Frontline

未来のJICA、その形

Feature 01[JICA Innovation Quest]

より良い国際協力を
実現していくための、
イノベーション・プラットフォーム
を生み出す。

2019年11月に開催された、第1回ジャイクエ、キャンププログラムの模様。

“JICA Innovation Quest”は、
JICA初の新規事業アイデア公募から生まれた、
若手有志発案の事業。
この試み自体がJICAにとっては新たなチャレンジと言えるが、
“JICA Innovation Quest”は、国際協力のこれからを真摯に模索する、
JICAの現在の姿を象徴する事業でもある。
ジャイクエから生まれようとしている“未来”を、
担当職員と参加者への取材からレポートしてみよう。

イノベーションを生み出す仕組みを構想する

JICA Innovation Quest、略して“ジャイクエ”は、2018年度に第1回目が実施された、JICA内部の新規事業アイデア公募から誕生した事業。発案したのは、当時入構3年目だった若手有志5名である。ジャイクエは、広く一般から参加者を募り、オープンイノベーション(※注1)のスタイルで、世界が直面する課題に対する解を見出すことを目指すもので、JICAにとっても全く新しい事業創出の仕組みであると言えるだろう。「共創から生まれる新しい国際協力」……これはジャイクエに冠されたコンセプトフレーズだが、高度化・複雑化する社会課題に対処していくためには、官民問わずさまざまな分野で活躍する人々の力を結集する必要があるのではないか? そして、これまで国際協力に関わりを持ってこなかった人々も含め、多様な人材が出会い、共に考える場を創ることで、新しい国際協力、課題解決のアイデアを生み出していきたい……こうした、若手職員の真摯な問題意識から生まれたのが、この“新規事業”、ジャイクエなのだ。

「これまでのJICAにおけるイノベーティブな取り組みというのは、元々能力のある人が新しいものが求められたタイミングでそのポジションにいたとか、期せずしてある人とある人が出会ったとか、さまざまな偶然が積み重なった結果生まれたものだったように思います。逆に言えば、組織として意識的に、イノベーションを生み出そうとする仕組みは無かったのではないかと。立ち上げメンバーの中にも色々な思いがあり、力点の置き方もさまざまなのですが、私自身がジャイクエを企画する過程で考えていたのは、オープンイノベーションのための仕組み、場を作りたいということ。イノベーションというのは偶然から生まれるものかもしれませんが、他者と出会い、そうした偶然を意識的に起こす場所、プラットフォームをJICAという組織の中に作っていきたい、ということでした」

アフリカ部計画・TICAD推進課 兼 企画部イノベーション・SDGs推進室/山江海邦。

アフリカ部計画・TICAD推進課 兼 企画部イノベーション・SDGs推進室/山江海邦。

このように語るのは、ジャイクエ企画メンバーの一人、山江海邦。山江は2016年にJICAに入構し、人間開発部保健第一グループに配属以降、保健医療分野を軸にしたキャリアを重ねながら、同期と共にジャイクエを発案。現在は、アフリカ部計画・TICAD推進課と兼務する形で、ジャイクエ運営の中核スタッフとして活躍している。

「ジャイクエの始まりは、入構3年目の研修で同期が久々に集まって、JICAの現状に関する問題意識を交換し合ったことでした。ちょうど同時期に機構内の新規事業アイデア公募の話が出てきて、同期の中の一人が全員に、これに応募しよう、というメールを出したんですね。それに手を挙げ集まったのが我々5人だった。その時に私が手を挙げた理由は、普段の業務が、1を10にするような仕事が中心であった、ということ。一つひとつの事業を動かす中で、制度を改善したり工夫を加えたりすることはできていましたが、0から1を作ることはできていないのではないか?シンプルに同期と0から事業を作るのは面白そうだというのもありましたが、在外事務所勤務になる前にその経験を積むことで、よりよい事業を作る、国際協力のプロとして自身の成長機会にもなるのではないか、と考えていました。そうした思いも共有しながら、5人で新しいJICAを作るためにやりたいこと、できていないことなどを議論し、アイデアを考え始めたのが、ジャイクエのスタートでした」
※注1:一般的に言われるオープンイノベーションとは、自社だけでなく他社や大学、地方自治体といった、異業種・異分野が持つ技術や知見を組み合わせることで、革新的な製品開発、研究成果等を得ることを目指すイノベーションの方法論を意味する。

「共創」のプロセスが参加者にもたらしたもの

2020年2月に開催された、第1回ジャイクエ、ファイナル・プレゼンテーションの模様。

2020年2月に開催された、第1回ジャイクエ、ファイナル・プレゼンテーションの模様。

ジャイクエの第1回目は2019年11月から2020年2月にかけて実施され、80名以上の応募者の中から選抜された20名が参加。JICA内からの参加者10名と共にSDGsゴール2(飢餓・食・栄養・持続可能な農業等)をテーマに、チームごとに指定された対象国(スリランカ、ブータン、ペルー、マダガスカル、タジキスタン)が直面する課題に対するソリューションを検討していった。ジャイクエは、チームビルディングとアイデアを創出するための手法を学ぶPhase1=キャンププログラム、チームメンバーがミーティングを重ね、さまざまな調査や有識者からの助言を得ながらアイデアをブラッシュアップしていくPhase2=ブラッシュアップ・ターム、Phase1、Phase2を通じて練り上げられたソリューション/事業プランを、JICA内外の有識者、オーディエンスに対してプレゼンテーションし、フィードバックを得るPhase3=ファイナル・プレゼンテーションの3つのフェイズによって構成され、その過程では、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の協力、ファシリテーションのもとに、システム×デザイン思考を活かしたアイデア創出手法を学ぶなど、革新的なアイデアの醸成が行われるよう促していくといった仕掛けも盛り込まれている。

