05 Interview

新しい価値を生み出す創造的な事業に挑み、
JICAに自己変革をもたらす若い力のために。

井倉義伸

Yoshinobu IKURA
人事部長

2003年の独立行政法人化、2008年のJBICとの一部業務の統合等に代表されるように、JICAはさまざまな大きな変革を経て、現在の姿に至っている。今、激しい変化の中にある世界において、新たな価値を伴う国際協力を実現していくためには、JICA自身もまた、自己変革を遂げ続ける必要があるだろう。ここでは、JICAの変化・進化を現場の中でつぶさに見てきた人事部長、井倉義伸に、変化する時代の中でJICAに求められるもの、そして、それを牽引していく人材について、話を聞いた。

部長は1986年に入構され、パプア・ニューギニアやマレーシアでの駐在も含めさまざまなお仕事を経験してこられたわけですが、そうした中でもとりわけ印象深く記憶されているもの、そして、それらが部長の中に遺したもの等について、先ずお話をお聞きしたいと思います。

ご紹介いただいた通り、私は1986年に現在のJICAの前身の一つである国際協力事業団に入ったわけですが、以降2003年の独立行政法人化、2008年のJBICとの統合といった大きな変革を経て、JICAの組織体制や業務内容は劇的に変化しました。そのことに改めて大きな感慨を覚えます。
   これまで担当してきた仕事は、どれも私自身にとっては重要な意味を持つものですが、国際協力の仕事に臨むうえでの姿勢や思考方法を確立する出発点になったという意味で、二部署目、鉱工業開発調査部(当時)時代に、インドネシアの輸出振興政策策定に携わったことは特に大きな体験だったと思います。
   これは、インドネシアに対する技術協力事業の一つだったのですが、国家開発計画全体の中で輸出促進策がどういう意味を持つのか、インドネシアが外貨を獲得していくためにはどういった産業を育成し、その実現に向けてどういう手を打って行かなければならないのかといったことを、コンサルタントの方たちと共にリサーチを行い、インドネシア政府への政策提言としてまとめていくわけです。この時は、パブリックマネジメントのマスターを持っている先輩職員が指導担当として付いてくれましたが、この方の思考方法、着眼点、関係者との接し方等には随分影響を受けました。ロジカルシンキングの方法論、インドネシアの開発の歴史の中で、今自分が手掛けている仕事はどういう意味を持つのかといった、国家開発全体を俯瞰的に捉える姿勢……。輸出振興策という“課題を見る視点”に加え、国際協力に携わる者にとって極めて重要な、“国を見る視点”とでも言うべきものを養ううえで、このプロジェクトから得たものは私にとって、非常に大きな位置を占めるものだったと言えます。

   また、1992年から駐在したパプア・ニューギニアで担当した、首都・ポートモレスビーに高校を建設するというプロジェクトも、鮮烈に記憶しているものの一つです。これはもともと、ODAで高校の校舎を建設する事業としてスタートしたのですが、現地は非常に治安が悪く、物価も家賃も高い。こうした環境で校舎だけ建てても、肝心の先生はなかなか集まってくれず、結果的に我々の協力も無駄になってしまう可能性が高い。そこで私は、学校の近くに教員住宅も併せて建設する必要があるということを、日本の外務省に対して訴えたのです。現地の実情を踏まえ、パプア・ニューギニアの教育水準を底上げするというプロジェクトの理念を本当に実現しようとするのであれば、安全で安価な教員住宅と校舎をセットで用意することは必須であると……。粘り強い交渉の甲斐あって私の主張は認められましたが、一旦決定しているODAの目的、ファイナンスの規模を変更するということは、当時としては非常に珍しいことだったのです。先例に囚われず、現地の実情に即して何が本当に必要なのかを考えること……JICAが事業を推進するうえで最も大切にしていることの一つに“現場主義”がありますが、私にとってこの事業は、現場主義の重要性をリアルに体得することができた経験だったと言えるでしょう。その後、2011年の東日本大震災の際、その高校の生徒たちが中心となり、約350万円の義援金を被災地に贈ってくれたことを知ったときは、本当にうれしかった。

冒頭、時代の流れの中でJICAの組織や事業内容も劇的に変化したというお話がありましたが、そうした変革によってJICAの社会・世界の中での存在感、担うべき役割といったものはどのように変わってきたのかということ、そして、そうした変化を受けてJICA職員に求められるものはどのように変わってきているかということを、次にお聞きしたいと思います。

