中南米と手を携えて CASE1

防災ネットワークの拠点に チリ

チリは日本と同じく太平洋火山帯に属し、地震や津波、噴火などの災害が多い。
そのため、古くから防災分野で協力を進めてきた。
しかし今では、ともに他の中南米諸国へ防災政策やノウハウを伝える存在だ。

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都市救急救助技術の研修では、倒壊した建物からの救助訓練を実施した。

30年以上の協力

防災分野での日本とチリの協力は1960年から始まっている。橋や堤防など土木構造物の建設や建物の耐震強化への協力を皮切りに、2000年代には災害リスク削減の視点を取り入れた国土計画の作成を実施。ほかにも地震および地殻変動の観測体制の強化への協力、地震工学や防災・減災対策をテーマにした研修を行い、チリの防災能力は向上していった。しかし、2010年に発生したチリ中部地震では500人以上の死者を出し、経済被害も大きく、多くの人が防災能力強化の必要性を再認識した。日本は国際緊急援助や調査団の派遣を行い、以後も継続的に地震・津波への対応能力強化支援、津波防災の共同研究、兵庫県と連携した心のケアモデル構築プロジェクトなど多様な分野で協力を行ってきた。

中南米地域の人材育成を

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チリ大学で実施している地震学を学ぶディプロマコースで地震計を視察。

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日本の消防関係者が協力した人命救助訓練。

「こうした長年の協力を経て実現したのが、チリを中南米地域の防災人材育成の拠点として整備するKIZUNAプロジェクトです」とJICAの井上啓(ひろむ)さんは話す。同プロジェクトの下、チリの研究者が防災に必要な知識を学ぶ「専門家育成」、中南米地域の行政官を対象に耐震設計や救急救助、森林火災対策、メンタルヘルスケアなどの研修を行う「行政官育成研修」、そしてこれらに参加した人や機関が知見を共有して協力する「ネットワーク構築と強化」が行われた。

行政官育成研修では、チリが持つ知見や経験、人材を活用しつつ日本からも専門家を派遣した。「救急救助の研修では、チリ消防アカデミーのメンバーと日本の消防庁や名古屋・東京の消防局から派遣された専門家の下、訓練を実施しました。過去の協力があったので、連携もスムーズでした」と井上さんは両国の協力体制を説明する。

プロジェクトが送り出した中南米地域の専門家・研修員は5169人。帰国後、彼らは各国で防災対策に取り組んでいる。ペルーでは帰国研修員が主導して港湾での自然災害リスクへの備えとして業務継続計画を作成し、KIZUNAで講師を務めたチリの大学教授を招いて、防災セミナーを開催した。「これは一例ですが、研修のネットワークが継続的に活用されつつあります」と井上さんは成果を感じている。チリの防災を担う国家緊急対策室(ONEMI)副長官(当時)でプロジェクトを担当したビクトル・オレジャーナさんはネットワークの意味をこう語る。「自然災害は国境を超えて発生します。今後は、KIZUNAで育った人材が、中南米地域全体を視野に入れた防災対策を行えるようになると思います。もし災害が起きてもすでに信頼関係があるので助け合うことができ、復興でも協力できます」。

チリ国家緊急対策室(ONEMI) 元副長官・防災コンサルタント ビクトル・オレジャーナさん

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ビクトル・オレジャーナさん

「10年近くチリと日本の防災分野での協力に携わってきました。KIZUNAプロジェクトで最も大切にしたのは「人と人とのきずな」です。チリでの防災体制は強化されてきましたが、都市への人口集中でこれまでにないリスクも高まっています。今後も日本と協力して将来の災害に備えていきます」

地方の防災能力を強化

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避難訓練の実施もONEMIが主導する。プンタアレナス市の高校での訓練には警察や市役所も参加した。

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地方防災計画の演習を行うONEMIの職員。

このプロジェクトと同時期に行われたのが、ONEMIの組織能力強化プロジェクトだ。地方政府による防災計画の策定と計画に基づいた防災投資を促進したいというチリ側の要請を受けたもので、地方政府の首長や職員に防災計画の必要性を伝えるビデオ教材の作成や防災計画策定などを行っている。

JICAから事業を委託されたオリエンタルコンサルタンツグローバル社の小林一郎さんは、ONEMIの主要メンバーと地方政府の担当者が参加した日本での研修の成果をこう話す。「日本では防災計画の考え方が中央から地方まで統一され、計画に基づいた投資が行われていることを知り、チリでも同じように防災計画を策定する動きにつながりました」。現在は新型コロナウイルスの影響下ながらも、防災情報を活用する日本のノウハウの導入などを進めている。「両国が防災の知見を共有することで安全・安心な社会になり、さらに両国の交流が活発になるでしょう」と小林さんは期待する。

オリエンタルコンサルタンツグローバル 上席理事 小林一郎(こばやし・いちろう)さん

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小林一郎さん

「今後はパイロット市で、防災プロジェクトの実施に向けた活動をモニタリングする予定です。あと1年、実際に活用できる防災計画策定に向けて協力を続けます」