て琵琶湖について理解を深めました。博物館から琵琶湖に向かう空中遊歩道「樹冠トレイル」からは琵琶湖を一望することができ、研修員は写真を撮ったりして、Mother Lake(母なる湖)の大きさを肌で感じました。
 琵琶湖博物館を見学した後は、クルーズ船でさらに琵琶湖の大きさを体感する予定でしたが、生憎の強風で直前に欠航となってしまいました。皆、とても残念がっていましたが、トルコの研修員は「また琵琶湖にくる理由ができた。」と話してくれました。クルーズ船乗船は叶いませんでしたが、研修員にとって琵琶湖の開発と環境保全の歴史を通じて、日本への理解を広げることができた充実した1日となりました。

今後もJICA関西は、研修員の日本・関西の理解促進のための企画を実施していきます。