私が若手職員だった1980年代後半から90年代にかけてのJICAの最大のテーマは、端的に言えば、当時世界第2位の経済大国となった責任を国際協力の分野でも果たしていくこと、即ち、ODAの量的拡大だったわけです。実際、1991年から2000年まで日本のODAは世界最大だったわけですが、肝心の協力の中身、質の部分への拘りが十分ではなかったというのが正直なところではないでしょうか。流れが変わってきたのはやはり、JICAが独立行政法人化する2003年前後。このあたりから、我々自身が確かな価値を生み出す仕事をしなければならないという問題意識が強まり、国を見る視点や課題を見る視点をしっかりと持ったうえで仕事に取り組まなければならないという、自己変革の機運が高まっていったのです。そうして導入されたのが、現在まで続く「課題部」「地域部」を軸にした組織体制でした。またこの独立行政法人化のタイミングで、先頃亡くなられた緒方貞子さんが民間から初の理事長に就任されたことも非常に大きかった。本当に必要とされているところにしっかりと協力していかなければならないという考え方の基に、平和構築などに本格的に取り組むようになったのも緒方理事長就任以降のことですし、現在も新人教育の要の一つである海外OJT(入構1〜2年目に新入職員全員が開発途上国に短期間赴任する制度)も、緒方さんの現場主義の思想を反映する形で導入されたのです。

井倉義伸の画像

2008年にJBICの金融業務の一部が統合されたことで、いよいよJICAは包括的機能を備えた開発協力機関としての体制を整え、業務の幅も飛躍的に拡大するわけですが、近年においてますます重要になってきているのはやはり、他のアクターといかに連携していくかということでしょう。JICAだけでできることには限りがありますから、民間企業や大学、NGOといったさまざまな機関と連携することで、集合的な、より大きなインパクトを追求していく。ただ自分たちの予算でプロジェクトを独立的に推進していくだけでなく、多様なアクターを巻き込み、彼らの力を引き出すことで、より大きな価値を生み出すことを追求していく。そうした“触媒”としての役割をJICAが担うようになってきていることが、最も大きな変化と言えるのではないか思います。
   従ってJICA職員は、かつての開発中心の業務の中で求められた、決められた業務を間違いなくやり遂げる、いわゆる“能吏”的な職能を超えて、さまざまなアクターとの連携を推進していくファシリテーター的な力であったり、そうした連携の中からより大きなインパクト、価値を生み出していくプロデューサー的な能力が求められるようになっていることは間違いないでしょう。また、中小企業の海外進出支援や途上国人材の受入サポートといった事業も拡大していますが、職員のマインドセットとしても、開発途上国の国創り、すなわち開発途上国の人々の豊かな未来を築くことを使命としつつ、ODAを通じて日本を支え、強くするという観点も併せ持つことが非常に重要になっている。先にお話ししたように、JICA自身が自己変革を重ねながら時代の変化に対応してきたという歴史を持っていますから、職員もまた、社会・世界の状況を柔軟に捉えて、新しい試みに挑んでいけるような姿勢を持つことが必要ではないかと思っています。

なるほど。さまざまなお話をうかがってきましたが、最後に、JICAを志望する学生の皆さんを含めた、若い人材に期待するものについてお話しいただければと思います。

若干迂遠なところから話を始めるようですが、昭和の時代というのは敗戦から立ち上がって経済大国を目指すという過程で、多くの人が、豊かになるのだという時代のエートスを共有していたように思います。社会システムにしても勤労価値観にしても、経済大国化を実現したこの昭和モデルが長らく日本のベースになっていたわけですが、それが完全にメルトダウンしたのが平成の30年だったのではないでしょうか。現代の日本というのはそうした意味で、国民共通の目標といったものがなかなか見つけにくい時代になっているように思います。
   そうした状況の中で若い方に期待するものは、やや抽象的な言い方になりますが、新しい価値を自ら創造し、それに積極的にコミットすることで、社会にインパクトをもたらしていくことに対する熱意、意欲を持って欲しいということでしょうか。従来型の仕事を間違いなくこなしていくだけでなく、開発途上国にとっても日本にとっても、何が本当に求められているのかということを柔軟な発想で考え、臆せず新しいことにチャレンジしていく。そうした、自ら課題を発見し、新たな価値を創造していくような仕事をしていくことが、今、とても大切になっているように思います。

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また最近では、社会課題の解決をチャリティではなくビジネスとしてやっていこうとしている起業家の方たちも増えていますし、SDGsを重要な事業テーマと位置づけている企業も数多く存在します。そうした、ソーシャルなテーマに仕事を通じて取り組んで行きたいという意欲を持っている方にとっても、社会課題が最も顕在化している開発途上国を主要なフィールドとして、ダイナミックにインパクトのある事業を推進しているJICAは間違いなく、最も魅力的な機会を提供できる存在であるはずです。
   さまざまな変革を経てJICAが現在の姿に至っていることは先にお話ししましたが、この激しい時代の変化の中で自己変革を怠れば、我々はいずれ存在意義を無くしてしまうでしょう。JICAにヴァージョンアップをもたらす新しい発想を携えた、自己変革のトリガーとなる若い力に、一人でも多くJICAの門を叩いていただきたいと私は願っています。

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