進む途上国への投資

民間と連携した協力のかたち

途上国の人々にとって、金融サービスを利用するにはさまざまな障害がある。
そこで近年注目されているのが、民間企業等を通じて途上国の開発を促進するJICAの海外投融資だ。

文:久保田 真理

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五常・アンド・カンパニーのマイクロファイナンス事業では、最終便益者の95%が女性だという。写真は、五常グループが出資したマイクロファイナンス機関からの融資を通じてカンボジアで織物製造の町工場を設立した女性。

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ミシンの購入資金を得てビジネスを始めたミャンマーの女性。

JICAの取り組みの一つに、海外投融資がある。同じ有償資金協力である円借款の場合、事業資金を貸与する対象が国政府になるが、海外投融資の場合は途上国で事業を行う民間企業や民間金融機関が対象となる。つまり、海外投融資は相手国政府の借金を増やすことなく、民間企業や民間金融機関を通じて途上国の経済を活性化させ雇用を創出し、ひいては人々の生活向上に結びつく経済効果をもたらす新しい協力の在り方だ。JICAでは2013年より海外投融資を本格的に再開し、近年は案件数が増加している。

男性に比べて社会的に不利な立場に置かれている女性たちの能力を強化することが、途上国に共通する課題の一つになっている。「途上国の女性は非正規の仕事に従事する割合が高く、雇用状況も収入も不安定です。彼女たちの多くは金融サービスにアクセスできず、収入を増やすための元になる資金を得られないばかりか、自分のお金を安全に貯蓄できません。金融機関に口座を持たない世界の成人人口約17億人のうち約10億人は女性ともいわれています」とJICA民間連携事業部の吉田進一郎さんは説明する。持続的な開発目標(SDGs)の一つに、ジェンダー平等の達成と女性の能力強化が掲げられ、2018年にカナダで開かれたG7サミット(注1)では女性の経済的な能力強化を促進するため、「2Xチャレンジ:女性のためのファイナンス(注2)」立ち上げが宣言されたことから、とくに女性の金融アクセスを促進する流れが強まった。

JICAでは2019年に、マイクロファイナンス事業を行う民間企業の五常・アンド・カンパニー(注3)に10億円を出資し、また「日本ASEAN女性エンパワーメントファンド」に最大3000万米ドルの追加出資を行った。

「日本ASEAN女性エンパワーメントファンドでは、JICAの配当順位や配当利回りを他投資家より低く設定し、民間金融機関や機関投資家のリスクを軽減したことが、より多くの民間投資家の参入につながりました。JICAの出資が"呼び水"となってより多くの民間投資家から出資を集めたり、これまでの技術やネットワークも生かして開発を促進したりする役割も担っているのです」と同部の舟越和子さんは話す。

(注1)主要国首脳会議。フランス、アメリカ、イギリス、ドイツ、日本、イタリア、カナダの7か国と欧州連合(EU)の首脳が年に1回集まって開催される。
(注2)G7各国の開発金融機関が自らの資金提供を呼び水に民間の投資を促進することで、2020年までに30億ドルの資金を投入することを目指すもの。
(注3)これまでにインド、カンボジア、スリランカ、ミャンマーで事業を展開。

貸し付けと同時に金融の正しい知識を広める

五常・アンド・カンパニーや日本ASEAN女性エンパワーメントファンドを通じてJICAや民間投資家からの出資を受けたマイクロファイナンス機関(MFI(注4))は、ただ資金を貸し付けるのではなく、金融に関する基本的な知識を伝えるための取り組みも行っている。たとえば、お金を借りる意義・権利、計画的な返済、家計簿のつけ方、収支の記録による資金管理など、お金に関する重要な知識について講習会を行っているという。また、本人はもとより近隣住民にもヒアリングを行ってその時点で借りているお金の有無を貸し付け前に確認し、債務超過にならない金額を融資するようにしている。「融資は利息の支払いも伴います。適切な資金計画がなければ、現地の女性たちの生活は融資により悪化することもあり得ます。彼女たちが現実的に借りられる金額を事前にしっかり把握する必要があります。また、地域の人たちを集めて、紙芝居をしながら『お酒に使うのはダメだけれど、家畜を飼うのはいい』といった借りたお金の使い方を効果的に伝えているMFIもあります」と同部の山本久瑠美さんは、MFIの取り組みについて説明する。

(注4)Micro Finance Institutionsの略。

融資を受けて仕事や生活が向上

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金細工加工で生計を立てるインドの女性。(©Photo courtesy of Women's World Banking)

MFIから融資を受けた女性たちの行動や生活はどう変わったのだろうか。インドで食料品や生活雑貨を扱う小売店を起業した女性は、借り入れ前にMFIが実施する財務研修を受講し、資金繰りに関する知識を得た。それにより適切な財務管理下で順調に事業運営することができ、収入が安定したおかげで子どもが学校に通えるようになった。また別の女性は、業者に高値で販売できる良質な牛乳を出すハイブリッド乳牛を購入して収入が安定。MFIと頻繁にコミュニケーションを取って事業についても相談し、貯蓄が始められるようになったという。

