「アラブの春」の影響が続く国々で

チュニジアに端を発した「アラブの春」の民主化運動は、周辺国にも影響をもたらした。
隣国で内戦が発生し、国外に流出した難民を受け入れる国々、政権交代の混乱がいまだ続く国々でJICAが行う協力とは。

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周辺国が受け入れているシリア難民の数。

シリア内戦と周辺国

民主化運動から内戦へ

「アラブの春」の影響はシリアにも広がり、現在の内戦状態を引き起こした。40年におよぶ独裁政権が続いていたシリアでは、「アラブの春」以前から国内の格差や若者の高い失業率などの課題があった。こうした国民の不満が、「アラブの春」の動きに呼応する種となったと言われている。

シリアでの混乱の始まりは、2011年3月。10代の若者たちが、「国民は政権打倒を望む」というチュニジアでのデモで掲げられたスローガンを学校の壁に落書きし、警察に逮捕された。若者たちの家族は情状酌量を求めたが、治安当局はそれを却下。これを受けてSNS上で抗議運動が呼びかけられ、各地での散発的なデモにつながった。この様子が報道されると国民の中で政権打倒を求める動きが高まり、次第にデモが活発化した。全国主要都市で、「汚職反対」「政権打倒」を掲げた数千人規模のデモに発展。デモに対し、政府は軍・治安部隊を投入して厳しい取り締まりを行った。

国民の抗議活動から始まった混乱は、諸外国の介入もあり、次第に内戦へと変化。国内の戦闘は激しさを増していった。2014年には、過激派組織イスラム国(IS)が内戦に加わったことにより状況は混迷の度を深め、多くの難民が国外に流出した。また、国外に避難できず、シリア国内に留まる「国内避難民」と呼ばれる人々も数多く存在している。内戦は政府軍、反体制派やその他の武装勢力の対立によって泥沼化し、現在に至っている。

周辺国に広がる内戦の影響

シリア危機(注1)発生以来、全土で約50万人が死亡。630万人以上が国内避難民となり、周辺諸国に550万人以上の難民が流出したといわれている。以前に比べると激しい戦闘は減少傾向にあるものの、いまだ治安が不安定な地域が多い。基礎的なインフラなども破壊されたままであり、難民の帰還が進まないのが現状だ。

紛争の長期化に伴い、難民受け入れ国への影響が広がっている。難民流入から約10年、流入した難民に子どもが誕生し、人口が増え続ければ、電気、水道、教育や医療など難民受け入れ国の公共サービスへの負担はますます大きくなる。また、シリア難民の多くは難民キャンプではなく、キャンプ外の都市などのコミュニティに居住している。受け入れコミュニティ(ホストコミュニティ)側からすると雇用機会が奪われるなどといった不満が生じ、軋轢(あつれき)が生まれることもある。

JICAはシリア難民を受け入れる周辺国の抱えるさまざまな課題の解決を目指し、協力を継続してきた。

(注1)シリア内戦による人道危機。死者、負傷者だけでなく、シリア難民を多く生み出す原因となった。

周辺国が受け入れているシリア難民の数

国名 人数
トルコ 363万人
レバノン 88万人
ヨルダン 66万人
イラク 24万人
エジプト 13万人
その他 3万人

データ:国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、2020年11月現在。

地域の取り組み 国づくりを担う大きな力となる

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JISR留学生を対象に、2019年にレバノンで行われた出発前壮行会。

シリアでは長期化する内戦で、多くの若者が就学の機会を失っている。JICAは日本政府の中東支援策のひとつとして、レバノンやヨルダンに難民として逃れたシリア人を留学生として日本に受け入れる「シリア平和への架け橋・人材育成プログラム(注2)」、通称JISR(ジスル)を2017年からスタートさせ、すでに51人が来日している。

彼らは日本各地の大学院で情報通信や工学、経営学などの分野の勉学に励んでいる。日本語の習得には苦労する人が多いが、「学生生活やふだんの暮らしを通して日本の文化にも触れ、平和で安全な日本のよさを感じる」と彼らは話す。

シリアの将来に貢献したいという意思は持つものの、シリアの情勢が安定しないなか、大学院の課程が修了した後は日本での就職を希望する留学生が多い。卒業生は日本で深めた学びを生かすなどして、すでにさまざまな日本企業で働いている。

現在、シリアからの留学生たちは日本で懸命に学び、働いている。これから先、シリアに平和と安定が訪れたときには、JISRの留学生が国づくりの大きな力となり、両国の架け橋となってくれるにちがいない。JISRがアラビア語で「架け橋」を意味するように。

(注2)Japanese Initiative for the future of Syrian Refugees(JISR)