企業にお金を回す

企業を元気にする三つの方法

社会の中で企業が大きく育ち、質のよいモノやサービスがたくさん提供されるようになれば、経済全体が活発になっていく。
ただ、企業が活動するためには、設備投資などにまずは"元手"が必要だ。
その元手となるお金を回す方法を紹介する。

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会社をつくり育てるための元手

会社をつくり、モノやサービスを多くの人に提供して買ってもらい、利益を得て事業を続け、さらにその規模を大きくしていくためには、まずは元手となるお金が必要となる。商品を製造するための工場を建てたり、原材料を仕入れたり、人を雇って給料を払ったりするための資金だ。

その資金を用意するには、1)銀行からの借り入れ、2)社債の発行、3)株式の発行という三つの方法がある。

1)は銀行からの借金で、利息とともに返済していく。
2)の社債とは、投資家からの"借金"だ。債権を発行してお金を貸してもらい、期限を決めて利息とともに返済する。
3)の株式は借金ではなく、その会社の成長に期待して、投資家がお金を出す="投資"をする仕組みだ。会社はお金を返済する必要はない。ただし、投資をして株主となった投資家は経営への参加の権利を持ち、会社は利益に応じた配当金を株主に支払う必要がある。株式の証券は株式市場で売買され、会社の評価が高まればその株価は高値となる。

このような仕組みで、お金を持っている銀行や一般の人を含む投資家から、お金を必要とする会社(企業)へ資金を回し、社会経済を発展させていくのだが、途上国ではこの仕組みが十分に機能していないことも多い。特に長期でお金を借りる環境が整っておらず、大きな設備投資がしにくい状況がある。

JICAは企業活動のための資金調達が円滑に行われ、経済発展につながるように途上国でさまざまな協力を行っている。その例を紹介しよう。

先進国と途上国における銀行融資額の規模と返済期間の比較(1999~2012年)

参考:世界銀行「Global Financial Development Report 2015/16」

銀行からの民間への貸出量(対GDP比)と返済期限の内訳
返済期限:1年未満 返済期限:1~5年 返済期限:5年以上
先進国 38% 27% 32%
途上国 20% 14% 8%

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優良な企業に融資ができる仕組みを フィリピン

担保がなくても信用で融資ができる

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【企業信用リスクデータベース(CRD)】土地などの担保がなくても、金融機関が有する企業の財務状況などの情報を集約して信用度を測り、銀行融資をしやすくする仕組み。

銀行が企業にお金を貸すときには、保証として土地などの担保をとる。企業が倒産するなど、お金が返されないときにはその担保で弁済をしてもらうためだ。ただ、それだと担保となる土地などがなければ、お金が借りられないということになる。

フィリピンにある企業のうち、99.6パーセントが中小企業だが、その多くは担保となる資産を持っておらず、銀行からの融資を受けることが難しい状況にある。その結果、土地などを持つ大企業は融資を受けてますます成長し、中小企業は事業拡大ができずに格差が広がるという構図が続いている。

そんななか、JICAは昨年から「企業信用リスクデータベース(CRD)」を導入するプロジェクトをフィリピンで進めている。

これは企業の"信用度"を測るために日本で構築されてきた仕組みで、金融機関が有する企業財務情報を集約したデータベースと統計的スコアリングモデルをもとに、倒産の確率などを推計するものだ。経営実態が良好で、貸し倒れのリスクが低いとなれば、担保がなくても融資がしやすくなる。銀行などの現地の金融機関同士が企業の財務情報などを匿名にして共有し、より大きなデータベースを構築して、安定的に、より的確にリスクを判断する仕組みとなっている。

プロジェクトディレクターを務めるフィリピン中央銀行職員のルーイ・メル・インシアさんは、「プロジェクトは中小企業金融の持続可能なエコシステムを構築する大きな一歩となります。CRDの活用で中小企業は金融アクセスが可能となり、生産性、競争性が増すでしょう。その結果、国全体としてモノやサービスなどの生産が伸び、多くのフィリピン人の雇用と所得の増加につながります」と話す。

また、新型コロナウイルス感染症拡大で収益が悪化している中小企業を資金面で救うことにもつながるとし、「コロナ収束後の経済全体の回復時にも大きく貢献をするでしょう」と期待している。

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フィリピンのマニラ首都圏マカティ市にある銀行の建物。中小企業がお金を借りやすくなれば、生産性などの向上につながる。写真提供:BDO Unibank, Inc.