2020年11月からスタートした第二回は、コロナ禍のもとでPhase1をオンラインで実施するなど手探りの状態で動き始めた段階だが(取材は2020年12月)、JICA現地事務所との密接な連携のもとに、より現地の課題に即したソリューションを導き出すことを目指すといったヴァージョンアップも加えられている。困難な環境の中でいかに創造的な成果にたどり着くことができるか、山江をはじめとするジャイクエスタッフは、試行錯誤を重ねながら新たなモデルを確立するための努力を続けている。

ここで少し視点を変えて、ジャイクエ参加者の声にも耳を傾けてみたい。取材に協力していただいたのは、積水化学工業(株)に勤務する小原瑠夏さん。第1回ジャイクエに参加し、タジキスタン・チームのメンバーとして、ファイナル・プレゼンテーションでは見事最優秀賞を獲得している。ジャイクエは、小原さんの中にどのようなものを遺したのだろうか?

「本当にすごくいい経験をさせてもらったと思っています。他の会社、機関の方たちと一緒に“共創”する、その楽しさ、ワクワク感、可能性といったものを存分に体感できて、こんなに影響があるものかと思うくらい自分自身が変わりました。仕事の方でも、新規事業に関する社内公募に応募して、新設される部署に異動が決まったのですが、そういうアクションを起こすきっかけになったのも間違いなくジャイクエです。これまで、自分の人生と仕事は別々のものと考えていたところがありましたが、ジャイクエを通じてそれが一直線につながったようなところがあって、仕事に対する捉え方もガラリと変わりました。本当にジャイクエおそるべしです(笑)。 私も学生時代は国際政治学科に籍を置いていて、社会問題や国際協力にも関心を持っていたのですが、社会に出るとどうしても、そうしたものから遠ざかってしまうようなところがあります。ジャイクエは、私のような人たちにかつて抱いていた思いを呼び覚まして、再び世界の課題と向き合うきっかけを与えてくれるものだと思います。ジャイクエのような試みがもっともっと発展していくことで、会社勤めをしたり地方に暮らしていたりしても、世界の課題と自然につながっているというような人がどんどん増えていくといいのではないかと考えています」

山江は、JICAにイノベーションをもたらす装置としてジャイクエを構想したと言うが、それは同時に、参加者個々人にとっても、変化・革新のきっかけを提供するものであったようだ。

第1回ジャイクエにタジキスタン・チームのメンバーとして参加された、積水化学工業(株)小原瑠夏さん。

第1回ジャイクエにタジキスタン・チームのメンバーとして参加された、積水化学工業(株)小原瑠夏さん。

2020年11月、コロナ禍のもとオンラインに移行して開催された第2回ジャイクエ、キャンププログラムでファシリテーションを務めるJICAスタッフ。

2020年11月、コロナ禍のもとオンラインに移行して開催された第2回ジャイクエ、キャンププログラムでファシリテーションを務めるJICAスタッフ。

社会、人々にとっての国際協力のハブとなる

山江海邦

「intrepreneur(イントレプレナー:社内起業家 ※注2)としての経験を積めているということが、自分にとってはとても大きな意味を持つものだと思っています。JICAという組織の中でもこういう働き方ができるというモデルを示すことができたと思いますし、それを若手同期というフラットな関係の中でやり切ることができたということは、JICAという組織、とりわけ若手に対して刺激を与えることができているのではないでしょうか。実際、2年目の新規事業アイデア公募でも、若手が提案したアイデアが採択されていましたから。
ジャイクエをやったことでの自分の中の変化という意味では、“プレイヤーとしての自分”ということにあまりこだわらなくなった、ということがあるように思います。入構1〜2年目の頃は、保健医療分野の専門性を高め、特にアフリカ地域で事業を手掛ける人材になりたいと考えていました。今もその思いは変わりませんが、それに加えて自分がプレイヤーとして直接関わらなくても、組織を動かす、組織を変えることで、より良い国際協力を実現していくことはできるのではないか?……JICAは本当に優れたリソースを豊富に持っている組織ですし、開発途上国に対する真摯な思いを持った職員も沢山いますから、そうした組織自体をより良いものに変えていくことが、より良い国際協力を実現していくことにつながるのではないか、というようなことを今は考えるようになりました。

国際協力を志した頃から私がずっと考えているのは、“the vulnerable and the marginalized(脆弱で社会の周縁に押しやられているような人々)に届く国際協力”を行っていきたいということです。これまでの国際協力ではフォローしきれていなかったような人々にも届く事業を生み出す、イノベーションのプラットフォームを創りたいという思いで、私はジャイクエに取り組んでいますが、こうした試みがJICAに刺激を与え、またJICAが国際協力のハブとして社会や人々に刺激を与え、もっと大きなインパクトを世界に生み出していく存在になっていけば素晴らしいのではないか、と考えています」

「共創」を起点とした、イノベーションのプラットフォームとして構想されたジャイクエ……それは、参加者、JICAという組織に対しても革新をもたらし、国際協力の未来を拓く、“可能性のハブ”としての役割をも担いつつあるのかもしれない。

※注2:entrepreneur(アントレプレナー:起業家)に基づく造語で、特に自社内で新たな事業を生み出すことを目指す人材を指す。

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