システムとデータが導く橋梁の安全

日々のメンテナンスの積み重ねとともに、データを活用した新しい橋梁の維持管理手法が構築されようとしている。
アジア各国でこの新しいシステム作りに尽力する長井宏平さんに、ミャンマーでの取り組みについて伺った。

先進技術で管理

適切な維持管理体制を作る

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タワーが傾いたトンテイ橋。

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タワーの上部にモニタリングのための傾斜計を付けて、1年以上にわたって傾斜を計測する。

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傾斜計

道路や橋などの構造物がより長く役割を果たすための維持管理とは?日本をはじめ世界各国において構造物の老朽化や災害への対策は大きな課題であり、その解決に資する技術開発が日夜研究されている。

「事故を防ぐためには、日々の適切な維持管理体制や十分なスキルを持った技術者、そして維持管理しやすい構造に設計をすることも必要です」。そう話すのは、橋の維持管理のシステム作りと、構造物の計測数値をデータ化して解析や分析を行っている、東京大学准教授の長井宏平さんだ。

「橋には鉄が使われています。鉄は水によって錆び、性能が低下していきます。日々『錆びてはいないか、損傷の恐れはないか』と確認できるような設計をしておく、それだけで事故を未然に防げることもあります」。日本では当たり前のメンテナンスや点検の重要性が、途上国では十分理解されているとは言えないと話す。2018年4月、ミャンマーにあるミャウンミャ橋が突如崩落した。JICAの技術協力プロジェクトで、災害から国を守るシステムと技術の開発に取り組んでいた長井さんは、橋を支えるメインケーブルが錆びて切れた橋の光景を見た。「切れたケーブルは、日々のメンテナンスでは見ることができないコンクリートに覆われた場所にありました。隙間から雨水が入って腐食したのでしょう。雨水は入らないから大丈夫ではなく、雨水が入るかもしれない、という観点で〝見える化〟することが大事です」。

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タワーの傾斜グラフ 1年間モニタリングした結果のグラフ。青と赤の振れ幅が大きいと傾きが大きいことを示す。データ化によって客観的に検討できるようになる。

ハイテク技術で最善の方法を探す

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トンテイ橋のアンカー部分。定着部付近に滞水が確認された。トンテイ橋のアンカーには腐食は見られないが、今後を考え、溜まった水を排出できるような対策が必要と提案した。

橋の架け替え費用は、途上国にとって大きな支出だ。だが、市民の安全には代えられない。ミャンマー建設省の依頼で長井さんが調査したトンテイ橋は、なんとタワー(橋の主塔)が20センチも傾いていた。

「なぜ傾いたのか、まずその原因推定と検証が必要です。橋を3Dレーザースキャナーで位置測量し、そのデータをコンピューターで合成して3次元図を作成しました。もとの設計図面のデータと比較すると、コンピューターで何センチずれているのかを正確に知ることができます。タワーに簡易な傾斜計を設置し、傾きの進み具合もモニタリングしました」

その結果、タワーが支えているメインケーブルを橋梁の両端で固定するアンカーブロックが動いてしまったことが原因と分かった。コンピューター上であとどのくらい傾くと崩壊するか数値解析も行い、直ちに崩落する危険性はきわめて低いという分析結果を得た。

「3D化やモニタリングだけでなく、人が目視できない場所をドローンで映し出してデータを取得するなど、新しい技術を使った取り組みを行っています。今後、新しく建設する橋には建設段階から傾斜計を付けていくなど、新しい技術を用いて橋の状態をつねに把握するように努めることが、事故の未然防止につながっていくと思います。ただ、そうした先進技術を使って構造性能を評価するには、高いスキルを身につけた技術者を育成することがとても重要です」

長井さんはSIPインフラ維持管理・更新・マネジメント技術(注)にも参加し、途上国の維持管理技術者の人材育成に力を入れる。研究室では、エジプトやカンボジアからの留学生がデータ解析の手法を学んでいる。「維持管理の能力を高め、たとえば長期メンテナンスのためにどういった制度が必要なのかなどの知見を各国に持ち帰り、システムを構築していってほしい。また、橋の維持管理のためにISO規格の策定の活動に加わっています」。

ミャンマーを含め、タイやベトナムなどでも活躍する長井さんは今日も、システムの構築と国際的な制度作りに向けて邁進している。

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ミャンマーのヤンゴン南西部にあるトンテイ橋。

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3Dレーザースキャナーで位置測定。

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3Dレーザースキャナーで得たデータをコンピューターに取り込んで橋を3D化し、設計図面と比較して変形や斜度を算出。

東京大学 生産技術研究所 都市基盤安全工学国際研究センター 准教授 長井宏平さん

JICAの地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)「ミャンマーの災害対応力強化システムと産官学連携プラットホームの構築」でヤンゴン工科大学などとともに研究を進める。またタイやベトナムでもインフラマネジメント技術や制度を展開。先進技術を使用したシステム構築とともに、人材育成にも力を入れている。

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長井宏平さん

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現地のスタッフと協力する長井さん