誰もが参加できる研修で森林と人々の生活を守る マダガスカル

人口増加に伴って無秩序な森林伐採が進んでいるマダガスカルでは、土壌が劣化し、人々の生活や生産活動を脅かしている。
"誰もが参加できる研修"を通じて住民に技術を伝え、この問題に歯止めをかけることを目指す取り組みを追った。

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土砂が崩れ落ち、山肌が削り取られて崖状になった部分を、地元ではラバカと呼ぶ。住民たちは実地研修を通して、ラバカ対策のための柵作りを学んだ

与える援助から 参加型の協力へ

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ラバカ

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マラウイ、マダガスカル(アロチャ・マングル県、ブングラバ県、アンタナナリボ)

日本の1.6倍の国土面積に生息する25万種の野生動植物のうち、約8割が固有種だといわれるマダガスカル。豊かな生態系で知られる同国で今、木々が姿を消している。その原因は、急激な人口増加に伴う農耕地の開拓や焼畑農業、燃料のための木材伐採など。特に、上流域に当たる中央高地には禿山が広がり、現地語で穴を意味する"ラバカ"と呼ばれる土砂の崩落地がそこかしこにできている。

上流域の住民にはもともと貧困層が多い。ラバカの発生によって山肌から流れ出る土砂は、耕作地や水源、道路を埋めてしまい、稲作をはじめとする住民の生産活動や生活を一層苦しめている。さらに、大量の土砂は川を伝って下流の稲作地帯にも広がっているという。

JICAは2012年から、中央高地のアロチャ・マングル県とブングラバ県で、住民主体の土壌保全と生計向上活動の仕組みづくりを行うプロジェクトを実施してきた。「他のドナーによる従来の援助は、土壌保全のためにお金を支払って、住民にあらかじめ決めた場所に植林させるものがほとんどでした」。そう説明するのは、プロジェクトの総括を務めるアイ・シー・ネット株式会社の三浦浩子さんだ。「それだと、住民の主体性がなく、問題に対する理解の促進に結び付かない上、一部の人に植林技術を伝えても、技術が普及しないという課題もありました。そこで、彼らが必要とする場所で自ら植林やラバカ対策を継続できるよう、"誰でも参加できる研修"を通じて技術を広めることにしました」

伝えたのは、荒廃した傾斜地での植林技術、まきや木炭の消費量を抑えられる改良かまどの作り方、ラバカに人の手を加えることで被害の拡大を防ぐ対処法、生計向上のためのライチ栽培や川魚の養殖の技術だ。これまでに2県8つの自治体で、8500回以上の研修を実施し、延べ14万人以上がこれに参加した。三浦さんはその背景を、「住民全員に情報や技術を伝えられる研修の実施モデルづくりに注力したんです」と振り返る。

活用される研修モデルを作る

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住民講師たちと打ち合わせをする三浦さん(奥の女性)。プロジェクトでは、講師養成コースを修了した住民たちに修了証書を授与している

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改良かまど作りの研修の様子

研修の実施モデルは、「実施責任者」「現場管理者」「住民講師」の3層構造だ。実施責任者は、農業省や環境省の出先機関、現地NGOで、彼らが住民のニーズを踏まえて、各自治体で普及する技術を決める。そこから自治体に配置されたスタッフが現場で研修を監理する一方、住民の中から養成された800人以上の講師が研修の開催を自分の村の人々に知らせ、技術を教える役割を担う。講師の養成に当たっては、過去に他のプロジェクトで技術を教わったことのある人など、村の中でノウハウを持つ住民が指導役を務めたという。こうして、地域の人的資源を活用して情報伝達や能力向上を図ることで、全住民を取り込んでいった。

講師の指導の下、住民たちは植林のための苗床作りから、育った苗木を山肌に植える技術までを身に付けた。一方、ラバカの被害を減らす方法の研修では、まず、"ラバカは神の仕業"と考えている住民たちに映像資料を見せて被害を軽減できることを理解してもらい、その上で被害をこうむっている住民を集めて対策に必要な材料の調達を分担。雨期の前に土留めの柵を作る実地研修を行った。「自分たちで設置した柵の効果を実感した住民は、研修後も柵を増設しています。身の回りの材料で作るので、住民たちだけで維持管理が続けられ、活動の継続性が高いのも、このモデルの利点です」と三浦さん。

研修の結果、4年間で238万本の植林、100カ所以上のラバカの土留め、2万1000個の改良かまど、2万3000本のライチ苗木生産、12万匹以上の稚魚生産が実現した。住民たちは、「これまでの援助と違って、皆が等しく技術を身に付けることができ、本当に困っている人の役に立つのでうれしい」と話している。ある住民は、土地を持たず村で弱い立場にあったが、講師となって村のために全員を研修に参加させるなど尽力した結果、住民の信頼を得て自治体選挙で議員に選出されたという。

地域の人材や資源を最大限に活用し、多くの住民が実施できる簡単な技術を、"誰もが参加できる研修"を通じて普及し、定着のためのフォローアップを行う-三浦さんらプロジェクトチームが対象地の実情にあわせて作り上げたこのアプローチは、現在、他のドナーが同国で実施するプロジェクトでも取り入れられている。

マラウイの農村でも実証された効果

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マラウイの農民たちは、傾斜が急な地形の耕作地で土壌流出を緩和するため、石を集めて“小規模ダム”を作った。一つ一つの小さな手作りダムの効果には限りがあるが、住民が協力して多くのダムを作ることで、効果を高めることができる

同様の考え方に基づくプロジェクトが2013年からマラウイでも実施されている。同国最大の商業都市ブランタイヤ市近隣の農村地域では、無秩序な森林伐採や地形にそぐわない耕作が土地の保水能力の低下と降雨による土壌流出を引き起こし、収穫量が減少している。そこで、農民に植林・育林と環境に配慮した農業を促すのが、このプロジェクトの狙いだ。

このようなプロジェクトでは、従来は省庁やNGOがごく少数の農民に技術を伝え、彼らが多数の人々に普及するのが一般的だった。しかし、このプロジェクトの発想は逆だ。同国の環境省などの3省庁が技術普及対象の村々で、昨年末までに約3000人の農民を講師として育成。彼らが近隣農家を15世帯ずつ受け持つことで、技術がもれなく村に行き渡るようにしている。農民たちは、等高線に沿って畝の方向や長さ、間隔を決めることで、雨水が滞留・浸透し、土壌流出を防げることなどを学び、自分の畑でも早速実践して、取り組みを継続しているという。

総括を務めるアイ・シー・ネットの小野澤雅人さんは、今回の両国の成果を踏まえ、「多様なアフリカ社会で、特定の手法が国や地域を越えて同様の効果を得たことは、貴重な事例といえるでしょう」と話す。地域の課題に対する住民の理解を促進し、その解決に向けて、等しく技術を身に付ける機会を提供する研修が、森林や土壌、そこにある人々の生活を守っている。