誰もが安心して暮らせる社会へ

シリアの未来を担う人材を育成 シリア

安心して毎日を過ごせることは、すべての人が持つ基本的な人権である。
住み慣れた場所を追われた難民や障害者など、すべての人々が安心して暮らせる社会の実現のため、さまざまな協力が行われている。

文:久保田真理

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シリア人留学生は来日後、日本語学習に加え、日本での生活に必要な生活習慣、交通ルール、防災などのオリエンテーションを約1か月にわたり受講する。

難民に就学の機会を

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留学生は就職活動の準備のため企業交流会(JICAが開催)に参加。卒業後の就職先になるかもしれない企業の説明に熱心に耳を傾けた。

チュニジアから中東各地に広がりを見せた民主化運動の波「アラブの春」はシリアにも及び、2011年には紛争状態に陥った。これにより、現在も約555万人(注)が国内外で避難生活を送っている。

難民の増加と長期化の傾向から、JICAは「シリア・平和への架け橋・人材育成プログラム(JISR)」をスタート。就学機会を奪われたシリア人の若者にその機会を提供し、内戦終結後に祖国の将来を担うことになる人材の育成に取り組んでいる。レバノンやヨルダンで難民として生活しているシリア人最大100人を5回に分けて受け入れる予定で、2017年8月から現在にかけて第3期生までの計51人が来日した。修士号取得のため、日本語などを学習する研究期間を含む最大3年間のサポートを行う。

(注)国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)2020年1月現在。

JISRとは「架け橋」

Japanese Initiative for the future of Syrian Refugees

「JISR:ジスル」は、シリア難民に対する人材育成事業「シリア平和への架け橋・人材育成プログラム」の英語名の頭文字を取った通称。アラビア語で「架け橋」を意味する。

環境問題対策を研究

シリア人留学生たちは、足利大学や広島大学など全国各地の12の大学でそれぞれ勉学に励んでいる。第3期生のアナス・ヒジャズィさんは創価大学工学研究科に研究生として在籍し、今年の秋から正規生として環境共生工学を専攻する予定のため、日本語学習や研究活動でいそがしい日々を送っている。自然のおかげで人は生きられると家族に教えられて育ち、環境問題に深い関心があるという。「中東、特にシリアでは、消費行動の高まりから廃棄物処理の問題が起きています。汚水発生や土壌汚染など環境への影響が大きく、早急な取り組みが必要です」と、ヒジャズィさんは環境問題対策の研究に意欲的だ。

同大学では、これまでに7人のシリア人留学生を受け入れてきた。理工学部事務室の謝一伸さんは、「シリア人留学生は、性格も明るく真面目。国の情勢が大変ななかでも熱心に研究する姿に、日本人学生も刺激を受けているようです」と話す。学内の日本語・日本文化教育センターと連携し、留学生それぞれの習得度に合わせた語学学習プログラムを提供する柔軟な対応をするほか、学内に礼拝の場を設けるなど文化や習慣に寄り添ったサポートも行っているという。

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大学の学園祭で、ヒジャズィさんは友人らとシリアの料理をふるまった。勉学に励みながら、学生生活も楽しんでいる。

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第3期生が来日する前のベイルートでの壮行会にて、代表スピーチを行ったヒジャズィさん。環境問題対策を研究する夢を語った。

【勉強と活動に励む留学生】創価大学工学研究科 アナス・ヒジャズィさん

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アナス・ヒジャズィさん

2020年秋から大学院修士課程に進学予定。国際的な視野を身につけたいと、卒業後は日本での就職を希望する。「将来的にはシリアに戻って環境のコンサルティング会社を立ち上げたい。そして、シリアと日本をつなぐ事業も行いたいです」。

創価大学理工学部 事務室教務課 謝 一伸(ちゃ・いしん)さん

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謝 一伸さん

同大学に在籍する留学生の学習・生活のケアを行っている。「留学生にとって日本での就職はまだまだハードルが高いので支援に力を入れていきたいです」。

日本での就業経験をシリアの発展に

第1期生19人はシリアの将来に貢献したいという意志を持つものの、現在の不安定な状況では日本での生活を継続することを全員希望している。第1期生は現在、修士課程に在籍するほか、修了して就職、インターンシップ、就職活動中とさまざまな道を歩んでいる。

情報システム工学を専攻し、2年の修士課程を修了したガイス・アッゼーンさんは、ドローンを平和利用したいという思いが受け入れられて、2019年10月から日本のIT企業の株式会社チェンジで働いている。現在は、ドローンの研究開発をしている。「学生時代よりも責任感が強くなり、幅広い知識が必要だと感じて日々勉強にも力を入れています」とアッゼーンさんは充実した表情で話す。

アッゼーンさんの仕事ぶりに、同僚の樋口廉さんは感心している様子だ。「大学院で研究した知識と経験から、言葉は多くなくても話が通じる。また、日本人とは異なる感性に刺激を受けています」。また、マネジャーの鈴木晃一さんは、「ここには、個人の特技を生かし、本人のやりたいことをバックアップする企業風土があります。ガイスさんにも何かを見つけて実現してほしいです」と、アッゼーンさんの活躍に期待を寄せている。

祖国の将来への貢献を胸に、日々勉強や仕事に励むシリア人留学生や卒業生たち。シリアと日本の架け橋になることも期待されている。

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同僚エンジニアの樋口さんと一緒に仕事をするアッゼーンさん。

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アッゼーンさんがエンジニアとして働く株式会社チェンジの社内。

【企業に就職した卒業生】株式会社チェンジ エンジニア ガイス・アッゼーンさん

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ガイス・アッゼーンさん

創価大学工学研究科の修士課程を修了後、株式会社チェンジに就職。エンジニアとしてドローンの研究開発に関わっている。「平和のために新しい技術を生かしていきたい。未来を変えるには教育が大事なので、将来はシリアで学校もつくりたい」。

株式会社チェンジ マネジャー 鈴木晃一(すずき・こういち)さん

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鈴木晃一さん

「ガイスさんには仕事上で英語の自然な言い回しなどを逆に教えてもらうことも。他人と異なるバックグラウンドなどを武器にし、新たな発想に生かしてほしいです」。