01 Interview

現代が直面する複合的な危機を乗り越えて、
未来との“つながり”を築いていく、
これからのJICAの事業に求められるもの。

田中明彦Akihiko TANAKA

理事長

新型コロナウィルス感染症のパンデミック、そして、ロシアによるウクライナ侵略と、現代の世界は、かつてない困難な状況に直面していると言えるだろう。SDGs達成のための貢献を果たし、「信頼で世界をつなぐ」ために、この複合的危機の中で今、JICAとその職員に求められるのは、どのようなものなのか?理事長・田中明彦に話を聞いた。

世界的な課題が重層的に重なり合う時代の中で

今回、約6年半ぶりの再任ということになりますが、2012年に最初にJICA理事長に就任された頃と比較すると、外部環境は大きく変化しているように思います。先ず、理事長が現在の世界状況をどのように捉えておられるかといったあたりから、お話をうかがわせていただければと思います。

   10年前も世界的な課題という意味ではそれほどたやすい環境ではありませんでしたが、積極的な希望を持てる事象もいくつも生まれていました。極度の貧困人口は減少を続け、MDGs(ミレニアム開発目標〈2000年〉〜Millennium Development Goals : MDGs)がターゲットとしていた2015年には、1990年から半減させるという目標達成も視野に入っていた。このMDGsの成果を踏まえて、より野心的な目標を目指すべく策定されたのがSDGsであり、また気候変動に関しても、画期的なパリ協定が2015年に合意されました。このあたりまでは、国際協調の明らかな成果が、さまざまなところで現れていたのではないでしょうか。

   対して現在は、世界的な課題が重層的に重なり合っている時代と言えると思います。2020年あたりからの2〜3年というのは、1世紀に1度あるかないかの、歴史的な変動期に他ならないでしょう。気候変動問題にしても、10年前の段階では、科学者がさまざまなシミュレーションを行って、こういうことを続けていると将来はこうなってしまうといった、やや抽象的な議論にとどまっていたところがありましたが、今や、災害の頻発、台風の激甚化、世界各地で起こる山火事、旱魃と、人々の暮らしに直接関わる具体的な問題として、切実感を伴って認識されるようになってきています。国際政治に目を向けても、米国と中国の対立はいよいよ激しくなってきている。そうした中で、スペインインフルエンザ以来となる新型コロナウィルス感染症のパンデミックが起こった。そして2022年の2月には、ロシアがウクライナを侵略するという事態に至っています。SDGsが策定されたのは2015年ですが、こうした複合的な危機の中で、SDGsが掲げるさまざまな目標・ターゲットの実現が困難になりつつあるということが、世界的に懸念されている状況がある。JICAのような組織は、こうしたさまざまな困難を乗り越えて、持続可能な開発をいかに実現できるかという、非常に難しいテーマに向き合っていかなければならないわけです。

   翻って日本の状況に目を向けてみると、少子高齢化は着実に進展し、これから10年〜20年のうちには、人口も相当程度減少していくことになる。そうした中で日本社会の活力を維持していくためには、外国人材に頼らなければならないというのは明らかですし、特に地方においては、既に外国人材無しには経済が成り立たないという現実がある。こうした状況を踏まえれば、外国人労働者の権利を守り、責任ある受入れができなければ、日本に来てくれる外国人はいなくなってしまうでしょう。外国人材との本当の意味での共生社会を築いていくことは、現在の日本にとって極めて重要な課題であり、JICAは世界の課題に向き合うと同時に、こうした日本国内の課題解決にも貢献していかなければならないということが言えると思います。

現在の危機は、民主主義を強靱化していくうえでの
重要な機会

先に米中対立、ロシアによるウクライナ侵略に関しても話題に上りましたが、2022年に発表されたJICAの新しい中期計画には、「自由で開かれたインド太平洋の実現」が重点的なテーマとして盛り込まれ、また平和の土台・普遍的価値を再構築し、次の時代の新しい国際秩序作りへの貢献を目指して、2023年6月には、開発協力大綱も改定されました。またJICAにおいては、多様なアクターとの協働・共創を進めながら、開発課題へのインパクトを最大化し、SDGsへ貢献していくことをテーマとして、20の課題別事業戦略「JICAグローバル・アジェンダ」も示されています。これらも踏まえて、理事長がお考えになる、現在のJICAにとって重要なテーマとはどのようなものかということについて、次にお聞きしたいと思います。

   私は、新型コロナウィルス感染症とウクライナ侵略は、民主主義体制を強靱化するうえでの、困難ではあるが重要な機会を提供したのだと捉えています。現代が直面しているような複合的危機に対処していくためには、多くの人々が参加できる意思決定の仕組みが必要であると思いますし、とりわけ気候変動問題などは、誰か一人がやればいいというテーマではなく、多くの人々の意識変革、行動変容が必要になってくる。従って、衆知を集めて議論を重ね、間違えた場合には修正し、反省して、正しい方向に進んで行けるかという、民主主義の力が問われているのが、現在の状況なのではないでしょうか。