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フィリピンで3番目に大きい都市ダバオの街並み。多くの中小企業が街のにぎわいを支えている。

社債のメリットを知ってもらい、広める モンゴル

長期的に必要な資金を集める方法

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【社債を広める取り組み】企業は社債で長期的に必要な資金を借りることができる。社債の仕組みが広まれば、企業の成長に必要な資金調達の方法が多様化していく。

銀行ではなく、投資家からお金を借りる社債を広める取り組みについては、モンゴルを例に紹介する。

モンゴルは今、石炭や銅、レアメタルなどの鉱物資源開発で外国から資本が流入するなど経済成長が続いている。一方で、国内の金融事情に目を向けると、企業が資金を調達する方法は銀行からの借り入れでほぼ一本化されており、社債市場は注目されていない。

しかし、経済を安定的に長期にわたって成長させるためには、一般の市民や投資家層が持っている資金を企業に回す社債市場を拡充し、企業の資金調達の方法を多様化させることが必要だ。

JICA行財政・金融チームの髙橋俊さんは「たとえば企業の設備投資費用ですが、その費用が利益を生み出すまでには一定の期間が必要で、長期の資金で賄うのが一般的です。その点で社債は、もちろん例外もありますが、銀行借り入れよりは長期で多額の資金を集めやすく、株式のように社外から経営に入ってこられることもありません。一方で企業の資金使途によっては銀行借り入れや株式のほうが社債よりも適切な資金調達の手段となる場合があります。大事なのは三つの組み合わせです」と話す。

JICAは現在、モンゴルの資本市場の持続的な成長に協力するため、社債に関する規制・監督の仕組みの整備や、金融を学ぶための関係者向けの教材作りなどを活動の柱とするプロジェクトを実施している。モンゴルの資本市場はこれから育っていくところであり、ルール違反を取り締まる発想だけではなく、市場参加者(発行体や投資家等)それぞれに応じたルールを設定し、市場への参加を促すといった"市場育成型"のルール整備に取り組んでいる。

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モンゴルの首都ウランバートルのチンギスハーン広場。持続的な経済成長のため、バランスの取れた金融の仕組みの定着が求められる。

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社債市場の発展のため、政府や市場の関係者向けに開いたセミナー。法律や規制などの環境の整備がテーマとなった。

投資家が安心して参加できる株式市場へ ベトナム

株式市場の”質”を向上させるために

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南部の都市ホーチミンにあるホーチミン証券取引所。設立は2000年で、ハノイ証券取引所よりも早い。

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ベトナムの首都ハノイにあるハノイ証券取引所。2005年に設立された。経済成長著しいベトナムだが、株式市場には課題がまだ多い。

最後は株式市場を発展させる取り組みを紹介する。株式市場では公正性や透明性が厳格に求められる。投資家から信頼される株式市場づくりのための協力をベトナムの例で見てみよう。

ASEAN(東南アジア諸国連合)の中でトップクラスの成長を続けるベトナムは、安定した国内消費と対外貿易に支えられて2019年時点のGDP成長率は7.01パーセントだった。コロナ禍の影響を受けて他国が軒並みマイナス成長となった2020年も、ベトナムは2.91パーセントの成長を遂げている。

ベトナムにはホーチミン証券取引所、ハノイ証券取引所があり、2020年末時点の時価総額は対GDP比で87.68パーセントに達し、アジア地域の主要市場に比肩する規模に成長している。外国企業や投資家からの期待も高い。

一方で世界的な指数算出会社が行う区分けでは、ベトナムの株式市場は未成熟で流動性の低い「フロンティア市場」に分類され、まだまだ発展途上だ。国内外の投資家から投資資金を呼び込み、ベトナム経済が今後も持続的な発展を遂げるためには、株式市場が本来備えるべき"質"の向上が欠かせない。

JICAベトナム事務所の小林将也さんは「株式取引の大前提となる公正性や透明性の確保という点で、ベトナムの規制当局や証券取引所だけでなく、上場企業や証券会社、投資家など関係者全体の意識改革が必要です。インサイダー取引(注)の防止や証券会社の監督、上場企業の審査・管理、投資家保護といったことの重要性を認識してもらう必要があります」と指摘する。

JICAは現在、大和総研、日本取引所グループ(JPX)、金融庁などの協力のもと、ベトナム株式市場の公正性と透明性改善に向けたプロジェクトを実施している。規制当局、取引所関係者らに対する実務研修や2021年1月に施行された新証券法に関連する政令・通達案への助言などを行い、ベトナムの株式市場の健全な発展をサポートしている。

(注)内部者取引。ここでは内部者、(会社)関係者が株価に影響を及ぼす未公表の情報を利用し、自社株等を売買して不当に利益を操作することを意味する。

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【株式市場では公正性や透明性が不可欠】株式市場は企業が資金を調達する場であるが、投資家にとっては株式の売買で資産運用をする場でもある。そこでは公正性や透明性が不可欠だ。