人間力の向上を case2

質の高い授業で「知識・技能・態度」を身につける カンボジア

カンボジアでは小学校体育に続き、2015年から中学校体育の学習指導要領、指導書が作成された。
これまでとは異なる授業や新しい種目に取り組めるよう、HEARTS of GOLDが支援を行っている。

文:久保田 真理

【画像】

中学校のバレーボールのクラス。中学校体育の学習指導要領には、ボールゲームの領域にバレーボールをはじめサッカー、バスケットボール、卓球の4種目が含まれている。

いろいろな体育の授業があって楽しい

他の教科より遅れていた中学校体育の支援へ

カンボジアでは、1976年から約3年間続いたポル・ポト政権時代に教育関係者が粛清され、教育関係の文書も残されていなかった。1991年のパリ和平協定の締結以降、教育の立て直しが進められてきたが、算数や語学などの教科が優先されてきたという。「人間性の発達の根幹を担う情操教育は後回し。体育や芸術などの授業が行われていない状況にありました」とHEARTS of GOLD(以下、HG)の西山直樹さんは話す。HGは2006年から2016年まで小学校体育の学習指導要領(注1)と指導書(注2)の作成を支援し、小学校での体育の普及に努めてきた。これまでの経験を生かし、2015年からは日本政府が主導するスポーツ・フォー・トゥモロー(SFT)プログラムで中学校体育の学習指導要領の作成を支援し、現在はJICA草の根技術協力事業として中学校体育の指導書作成と普及のプロジェクトに取り組んでいる。

(注1)全国の学校において一定の教育水準を確保するため、教育課程を編成する際の基準。
(注2)学習指導要領の解説書。

【画像】

2019年9月に完成し、教育省大臣から承認された指導書。年間計画、単元計画、指導案を作る際に必要なことが書かれている。

【画像】

プノンペン市の中学校で教育省の担当官が先生に指導法を助言。

「知識・技能・態度」を学ぶ新しい体育の授業

2016年に中学校体育の学習指導要領がカンボジアの教育・青年・スポーツ省(以下、教育省)に認定され、それまでの単調な体操に代わって、体つくり運動、リズム運動、器械体操、陸上、水泳、ボールゲーム、伝統スポーツの7領域20種目が授業に取り入れられた。先生たちは教員養成期間に習わなかった種目を教えることに加え、指導書をもとに年間計画、種目ごとの単元計画、指導案を作成する必要が出てきたという。「中学校体育でも『知識・技能・態度』を身につけることが求められるようになり、技能面においてはさまざまな運動能力を身につける時期と位置づけられ、種目が増えました。また態度面では、自立を促すために子どもたち同士が教え合うことや、自分たちで授業を計画することが盛り込まれ、先生たちは授業の仕方を変えることになりました」と西山さんは説明する。そこで、この新しい体育の授業への理解を深めるため、2017年11月には教育省の担当者が岡山県に研修に訪れ、日本の先生たちの指導書の利用方法や、授業の展開の仕方を学んだ。

【画像】

教育省の技術委員会のメンバーが日本での研修に参加し、岡山県の中学校で授業を視察。

【画像】

視察後には日本の教員に授業に関して質問し、指導書の活用方法を学んだ。

工夫を重ねて活用される指導書を作成

指導書作りにおいては、20種目を教育省担当者で分担して書き進めていった。HGでは指導書の一貫性を保つためにそれぞれの内容を調整し、プノンペン市のほか2州でワークショップを行って、この指導書をもとに現場の先生たちが年間計画から指導案までを作ることができるのかを確かめながら完成度を高めていった。「執筆した担当者を尊重し、理由を説明しながら、内容の取捨選択を行うのが大変でした。また、授業で子どもたちが『知識・技能・態度』を身につけることが最も重要なので、先生たちが正確に教えられるように運動の仕方をイラストにしたり、指導書に沿った指導案を作れるよう一目で理解ができる見開きのページ構成にしたりと工夫を重ねました」と西山さんは苦労を語る。

2019年9月、教育省大臣の承認を受け、ようやく指導書が完成した。プロジェクト終了までは、授業の指導法に対する助言や、先生を対象にした新しい指導方法についてのワークショップを通じて普及活動に力を注いでいく。「新しい体育の授業では、状況判断をする力などが身につきます。自身の課題解決力が上がることで、道徳性の成長やこの国の経済発展につながるのではと思っています」と、西山さんはカンボジアの明るい未来を願っている。

【画像】

プノンペン市で行われた先生たちに向けたワークショップ。初めての指導案作りを戸惑いながら進めた。

【画像】

中学校の先生が自作した卓球台とラケットで実技。卓球は新しい種目のため、先生たちにも理解しやすい指導書作りが進められた。

認定特定非営利活動法人 HEARTS of GOLD(HG)

バルセロナオリンピック(1992年)銀メダル、アトランタオリンピック(1996年)銅メダリストの有森裕子さんが、1996年にカンボジアで開催されたアンコールワット国際ハーフマラソンに参加したことをきっかけに、1998年に発足。スポーツを通じて国境・人種・ハンディキャップを超えた「希望と勇気」の共有を実現することを目指す。2012年まで同大会の運営を支援しながら、運営スタッフを育成。2006年からはカンボジア教育省の要請により小学校体育教育支援事業を開始。2017年からはJICA草の根技術協力事業にて中学校体育の支援に携わる。

西山直樹(にしやま・なおき)さん

カンボジアのすべての子どもたちが質の高い体育を通じて「知識・技能・態度」を学べるよう活動を継続し、このモデルを世界にも発信していきたい!

【画像】

西山直樹さん(ISHIKAWA Masayori/JICA)

ハート・オブ・ゴールド本部事務局

岡山県岡山市北区西辛川895-7 レジデンスアロー101号室
電話番号:086-284-9700

カンボジア

【画像】国名:カンボジア王国
通貨:リエル
人口:1,630万人(2018年、IMF推定値)
公用語:カンボジア語

【画像】

首都:プノンペン

ポル・ポト政権時代には多くの学校が破壊され、教員などの知識人が粛清された。同政権の崩壊後、多くの国が教育分野で支援を行ってきた。現在も教育環境や教員の指導技術、教材などが十分とはいえず、多様な教育支援が必要とされている。