安定した金融政策を行う

金融のかじ取り役 国のお金を動かす中央銀行

中央銀行の役割は物価の安定をはじめ、社会全体にお金を回す務めを果たすこと。
国の未来を左右する重要な存在だ。

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物価の安定を図り暮らしやすい社会に

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インフレが激しくなると、お金の価値がこの先も下がり続けると予想する人々がお金を受け取らなくなり、お金を介さない物々交換に戻ったりするなど非効率な経済になっていく。写真はジンバブエ。Catchlight Lens/Shutterstock.com

世の中に出回るお金の量や金利などを調整することにより、物価を安定させる政策を金融政策という。その金融政策を行うのは通常、政府から独立した中央銀行だ。日本を例にとると日本銀行(略称:日銀)が中央銀行にあたり、日本銀行は取引先金融機関から受け入れている当座預金を通じて金融政策を行う。世界の多くの国々にも、日本と同じように中央銀行がある。

もし、中央銀行が金融政策を適切に行わない場合、たとえば、経済活動に必要な量以上にお金があふれ、生産されている以上にモノやサービスを人々が買おうとすれば、物価が上昇する(インフレーション)。

時には物価が急激に上昇し、数百パーセントも上がることがある。第2次世界大戦後のハンガリーでは15時間で物価が2倍になったといわれており、このような状況はハイパーインフレーションと呼ばれる。これは革命や戦争・内戦などがきっかけとなることが多いが、共通する原因としては、政府の財政支出が税金では賄いきれないほど膨れ上がり、それを中央銀行に紙幣を刷らせることによって賄おうとしたことにある。近年でも途上国ではハイパーインフレーションがしばしば見られ、たとえば1980年代のラテンアメリカ、1990年代のセルビア、今世紀に入ってからもジンバブエ、ベネズエラで起きている。このような状況になると、企業は製品価格や賃金を頻繁に変更しなければならず、人々は自国通貨を捨ててドルや金を使うようになるなど、激しいインフレーションが経済に与える影響は非常に大きい。

かつて、金融政策の目的は物価の安定以外にも経済成長や為替相場の安定など複数課されていることがしばしばあった。途上国の中央銀行などでは今でも複数の目的を持つところがある。しかし、これまで見たようなインフレーションの経験から、物価の安定こそが金融政策の最も重要な目的と考えられるようになり、そして、金融政策運営を行う中央銀行の独立性が重視されるようになった。

国家の根幹に関わる協力は信頼関係があってこそ

日本銀行は政府からの独立性や金融政策の運営が高い水準にあるとされ、アメリカやイギリス、欧州の中央銀行らと同様に世界の国々から評価されている。日本銀行が四半期ごとに実施している短観(注1)は、金融政策の適切な運営に役立つものとして海外でも「TANKAN」の名称で広く知られている。そうした背景から、日本は途上国から中央銀行への技術協力の要請を受けることも多い。

その一つがベトナムで、1990年代半ばから協力関係が続いている。金融政策は国家の根幹に関わるもので大きなお金が動くため、その枢要(すうよう)な部分に触れるにあたってJICAは、時間をかけて信頼関係を築きながら取り組みを進めている。安定的な金融政策とその前提としての国の経済分析の精度向上などを行いながら、同国が抱えてきた課題の解決を後押ししてきた。

金融政策は、"クルマのバックミラーを見ながら運転するようなもの"ともたとえられる。これは2008年の世界金融危機や昨今の新型コロナウイルス感染症拡大など、世界がこれまで体験したことのない事柄に直面したとき、過去の事例をもとに解答を導きにくいという難しさがあることを表している。タイムリーな金融政策は何かと途上国は悩み、日本も悩む。ともに悩んで議論を重ねて前進していくような双方向のやりとりの中で協力が続いている。

(注1)全国企業短期経済観測調査。全国の約1万社の企業を対象に企業が現状や先行きをどう考えているかを把握する統計調査。

ベトナムのGDP成長率

参考:世界銀行

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構造改革期の訪れ(2013年~現在)

金融政策の立案に必要な経済分析・予測能力の向上を目的にした研修を実施する。先進国の中央銀行が用いる、より経済理論に整合した形で物価や景気の動向を予測可能な「動学的確率的一般均衡(DSGE)モデル」を導入して、より適切な金融政策のシミュレーションを可能にした。

成長と経済の安定をバランスよく(2011~2013年)

世界金融危機以降のベトナム政府は経済の安定化を重視。ベトナム国家銀行による政策の立案・運営能力が向上するよう職員の能力強化に協力する。

世界貿易機関(WTO)加盟・成長の追求へ(2006~2011年)

2007年にWTOに加盟。JICAはベトナム国家銀行を対象に国家銀行法や金融機関法等の法令の改正に協力して制度面の整備を図る。

貧困脱却を最優先に(~2000年代前半)

ベトナムの財政・金融・国営企業などが抱える政策課題の分析を行い、JICAが提言を作成。のちに続く協力の礎になる。

ベトナム国家銀行(SBV)と歩むJICA

ベトナムは1986年にドイモイ(刷新)政策を打ち出して貧困からの脱却を図り、市場経済(注2)の導入により成長を遂げた。2008年の世界金融危機で落ち込むも、ふたたび成長の軌道に乗りつつある。その間JICAは、同国の安定的な経済発展のためベトナム国家銀行(SBV)がより適切に金融政策を運営できるように、複数の技術協力を実施してきた。

(注2)民間企業によるビジネスを通じてモノやサービスの売り買いが自由に行われること。

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ベトナムの首都ハノイ市にあるベトナム国家銀行。

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金融政策の運営体制や政策立案のための経済分析・予測手法について話し合うベトナム国家銀行の職員らとJICAの専門家メンバー。

日本の知見はフィリピンにも

現在、JICAはフィリピン政府から金融政策における技術協力の要請を受けて、2022年に実施する準備を進めている。フィリピンの経済環境は、最大貿易相手国である中国のインフレ率やアメリカの経済成長率、原油価格の変動といった外的な要因を受けやすい状態にあり、難しいかじ取りを迫られている。フィリピン中央銀行(BSP)は、日本から金融政策や金融システムの運営に必要な知識・経験を学び、経済分析・予測において経済モデルや国際収支等の主要な経済指標に関わる専門性を磨こうとしている。

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フィリピンの首都マニラ市にあるフィリピン中央銀行。Michael D Edwards/Shutterstock.com

Message from BSP

JICAの技術協力を通じて、私たちBSPの職員が多くを学ぶことを期待しています。新型コロナウイルス感染拡大後の市場安定化のために金利の引き下げを行って社会にお金を回すことに努めていますが、この後の金融政策の検討も含め、われわれの金融政策手段およびフレームワークの検証・改善をするにあたって助言を得たいと考えています。