   日本のODAは、第二次大戦後、敗戦国となった日本が、国際社会の名誉ある一員へと復帰することを目指して始まったものだったわけです。先ず賠償を支払い、戦時下において損害を与えた国々の開発にも関与していくことによって、世界の中での日本と日本人の評価を高めていく──そこには、日本人だけで、この世界の中でやっていくことはできないという切実な自己認識があったわけですが、それは現代においても全く変わりません。これだけの複合的な危機の中で、世界の中には脆弱な立場に置かれている人々がいて、困難な状況に苦しんでいるという現実があるにもかかわらず、日本だけがうまくやっていくということができるでしょうか? 日本が経済大国として存在し得るのは、グローバルな相互依存の網の目の中にあるからであって、近隣諸国や今後日本がつながりを持っていく国が混乱の中にあるということは、日本人自身の生活が脅かされるということに他ならないのです。

   ですから、日本のODA、開発協力が、時代の中で形態として変化してきているのはもちろんですが、根幹にある精神は変わらないと私は思います。今回の開発協力大綱の改定にせよ、「グローバル・アジェンダ」にせよ、その目指すところの最も重要な点はやはり、この困難な時代における世界の多くの国々、とりわけ脆弱な地域の人々の「人間の安全保障」をどうやって確保し、SDGsのさまざまな目標を達成していけるかということでしょう。JICAのミッションとしてはそれに加えて、先ほどお話しした外国人材の受入や、国内中小企業の海外展開支援等によって日本と世界をつなぎ、共生社会、共創社会を活力ある形で創り上げていくということも極めて重要です。JICAが手掛ける事業も時代の変化の中で多様化してきていますが、技術協力にせよ円借款にせよ海外投融資にせよ、その究極の目的というのは、人と人とのつながりを通じて、日本と世界をつなぐことだと私は思います。「信頼で世界をつなぐ」というのが我々JICAのビジョンですが、人の努力によって築かれた“つながり”を、信頼感によって固めていく。これを叶えるためにこそ、JICAはさまざまな事業を展開していると言えるのではないでしょうか。

課題と課題、現在と未来の“つながり”を
想起しながら仕事に取り組むこと

“つなぐ/つながり”というのは、まさに共創という言葉に象徴されるように、創造的な事業創出を目指す姿勢としてもとても大切であるように思いますし、これからの働き方を考えるうえでも、重要なキーワードなのではないかと感じました。これまでのお話も踏まえて、この困難な時代において世界の課題に対峙していくJICA職員に求められるもの、そして、若い世代に期待されるものについて、最後にお話を聞かせていただければと思います。

   創造的な事業創出という意味では、JICAのような大きな組織にとって最も注意しなければならないのは“硬直化”でしょう。組織の縦割り構造が硬直化して、この課題、テーマについては、この部署でしかやらないというようなことになってしまうと、課題解決のために必要なものを全て動員するといった取り組みはできなくなってしまいます。

   SDGsというのは、17も目標があって、ターゲットは169もあるわけですが、それぞれ皆別々に存在しているわけではなくて、一つの目標達成のためには、あちらもこちらも、複数のテーマに同時に取り組まなければならないというところがあります。従って、課題と課題を“つなぐ”視点、或いは、課題の背景にある新たな“つながり”を発見していくような姿勢を持っていないと、創造的な事業を生み出すことはできないでしょう。もちろん、コロナ禍の中で弱まってしまった人と人とのつながり、国と国とのつながりを回復させ、さらに強めていくことで、世界に「Japan is back(日本が帰って来た)」という姿をJICAが先陣を切って見せていくことは、これからの活動の中でとても大切になってきます。また、現在の私たちと将来のパートナーとの関係、今、ここにいる私たちと将来の日本、世界との“つながり”を常に考えながら事業に取り組む姿勢を持つことも極めて重要です。それこそが“持続可能性”ということであり、我々は将来の世代のために、今と未来の“つながり”を考えながら仕事をしていかなければならないのです。

   JICA職員に求めるものという意味では、世界のことと日本のこと、その両方を“自分ごと”として捉える発想、姿勢を持ってほしいということになるでしょうか。そしてこれは、JICAを志望されている学生の皆さん含め、若い方に期待するものとしても同様です。世界と日本、その間にいる自分とのつながりを発見していくような心の持ち方をできること、また、世界の現場にいる中でも、日本のことも常に考えている。もちろんその逆もあるわけです。そうした視点を持つ人ができる限り大勢いるという状態が、JICAにとって望ましいということは間違いありません。

   現代は“ライフロング・ラーニング”の時代とも言われます。創造的な人生を歩んでいきたいと考えられる方にとっては、やはり学び続けることが大切です。現在の自分を将来の自分につなげて行くプロセスが“学び”であると思いますが、人生を通じて学び続けていきたいという意欲を持った方にとって、JICAというのは実にさまざまなことが学べる、極めてチャレンジングな組織であると思います。そうした意思、意欲を持った方にとって、JICAの仕事は、最も充実した、“面白い”ものであることを、私はここでお約束します。

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