災害に強い社会へ フィリピン

「人間の安全保障」を実現するためには、リスクを軽減するための“予防”や脅威が発生した後の対応を見据えた“備え”の視点が欠かせない。 台風や洪水などの自然災害が頻繁に起こるフィリピンでは、予防策への事前投資と災害発生後に向けた備えのために、政府だけでなく住民一人ひとりにいたるまでの能力強化に取り組んでいる。

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パッシグ・マリキナ川河川改修工事で整備された堤防。

自然災害に立ち向かう意識変容を

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首都:マニラ

2018年に発表された世界各国の自然災害のリスクをランクづけした「世界リスク・インデックス」では、フィリピンは世界で3番目にリスクが高いと評価された。同国では2005年から2014年までのあいだに、自然災害によってのべ7500万人が被災している。

日本は同じく災害大国といわれる。2013年にフィリピンを襲った台風ヨランダの復旧復興のなかでは、日本の災害経験に基づき、次の災害に備えてより災害に強い社会の構築を目指すBuild Back Better(よりよい復興)を働きかけ、同国の復興方針に反映された。また「予防に対する1ドルの事前投資が、災害発生時には4~7ドルに相当する支出を抑える」という事前投資の必要性を説き、フィリピン側にもそれが理解されるようになってきている。

近年は気候変動によって自然災害の頻度が増し、規模も大きくなっているなかで、JICAは人の命や社会経済を守るための協力を継続している。

ハード・ソフト面を含む包括的な取り組み

アジア地域でも屈指の人口密度をかかえる沿岸低地の大都市マニラ首都圏。そこを貫流するパッシグ・マリキナ川とそこから分岐するマンガハン放水路沿岸の災害リスクが高いエリアには、1万世帯以上が生活する巨大なスラム街も形成されている。洪水が発生するたびに貧困層の人々の生活が脅かされる。

JICAは1990年以降、マニラ首都圏の洪水被害軽減を目的としたマスタープランの策定に始まり、このパッシグ・マリキナ川の護岸整備や浚渫(しゅんせつ)といったハード面に加え、ハザードマップ(被害予測地図)の作成や避難訓練、学生向けの防災教育といったソフト面での協力も同時に進めてきた。

「本事業は科学的根拠に基づく氾濫リスクの評価をふまえて、計画段階から具体的な施策までセットで取り組む包括的な協力が特徴です。その過程で、フィリピン政府や地方自治体の防災能力の強化や人材の育成にも取り組んでいます」と話すのは、JICA地球環境部の丸山和基さんだ。JICAはマニラ首都圏における治水対策のマスタープランの達成に向けて他の機関とも連携しており、世界銀行はパッシグ・マリキナ川上流部の治水対策を支援している。

さらに、JICAフィリピン事務所の林公子さんは「マニラ首都圏での事業とは別に、国民への啓発活動にも力を入れています」と話す。気象天文庁と連携して実施する、学生を対象とした防災教育もその一つだ。各地の学校で日本人の専門家や、青年海外協力隊員による防災イベントや授業が実施されている。

「自助、共助、公助という言葉がありますが、阪神淡路大震災が起きたとき、災害発生直後に閉じ込められたり生き埋めになったりした人々の約7割は、家族も含む"自助"によって救助されています。一人ひとりに焦点を当て、自分や身近にいる人の身を守れるよう正しい知識を身につけていくことが大切です」とJICA東南アジア・大洋州部の佐伯健さんは話す。

災害リスク管理の強化

国や地方自治体、あるいは特定の流域など、さまざまなレベルに応じた防災計画づくり、観測網の整備。

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パッシグ・マリキナ川河川改修工事で整備された堤防周辺の住民。

科学的根拠に基づくリスク評価の導入

自然災害に関するデータ収集と解析、気候変動の影響の予測、気象予報の精度向上。

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フィリピンのマニラ首都圏及び周辺地域における、現在(1981-2000)、2040年気候(2031-2050)および2055年気候(2046-2065)の年間雨量分布(ミリメートル/年)を示すデータ。このようなデータを活用しつつ、さまざまな対応を検討していく。
出典:「フィリピン国マニラ首都圏及び周辺地域における水資源開発計画に係る基礎情報収集調査(水収支解析等)」からの一部抜粋。

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各観測地点から送信される水位、雨量等のデータを収集・処理する中央制御ステーション。ここが拠点となって、洪水予警報を発令する。

ハードとソフト、両面の施策

護岸整備や構造物対策(ハード面)と並行した、設備の維持管理能力の強化や防災教育(ソフト面)。

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教育省とともに作成し、各地に配布されている子ども向けの「防災ハンドブック」。

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防災について学ぼう!

人材の育成と技術力強化

政府や地方自治体の行政能力の強化、最新の建設技術やデジタル技術の伝授。

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国として備える

フィリピン政府は毎年の台風に備えて防災対策の予算を準備しているが、2020年は新型コロナウイルスの影響で政府の財政が圧迫されているという。そのようななかで、本格的に台風の季節が訪れようとしている。災害により国の財政が大きく傾いては、復興も大幅に遅れる。フィリピン政府は、災害が起きたときに低い金利で迅速に日本から資金を借りることができる仕組みの「災害復旧スタンド・バイ借款(フェーズ2)」に2020年9月15日に調印した。2014年に実施されたフェーズ1では500億円の貸与をうけ、台風ヨランダからの復興に活用し、速やかな住民の生活再建に貢献した。今回は、自然災害だけでなく感染症にも適用できる点が大きな違いで、より幅広い脅威の発生に対応できるようになっている。

一人ひとりの住民から国レベルまで、予防し、備えることで災害という脅威に強い社会を築いていくフィリピンに、JICAはこれからも寄り添っていく。

フィリピン

【画像】国名:フィリピン共和国
通貨:フィリピン・ペソ
人口:約1億98万人(2015年フィリピン国勢調査)
公用語:フィリピノ語と英語(80前後の言語があり、国語はフィリピノ語)