「人間の安全保障」と「質の高い成長」

SCENE2 防災 日本の防災の経験を世界へ

JICAが掲げる2つのミッションについて、具体的な姿を通して紹介する。

予防のための開発投資を

地震や台風など自然災害を多く経験してきた日本。
その経験と知見は、途上国の防災事業に活かされてきた。
2015年、仙台市で採択された国連文書「仙台防災枠組」には、防災事業を「人間の安全保障」と「質の高い成長」を両面からとらえる、JICAの強い思いが込められている。

文:松井健太郎

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ネパール大震災によって、首都カトマンズをはじめ各地で多くの建物が倒壊した。

災害リスク軽減と経済的視点に立った防災を

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ネパール大震災によって倒壊した建物。

途上国の貧困層は災害に対して脆弱な土地に居住していることが多い。災害が発生するたびに被害を受け、いっそう貧困な暮らしへと陥ることから、災害と貧困の負のスパイラル(連鎖)が、国や地域の力の低下と治安悪化につながる。

「防災は、『人間の安全保障』と『質の高い成長』をともに実現させるもの。仙台防災枠組では、災害リスクへの対応とともに、経済発展をふまえた防災に取り組むことで、同時に貧困も減らしていくという方針が加わりました」

そう話すのは、仙台防災枠組を主導した日本政府の交渉団の一員であり、また事前に行われたジュネーブの交渉会議をリードして防災のコンテンツを取りまとめた中心メンバーでもある、JICA上席国際専門員の竹谷(たけや)公男だ。

「災害時の緊急対応だけでなく、事前の防災投資は費用対効果が高く、持続可能な開発となることから、長期的な視点に立った予防防災投資が重要だと説いたのです」

予防防災投資とは、たとえば堤防の整備などで100年に1度起こる大洪水に対応する治水対策を講じれば、単純化すると100年間は洪水被害を免れる。その間に氾濫域は経済発展することができ、洪水が起こっても、蓄積した富によって復興することができるという考えのもとで行う投資のことだ。堤防にかぎらず、台風に強い施設や地震に備えた道路を造ることも予防防災投資だ。「防災は、国の経済発展の根幹を支える投資だととらえ、経済損失を減らす施策を導入することで、災害による死者はもちろん貧困をも結果的に減らそうというのが仙台防災枠組の基本理念。この考え方は、持続可能な開発目標(SDGs)の複数の目標にも合致しています」と、竹谷は予防防災投資を強く訴える。欧州連合(EU)もこうしたJICAの主張を受け入れ、仙台防災枠組の採択に向けて、「1ユーロの予防防災投資が4~7ユーロの災害コスト回避に匹敵する」と世論への周知に努めた。

防災は各国の責任 仙台防災枠組の実現に向けて

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2011年のタイ洪水被害では多くの工場も浸水被害を受けた。

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タイのインラック首相(左)と竹谷公男(右)。

一方、大規模な災害のたびに法令や基準を改正し、年間予算の5~8パーセントを防災に振り分けて災害に強い社会をつくってきた日本に比べ、十分な防災予算を確保できない途上国も少なくない。そこでJICAは、災害を契機にしてより災害に強い社会をつくっていく「より良い復興(Build Back Better)」の考え方を提唱。日本の経験と知見を活かし、災害統計・データの整備やリスク評価に基づく計画策定などの防災支援をまとめた。

「たとえばベトナムでは今、防災担当大臣と関係省庁、財務省、JICAなどで議論を行い、ベトナムの災害のプロファイルを調査して、それに応じた対策の優先順位を設けるなど、仙台防災枠組に沿った防災ロードマップを作成しています」と竹谷。「予防防災投資の実現には、中央政府が地方自治体と一緒に政策展開することが最優先で、その政策下で民間企業、NGO・NPO、国際機関、地域間ネットワークなど多様な主体がそれぞれの役割を果たすことが必要です。

防災では圧倒的に行政の責任とリーダーシップが重要です。それゆえに仙台防災枠組の優先行動2でガバナンスの強化を挙げています。簡単ではありませんが、これからも仙台防災枠組の普及と実現に向けて各国と協議を進めていきます」。

途上国の経済成長や貧困対策をも勘案した多角的な防災戦略。仙台防災枠組を軸に、次なる成長を見据えて各国がともに実践する施策が始まっている。

仙台防災枠組とは

2015年、187か国の代表、国際機関、研究者、NGOなど6,500人以上が参加して宮城県仙台市で開かれた第3回国連防災世界会議。その成果文書として採択された「仙台防災枠組2015-2030」では、四つの優先行動と七つのターゲットが合意された。

四つの優先行動

  1. 災害リスクの理解
  2. 災害リスクを管理する災害リスクガバナンスの強化
  3. 強靱性のための災害リスク削減への投資
  4. 効果的な災害対応への備えの向上と復旧・復興過程における「より良い復興(Build Back Better)」

震災復興と災害に強い国づくり ネパール大地震を乗り越えて

2015年4月、ネパールでマグニチュード7.8の地震が発生。死傷者は3万人以上、被災家屋は全壊半壊合わせて約80万戸という甚大な被害をもたらした。「仙台防災枠組」以降に起きた大きな災害であり、「より良い復興(Build Back Better)」の考え方に基づいて、もとに戻す単なる復興ではなく、災害のリスクを低減するための事前投資を取り入れた復興が進められている。

被災直後、現場を訪れたJICAはネパールの首相や財務大臣らに、災害脆弱性の再現を防ぐ「仙台防災枠組」で日本の提案によって取り入れられた復興思想「より良い復興(Build Back Better)」の政策立案を提案。円借款により被災者のために耐震基準を満たす一般住宅を再建するほか、住環境の回復・改善を図ってきた。さらに病院や導水管の再建や橋梁の整備など、社会基盤や制度の整備にも協力している。JICAはこれまで技術協力や無償資金協力、有償資金協力も含めて一体的に運用することで、災害直後の緊急援助から本格的な復興支援までシームレス(切れ目のない)な協力を実施して「より良い復興(Build Back Better)」を後押ししている。