マラリアの流行予測で感染拡大を防ぐ 南アフリカ

ビッグデータ

年間約2億2,800万人が世界で感染し、約40万5,000人が死亡している(注1)マラリア。
年や季節で変わる流行の波を予測できれば、感染の拡大を防ぐことができる。
高度な気候予測に基づく流行予測システムの実用化に向けた動きが、南アフリカで始まっている。

(注1)出典:World malaria report 2019(WHO)

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南アフリカ科学フォーラムで、プロジェクトの成果を発表。

地球規模の気候予測でマラリアの流行を察知

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JAMSTECのスーパーコンピューター「地球シミュレータ」。

マラリアはエイズ、結核と並ぶ世界の三大感染症の一つで、蚊が媒介して高熱を引き起こし、悪性の場合は脳マラリアなどで死亡に至る。感染者の約95パーセントはアフリカに集中。媒介蚊のライフサイクル(繁殖率、活動など)には生息地の環境が大きく作用する。その環境、つまり降雨量や気温を予測し、流行の時期や地域を早期に察知できれば、ワクチンはないものの、防蚊や予防薬の服用など事前に備えることができる。

「流行に降雨量や気温が関係することは経験的に知られています」と話すのは、長年アフリカでマラリアを研究してきた長崎大学教授の皆川昇さんだ。ただ、研究レベルではいくつかの流行予測モデルはあるものの、数か月先の予測までは難しかった。また、地球規模の気候変動の影響で、降雨量や降雨時季の予測も年々難しくなってきていた。そんな中、日本の海洋研究開発機構(JAMSTEC)(注2)では、スーパーコンピューター「地球シミュレータ」を使い、数か月以上先の気候予測を行うための「SINTEX-F 季節予測システム」を開発していた。

双方の知識と技術を活用し、南アフリカのマラリアセンターや研究者と協力しながら、数か月先のマラリア流行地域を予測する-そんなSATREPS(注3)のプロジェクトが、雨季(9月から翌年5月)にマラリアが発生する南アフリカ北部のリンポポ州で行われた。

(注2)Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology
(注3)地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(Science and Technology Research Partnership for Sustainable Development)

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ツザネネーン・マラリア研究所で学生を指導するJAMSTEC特任研究員(当時)の池田隆美さん(写真右)。

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モザンビークで防蚊効果の高い蚊帳を確認する妊婦。アフリカではマラリア予防に蚊帳が多く使用されている。

長崎大学 長崎大学熱帯医学研究所 教授 皆川 昇(みなかわ・のぼる)さん

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皆川 昇さん

「アフリカの人たちにとってマラリアは脅威ですし、多くの人が亡くなっています。そうした状況の改善につなげたいですね」

マイケル・テロン・ピレイさん

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マイケル・テロン・ピレイさん

長崎大学留学中。
専門は、気象と気候のモデリング。
精度と他の地域への応用性が高いモデルを開発します!

効果があった事前の対策

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マラリア媒介蚊の駆除トレーニングを行うJAMSTEC研究員の森岡優志さん。

プロジェクトでは、まず州内の病院で保管されていた過去20年ほどの患者のカルテをデータ化した。並行してJAMSTECはSINTEX-Fを活用し、南部アフリカ地域に特化した気候予測システムを構築。両者を組み合わせ、さらに最新の機械学習手法を用いて予測システムを開発した。

そこでわかってきたのは、雨季の前半と中盤で影響する気候要因が異なることだった。「海水温の変動が引き起こすラニーニャ現象(注4)が発生すると、雨季前半に同州で降雨量が多くなり、雨季中盤に同じく海水温の変動で起きるインド洋亜熱帯ダイポール現象(注5)が発生すると、モザンビーク南部と同州北部で降水量が増える。前半と中盤でマラリア流行の地域が異なることがわかってきました」と、JAMSTECのスワディヒン・ベヘラさんと野中正見さんは説明する。

プロジェクトが進行中の2016年、南アフリカで数年ぶりにマラリアが流行して約8000人が感染し、検査キットや薬が足りなくなった。「予測があるなら活用したい」という同国からの要請を受け、2017年12月に流行の予測を発表。州では媒介蚊への殺虫剤散布や、医薬品の備蓄などを行った。「前年よりも死亡率は低くなりました。隣国のモザンビークやジンバブエでは大流行していたので、予測がうまく活用できたのではないかと考えられます」と皆川さんは語る。

(注4)熱帯太平洋の東部で海水温が平年より低くなり、西部で水温が高くなる気候変動現象。
(注5)南インド洋の南西部で海水温が高く、北東部で低くなる現象。南部アフリカの洪水や干ばつに大きな影響を及ぼすことがわかっている。

JAMSTEC(海洋研究 開発機構) JAMSTEC 付加価値情報創生部門 アプリケーションラボ スワディヒン・ベヘラさん、野中正見(のなか・まさみ)さん

「プロジェクトで試験的に行った予測はうまくいきました。今後もデータを更新しながら、予測の精度を上げていきます」

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スワディヒン・ベヘラさん

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野中正見さん

プロジェクト後も続く連携

この成果を受けて、南アフリカでは気候予測を活用した感染症予報局の設置を決めた。現在、皆川さんのもとでマラリアの流行モデル作成を学んでいる南アフリカからの留学生は、その専従スタッフとなることが期待されている。

マラリアの流行予測を行うには、毎年の患者データと気象データを更新していく必要がある。「南アフリカには気候予測に用いるスーパーコンピュータがないため、今後もJAMSTECから予測データを提供していきます」とベヘラさんは連携が続くことを語る。「今回開発した予測モデルは、モザンビークやジンバブエ、ケニアなどほかのアフリカ諸国からも活用したいという話が出ています」と広がりを語る皆川さん。マラリアの流行が数か月前に予測され、事前に対応し、感染者と死亡者数を減らす-そんな未来が見えてくる。

マラリア流行の早期警戒システムの仕組み

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マラリア流行の早期警戒システムの仕組み

南アフリカ

【画像】国名:南アフリカ共和国
通貨:ランド
人口:5,778万人(2018年、世界銀行)
公用語:英語、アフリカーンス語、バンツー諸語(ズールー語、ソト語)など11言語

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首都:プレトリア

1994年にアパルトヘイト(人種隔離)政策が廃止されて民主化された。鉱物資源に恵まれ、国際物流の拠点港もあるアフリカ屈指の大国だが、経済格差や若者の高い失業率が社会問題にもなっている。