民主化移行を果たしたチュニジア チュニジア

地中海に面する観光立国であり北海道の2倍ほどの面積の国、チュニジア。
2011年、「アラブの春」はこの国から広がっていった。
民主化移行を果たした背景と、この10年で起きたことを追う。

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シディブジッドの路上で野菜や果物を売る露天商。

教育と女性の力

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チュニジア中部の町、シディブジッド。革命の発端となった露天商の青年への取り締まりはこの町で起きた。

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町の中央郵便局には焼身自殺をした青年を描いた垂れ幕が飾られていた(2015年3月撮影)。

「アラブの春」はチュニジアから始まった。2011年1月、それまで23年続いていたベン・アリ大統領の長期政権が市民によるデモの力で崩壊。その後、すぐに新しい大統領を決める選挙を行うのではなく、まずは国家の基本となる憲法を作りなおすことからチュニジアの民主化は始まった。新しい憲法を制定するための制憲国民議会選挙が行われ、2014年に新憲法が公布・施行された。

文化人類学が専門で、チュニジアを研究のフィールドにしている桜美林大学教授の鷹木恵子さんは民主化移行が成功した理由として、1)革命後(ベン・アリ大統領の失脚後も)国家が合法的に存続したこと、2)民主化移行過程で軍事力や武力の行使が少なく、議論や対話など平和的な方法で合意形成が図られたこと、3)強い市民社会の後押しがあったこと、4)特に女性の活躍があったこと、5)もともと教育水準の高い国であったことを挙げる。

チュニジアの革命は2010年12月に、同国中部の町のシディブジッドで野菜を売っていた露天商の青年の焼身自殺が発端となった。青年の路上販売を厳しく取り締まった行政への抗議、長年続いていた失業率の高さや経済格差、大統領一族による富の独占などへの不満が爆発し、デモとなって革命へとつながったのだった。

「チュニジアには"二つのチュニジア"といわれる地域間格差の問題がありました。観光開発も進む北部や沿岸部と、開発が遅れている南部や内陸部との経済格差です。また、若年層の失業率の高さも大きな問題でした。2011年の失業率は約18パーセント、なかでも若年層の失業率は約42パーセント、高学歴者の失業率は約29パーセントという高さでした」と鷹木さんは革命当時の社会背景を解説する。

ただ、チュニジアでは1956年にフランスから独立した後、初代のブルギバ大統領によって教育と女性の権利保障の制度整備に力が入れられてきた。鷹木さんは「教育分野に国家予算の約3割が充てられた年もありました。また、独立と同じ年に公布された家族法では複婚(一夫多妻婚)や夫側からの一方的離婚を禁止し、その後も教育の権利の男女平等、参政権の男女平等、公共部門での就労機会と賃金の男女平等などを法制化していきました。教育への投資と女性の地位や能力の高さが市民社会の成熟にもつながり、チュニジアの革命を非暴力で成功させた重要な要因になったのではないか」と指摘する。

日本の選挙監視団

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2011年10月に行われた制憲国民議会選挙では日本政府からも選挙監視団を派遣し、JICA職員も参加した。

女性が活躍する社会

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「世界女性の日」に首都チュニスの目抜き通りであるブルギバ通りでパレードに参加していた市民団体。

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チュニスの女性警察官。雇用の平等など女性の権利保障が進んだチュニジアでは多くの女性が社会で活躍する。

内陸部など地方の暮らし

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チュニジア南部の一般家庭で。

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女性たちが作る民芸品。

桜美林大学リベラルアーツ学群 教授、図書館長 鷹木恵子(たかき・けいこ)さん

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鷹木恵子さん

北海道生まれ。専攻は文化人類学、マグリブ地域研究(主にチュニジア)、社会開発研究。チュニジア経済社会調査研究所、アルジェリア開発応用調査研究所の客員研究員などを歴任。主な著書に『チュニジアを知るための60章』(編著、明石書店)、『チュニジア革命と民主化-人類学的プロセス・ドキュメンテーションの試み』(明石書店)など。「アラブの春」から10年が経過した現状をまとめた共著を執筆中で、2021年春ごろに山川出版社から出版予定。

「チュニジアはアフリカ諸国との南南協力も目指しています」

「教育と女性の力」(選挙監視団の写真を除く)の写真:鷹木恵子撮影

地域間格差をなくすために

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新しいビジネスとしてエッセンシャルオイルの精製も始めた。

その革命から10年。力強いリーダーが国を引っ張っていた革命前と異なり、民主主義の実践はいまだ黎明期にあり、政策決定にもこれまでと比較して多くの時間を要する。革命の原因だった地域間格差や高い失業率はあまり改善されていない。「チュニジアの国内メディアがこの10年を総括する報道をしています。政権交代がくり返されて政治が安定しないこと、貧困率の上昇や財政赤字、失業率の高止まりなどを革命後の実態として報じています」とJICAチュニジア事務所員の諸星緑さん。ただ、国内課題の実態に関する報道が出ること自体、言論の自由が保障された社会になっていることの表れだともいえる。

「社会の重要な過渡期だからこそ、民主主義の定着と北アフリカ地域の安定のため、日本や欧米諸国がチュニジアに協力することは重要で、JICAの役割は以前にも増して高まっています」

JICAは1975年にチュニジアに事務所を設立し、現地の課題に向き合った協力を続けてきた。たとえば地域間の格差是正に取り組むプロジェクトの一つとして「総合植林事業(II)」がある。国内の最貧困層が暮らす北西部の山間で、植林を含めた森林整備や地域住民の生活環境改善に協力する事業だ。