ミャンマーでは、ある女性が家族で靴製造業・卸売業を開始。融資により、材料の一括購入で通常よりも安価に仕入れることができるようになった。収入が安定して子どもが学校に通えるようになり、追加融資で靴工場の拡大を検討している。

JICAは、さらなる女性の能力強化のために、2020年2月に「Women's World Banking女性の金融アクセス向上事業」に1150万米ドルを出資する契約を結んだ。これにより、サブサハラ・アフリカと南アジアを中心とする開発途上地域の女性向け金融機関等への投融資が行われ、JICAが出資するファンドを通じて金融機関等への技術支援も併せて実施される。

2Xチャレンジ:女性のためのファイナンスは、今年英国で開催予定のG7サミットで引き続き取り上げられる予定で、女性の金融アクセスへの取り組みがますます加速していく状況にある。JICAの投融資参加が民間資金の呼び水となって資金流入を増やし、技術協力などを併せて行っていくことで開発効果をさらに上げると期待されている海外投融資-JICAはこれを今後も増やしていく方針だ。

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より良質な牛乳を提供するために牛を購入したインドの女性。収入が増えたことで、貯蓄も開始することができた。

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日本ASEAN女性エンパワーメント投資先の、インドMFIの女性顧客。

ESG投資への関心の高まり

ESG投資とは

環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)に配慮している企業を重視・選別して行う投資。環境では地球温暖化対策や生物多様性の保全活動、社会では人権への対応や地域貢献活動、企業統治では法令遵守、社外取締役の独立性、情報開示などを重視する。国際連合が2006年に、投資家がとるべき行動として責任投資原則(PRI:Principles for Responsible Investment)を打ち出し、ESGの観点から投資するよう提唱したため、欧米の機関投資家を中心に企業の投資価値を測る新しい評価項目として関心を集めるようになった。

ESG投資の例

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責任投資原則(PRI)の署名機関数と運用資産残高の推移

参考:THE PRIウェブサイト

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ファンドへの出資を通じてコロナ禍下の中小零細事業者を支える

新型コロナウイルス感染症が途上国の中小零細企業に及ぼす影響は深刻で、多くの事業者にとって資金繰りが課題となっている。
JICAは他の開発金融機関等と連携しながらこの課題に取り組んでいる。

文:久保田 真理

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過去にJICAが出資したファンドを通じてマイクロファイナンス機関から借り入れを行い、食料品、生活雑貨を扱う小売店を起業したインドの女性。

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家族経営による靴製造・卸売業を開始したミャンマーの家族。

金融サービスへのアクセスがよくない層の一つに、中小零細企業の事業者が挙げられる。その多くは大企業に比べて事業基盤が脆弱で不安定であり、さらに信用力や金額が少額すぎるなどの問題で大きな商業銀行から融資を受けることが難しい。そのため、小口の融資や貯蓄などの金融サービスを提供するマイクロファイナンス機関を利用して資金調達を行っている事業者も多い。

そんななか、2020年から続く新型コロナウイルス感染症の拡大により、途上国の中小零細企業は深刻な影響を受けている。JICAは20年11月、途上国のマイクロファイナンス機関に融資を行う「COVID-19新興国中小零細企業支援ファンド」に最大3500万米ドルを出資する契約に調印した。日本ASEAN女性エンパワーメントファンドと同様に、途上国における女性の金融アクセス改善を支援してきた「Blue Orchard Finance」がファンドマネジャーとして同ファンドを運営する。米国開発金融公社や英国連邦開発公社などの開発金融機関も参加しており、日本、アメリカ、イギリスが連携してコロナ禍下の中小零細企業支援に取り組もうとしている。

このファンドで支援の対象となるのは、おもに平均従業員数10人の零細事業者、個人事業主、事業者でない個人の借り主だ。

「男性と比べると女性のほうが雇用の状況が不安定なことも多いので、結果として支援対象には女性が多くなっています。『COVID-19ファンド』への出資には、日本ASEAN女性エンパワーメントファンドにおける既存の顧客層に向けた追加支援という側面もあります」と民間連携事業部の舟越和子さんは説明する。新型コロナの影響で途上国にかぎらず世界的に経済が低迷しているなか、途上国の中小零細企業にとって資金調達の要であるマイクロファイナンス機関自体の資金調達環境も悪化している。従来から金融アクセスがよくない中小零細企業の状況に追い打ちをかける事態に、迅速な対応が求められている。

同ファンドは7年間継続する予定だ。世界経済の見通しが不透明な状況が続いているが、2回目、3回目の資金募集時にはJICAの投資が呼び水となって、民間投資が活発になることが期待されている。