JICAを外から眺めることで、その意義を再発見する
大学院時代、1年間アメリカに留学しましたが、ある時メキシコまで旅行に出かけたことがありました。その際、まったく電気が通っていない村を訪ね、こうした状況をなんとかすることができないかと考えたことが、国際協力を志向するきっかけになりました。学部の頃は航空工学を学んでいたものの、もっと社会の役に立つ勉強をしたいと考え、電力やエネルギー資源の利用等をシミュレーションによって分析しエネルギー・システムの最適化を実現していく研究を行っている研究室に進んでいたのですが、この体験をきっかけに途上国のエネルギー問題を研究テーマに選んだのです。ただ、正直に言うと、JICAを知ったのは就職活動を始める直前。JICAはやはり、駐在等も含めて途上国の現場に赴いて仕事ができる……そこが私にとっては非常に魅力的でした。
JICA入構後、私が将来的なキャリア設計の方向性として考えていたのは、“地域/テーマ/アプローチ”の三つの軸を設定しておこうということ。私の場合、“地域”は、海外OJTがボリビアだったということや、留学時代の体験もあって中南米、“テーマ”は大学院での研究を踏まえ、エネルギーや運輸等を含むインフラ、“アプローチ”は、今後のJICAや日本の国際協力の方針を見据え、民間連携とファイナンス、というふうに考えていました。これらを考えるうえで、入構3年目、2009年から自ら希望して経験した経済産業省への出向は、自分にとって非常に大きな意味を持つものだったと思います。JICAはやはり“実施機関”ですから、職員自ら手を動かして、具体的に事業を進めていくことが仕事ですが、官僚の方たちはさまざまな議論を重ねながら、大臣等も巻き込んで枠組みを作り出し、大きな政策を動かしていく。こうした仕事の仕方もあるのかということは、私にとって非常に刺激的でした。またJICAにおいては、基本的に、制度等の中で事業を適切に実施していくことを考えますが、官僚の方たちは、制度等によって重要な政策課題の解決が実現できないのであれば、制度そのものを変えることも発想する。政府と実施機関という立場の違いはありますが、JICA職員としてもっと自由に考え、行動できるのではないかと感じました。その一方で、JICAを外から眺めることで、個別事業を責任を持ってやり遂げるJICAの仕事の意義を再発見することができました。
研修制度を使ってベンチャー企業の現場へ
この経産省への出向の後、2011年からペルーに駐在することになりましたが、ここでの経験も、国際協力に携わる者としては忘れがたいものとなりました。当時ペルーでは、リマ首都圏における地下鉄を始めとする大規模な都市交通整備事業の計画や実施が進められていましたが、交通需要の調査を立ち上げて実施してみると、需要があるにもかかわらず、ペルー政府が計画している5本の都市交通路線ではカバーできないエリアがあることが明らかになってきました。この調査結果を持って運輸通信省の副大臣と協議を重ねた結果、それまで5路線だった都市交通計画の中に、調査で提案した6号線を新たに組み込むという大統領令が発出されたのです。これはもちろん、これまでのJICAが積み重ねてきた歴史や多くの関係者の協力があって実現できたのですが、自身が主導した調査・計画に基づいて相手国の制度につなげていく……そうした仕事を手掛けることができたことは、私の職業人生において一つのハイライトになったと思います。
また、“実務経験型専門研修”制度を活用して、2019年から1年間、民間のファンド運営会社で研修を行いましたが、これは冒頭でお話ししたキャリアの軸のうちの、“アプローチ”への興味に根差したものと言えます。この会社は、クラウドファンディングの仕組みを使って個人投資家から出資を募り、社会的意義のある事業を行っているベンチャーや中小企業に投資するという、インパクト投資のプラットフォームを運営しています。JICAにおいても、昨今は民間連携が主流化し、海外投融資は国際協力における最も重要なツールの一つとなっていますが、こうした傾向がさらに加速していけば、個人の資金が途上国の開発へと流れていくことも十分にありうるのではないか……そう考えたことが、この会社が手掛ける事業の現場を経験してみたいと考えた理由です。もちろん、ここでの仕事全て、私にとっては学ぶものが非常に多かったのですが、何と言っても驚いたのは意思決定のスピードの早さ。この会社自体もベンチャー企業ですが、重要なテーマを社長と直接話してどんどん進めていく。2000人近くの職員を擁し、公的機関でもあるJICAと直接比較するのは難しいところもありますが、こうしたスピード感を持った経営のあり方には大いに刺激を受けました。逆に、相手国から信頼を得ながら、開発インパクトの発現に向けて事業を行っているJICAという公的な組織の貴重な立場を、改めて認識することができました。
現在は、パナマ事務所長として事務所全体を統括する立場にありますが、これまでの経験の中で蓄積したもの全てを活かして、現場における“日本の国際協力の顔”として、しっかりと仕事をしていかなければならないと考えています。事務所長という立場は、言わば“最後の砦”のようなところがあり、現地スタッフを含め全ての所員が私の判断を注視しています。パナマ政府要人との協議から事務所のマネジメントまで、非常に責任は大きく日々ヒリヒリするような緊張感を味わっていますが、そうした中でも、日本国民や政府から期待されている役割にしっかりと応え、パナマにおける事業を実施していきたいと考えています。今、パナマでは“パナマ首都圏都市交通3号線整備事業”という大規模な円借款案件が動いており、国全体としては、新型コロナ対策や経済再活性化、環境保全や格差是正も大きな課題です。それらにしっかりと向き合いながら、日本の国際協力を体現する存在となることが、現在の私のテーマです。