その成果はすでに表れている。「この地域では水くみに毎日約4時間、薪や家畜の飼料集めに約1時間半から3時間かけるような暮らしがありました。そこで家庭用雨水貯水槽を設置したり、燃焼効率がよく薪が少なくてすむ窯を使ってもらったりするようにしました。そうすることで、ほかの作業や仕事に時間をかけられるようになり、植物からエッセンシャルオイルを精製したり、養蜂を始めたりするなど現金収入を得られるビジネスが生まれました」と諸星さん。これらの活動は、各地域に組織された農業共同組合を通じて、地域住民たちが参加して策定したコミュニティ開発計画によるもので、彼らの自助努力が実を結んでいる。

地域間格差を是正

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総合植林事業(II)では、薪の使用量を減らすために燃焼効率のいい窯を導入した。その窯でパンを焼いている。

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JICAが北西部で行った総合植林事業(II)で植樹を行う地元の男性。

持続的で付加価値の高い漁業へ

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これまで食されていなかったカニを新たな産品として輸出するようになった。

当事者同士でグループや組合を立ち上げ、持続的な事業の営みと生計の確保に貢献している例では、南東部に位置するガベス湾での「ガベス湾沿岸水産資源共同管理プロジェクト」もある。

"地中海のゆりかご"ともいわれるガベス湾には豊富な水産資源があり、漁業が重要な産業となっているが、革命後には当局の漁業監視体制が弱まったこともあって違法操業が増加した。大型の底引き網船による乱獲や、産卵や稚魚の生育場として重要な役割をもつ藻場の破壊が進んで生態系が壊され、水産資源が減少してしまった。

プロジェクトでは、違法な底引き網船が沿岸漁場へ侵入することを防いだり、魚類の繁殖を促進したりするためにコンクリート製の人工漁礁を設置するなど、違法漁業対策や水産資源の回復に取り組んだ。また、漁業者たち自身で沿岸の資源管理に関するルールをつくることが大切だとし、漁業者グループの立ち上げに協力した。

JICAチュニジア事務所員の辻井亮さんはプロジェクトの意義を話す。「革命には、違法操業の蔓延のように負の影響もありました。その問題に対して、水産資源を自分たちで共同管理し、ルールをつくり、それを重んじるというように意識を変えていくことができました」。また、水産物に新たな付加価値を付けて、販売するという活動も開始。現地では食されず、網などを破る害種扱いされていたカニに新たな水産物としての価値が見いだされ、輸出されるようにもなった。その結果、水産業全体が発展し、地方の貧しい漁民の収入も増加したという。

新しいルールづくり

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ガベス湾で違法操業対策や魚類の繁殖のために行った人工漁礁設置作業。

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漁業者同士でグループをつくり、水産資源管理について話し合う。

中小企業支援や産学連携で雇用を創出

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生産性向上を目指し、カイゼンが導入された工場。

失業率の高さに対しては、産業競争力そのものを強化して新規雇用を生み出してもらうための「民間投資支援事業」に取り組んだ。繊維やアグリビジネスなどの製造業、観光や運送、IT系などのサービス業の中小企業を支援するための低利で中長期の融資を行う事業だ。

融資を受けた男性用シャツのデザイン・製造をするメーカーの担当者は、「現物担保を出さずに融資を受けることができて助かった。融資を受け、設備投資や雇用を増やすことができたので売り上げも増えている」と話す。2007年から2016年まで実施したこの事業では、305件の融資を行い、7666人の雇用創出・維持という成果を生んだ。

さらに、製造やサービスの現場など仕事のあらゆる面で製品の質や生産性の向上をつねに目指し、作業内容の見直しを行う「カイゼン」活動を伝える協力も「品質・生産性向上プロジェクト」の一環として実施した。参加した企業では、生産性が2倍以上に向上した例や不良品の発生率が半減するなどの効果も出ている。

このほか、チュニジアの教育水準の高さを生かして新しい産業や雇用を生み出すために、首都近郊のボルジュ・セドリア・テクノパークの建設(研究開発、高等教育拠点の設立や日本への留学生派遣を含む)や、同テクノパークを通じた日本の大学機関との共同研究支援、研究成果の活用など産学連携も推進している。

スタートアップの広がり

革命後も若年層を中心に失業率は高いままだが、今、その世代を中心にスタートアップ(独創的な新しい事業の立ち上げや会社の起業)が広がりを見せている。チュニジア政府も、税制面などでスタートアップを支援する法律を2018年に施行した。

辻井さんは、「もともと教育水準が高い国ですぐれた人材もそろっているため、事業のクオリティが高いという評価を、アフリカやヨーロッパの国々からも得ています。デジタル技術関係の事業だけではなく、ローズマリーやオリーブなど国内にある天然植物資源の研究開発や商品開発を行うスタートアップもあり、チュニジア独自の事業が生まれています」と話す。

JICAも2020年1月から、途上国におけるビジネス・イノベーション創出に向けた起業家支援活動「Project NINJA(ニンジャ)」を始めた。アフリカを中心に19か国を対象として、ビジネス・プラン・コンテストを開催している。新型コロナウイルス感染症拡大後の新しい暮らしのなかで、革新的なビジネスモデルやテクノロジーを生み出すスタートアップを支援することが目的だ。チュニジアからも参加があり、若年層などによる取り組みが地域間格差や失業率の改善につながることが期待される。