現場における人との関わりの中で
学んだもの
宮崎副理事長は、1988年に大学を卒業した後、都市銀行勤務を経て、1992年に現在のJICAの前身の一つである国際協力事業団に入団。福田部長は、1992年の大学卒業後、留学、本邦大学の修士課程を修了した後に、1995年に同じく国際協力事業団に入られたということですね。お二人がJICAに入られてから既に30年以上が経過していることになりますが、これまでのキャリアを通じて、社会人としての歩みに大きな意味を持ったと思われる体験、出会いといったものについて、先ずお聞きしたいと思います。
思いつくものは幾つかあるのですが、私はこれまでのキャリア中で2度在外事務所勤務を経験しており、この二つはそれぞれに、自分にとってとても大きな意味を持つものだったと思います。1度目は未だ経験も浅かった1995年から駐在したアルゼンチンですが、事務所にナショナルスタッフ(現地事務所雇用のスタッフ)として勤務されていた日系人の方達から、本当に多くのことを学びました。それは、日常的な業務の進め方、現地の人との接し方といったことはもちろん、一人の人間としても、数多くの気づき、発見があるものだったと思います。私は、海外で暮らす日系人の方と接するのはこの時が初めてでしたが、このアルゼンチン時代の経験によって、母国を離れて海外で暮らす外国人の方たちや出稼ぎで来日されている日系人の方たちに思いが及ぶようになりましたし、それは、その後国際協力に携わるうえでとても大きな財産になりました。また現地の日系人の方たちは、日本に住んでいる日本人以上に日本文化を大切にされているところがあり、地球の反対側のアルゼンチンで、改めて日本文化の美質、魅力といったものを再確認する経験でもありました。
2度目の海外勤務は2018年から、今度は事務所長という立場でタイに赴任したのですが、現地には日系企業も数多く進出しており、関わったタイの方々の中には日本に留学された経験を持っておられる方もたくさんいらっしゃる。当然、日本に対する信頼・期待は非常に大きく、私は事務所を統括する立場として、そうした信頼・期待を損なわず、さらに大きなものにしていかなければならないという責任を痛感しながら、日々の業務に向き合いました。そうした意味でタイでの経験は、私に日本人であること、JICA職員であることの自覚を促し、日本代表としてのJICAの役割、存在意義といったものを捉え直す機会でもあったと言えるのではないでしょうか。ここに挙げた二つに限らず、開発途上国において社会課題の解決に取り組むということは、日本をはじめとする先進国の課題について知ることでもある。私にとってJICAでの経験は、その全てが、世界や日本の課題をダイナミックに俯瞰して捉える視点・知見を育んでくれた、非常に大きな意味を持つものだと考えています。

私は大学時代からフィリピンの地域研究に取り組み、卒業後はフィリピンの大学への留学も経験しましたが、JICA入構後の2000年には、駐在という形で改めてフィリピンの地を踏むことになりました。この時は、ガバナンスや教育といったさまざまな分野を担当しましたが、当時担当していた理数科教育の教員研修プロジェクトのために現地に入られていた専門家の方からは、非常に大きな影響を受けました。この方は、もともと理数科教師として青年海外協力隊(当時)に参加されていたのですが、そうしたリアルな経験を踏まえた、現地の実情に根差した援助哲学といったものを、私は一緒に仕事をする中で学ばせてもらったと思います。「事業の当事者はあくまでも現地の方たちであって、決してこちらの考え方を押し付けてはいけない」「あるアイデアや方法論をインプットするうえでは、現地の当事者とじっくりと議論を重ねながら、彼らがそれを吸収していくプロセスを焦らずに見守らなければならない」──こうした姿勢を現場の中の体感と共に学べたことは、私にとって、その後JICAで仕事に取り組むうえでの指針を与えてくれるものだったと思います。よくJICAでは、“オーナーシップ”や“自助努力”の重要性が語られますが、こうしたものはパートナーとの本当の意味での対等な関係が築けてこそ育まれるのであって、それは、言葉で言うほど簡単なことではありません。学生時代に現地調査を行っていた頃から痛感していますが、現地の方々の多くは、経済格差に基づいた“支援する側/される側”という視点で見ることが多く、JICAで仕事をしていると、そこに“ファイナンサー”という立場が加わって、更に強化される傾向があることは否めません。この専門家の方はそうした中で、じっくりと時間をかけて現地の関係者と議論を重ねながら、協力の土台となる環境、“対等な人間関係”を築いていくことに惜しみない労力を注がれていました。その姿勢からは、本当にたくさんのことを学んだと思います。

お二人のお話は、共に現場体験に根差した、JICA職員としての基本姿勢に関わるものであると思いますが、そうしたものも踏まえて、国際協力に携わる人材は“これをおろそかにしてはならない、これを忘れてはならない”とお考えになるのは、どのようなものでしょうか?
先の福田部長のお話にもありましたが、JICAの仕事というのはやはり、さまざまな関係者との対話を重ねながら解決策を探っていくということですから、人と人との関係──途上国政府の関係者や現地の人々、プロジェクトに参加していただく専門家といった多種多様な方々との間に確かな信頼関係を築いていくことが、何よりも重要になってくることは間違いありません。そうした意味では、謙虚さや他者へのリスペクトといった、信頼関係を築く基盤となる人間性を備えていることは、国際協力に携わる人間が備えていなければならない不可欠の要素であると言えるのではないでしょうか。また近年では、社会課題もますます高度化、複雑化しており、日本の立ち位置も変わってきていますから、そうした変化に柔軟に対応していくことができる姿勢を持っていることも、とても大切であると思います。ある課題分野を究めていくようなキャリアの形も必要であると思いますが、変化する世界、課題に向き合いながら常にアンテナを高くし、物事に柔軟に対応していける姿勢を持っていることは、現代において国際協力に携わるうえで極めて重要なことだと私は考えています。
今お話しのあった“柔軟性”ということに関連して、昨今キャリア形成における不確実性を排除していくような傾向が強まっているように思います。こうした状況については、どのようにお考えになるでしょうか?
JICAの仕事というのは、課題分野も地域もスキームも非常にたくさんのものがあって、もちろん「これをやりたい」という本人の関心・興味というのは大切ですが、実際にやってみて初めて、その面白さがわかるということも往々にしてあるわけです。私が新人の方によく言うのは、国際協力においては、正解は一つではないということ。仮に自分の中にある解があったとしても、異なる価値観、考え方を持った人々と議論を重ねるなかで、全く新しい方向性、ソリューションが見えてくることも多いのです。ですから、ある専門性の中に閉じこもってしまうのではなく、副理事長も言われる柔軟性を持って、多くの関係者とオープンに対話を重ねることが、我々の仕事においてはとても重要になってくる。またJICAの仕事というのは、必ずしも“自分で課題を解決する”ということではなく、さまざまな人や組織の力を借りて、その“動員力”によって課題に向き合っていくことなのです。従って、いかに“共感”を持って多くの関係者に事業に参加してもらえるかということが大切なわけですから、先ほどから話題になっている豊かな人間性、柔軟性をもって関係者と真摯に対話を重ねていくことが、狭義の専門性以上に重要になってくることが多いのではないでしょうか。

その通りだと思います。自分自身を振り返っても、人事異動で希望していなかった部署に配属されたこともありましたが、そうした部署での経験ほど学ぶものが多かったという率直な印象がありますね(笑)。それはある意味当然で、自分が知っていること、やりたいことというのは、そこに配属されてどんなことをやるかがある程度見通せますし、当初は志気も上がりますが、全く未経験の分野、テーマに取り組むことは、本質的な意味で個人を“リッチ”にしてくれる体験になる。“不確実性こそがチャンスである”と私は思いますし、希望の部署に配属されなかったら辞めたいというような考え方は本当にもったいないと、若い方にはお伝えしたいですね。






