Frontline

未来のJICA、その形

Feature 02[新型コロナウイルス感染症危機に対する取り組み]

パンデミックの先に
より強固な世界の連帯を築く、
“多国間協調のツール”としての
国際協力の担い手として。

ガーナ、野口記念医学研究所で行われているPCR検査の模様。写真で検査を行っているクリストファー・ザーブイェン・アバナ氏も、JICA東京で行われた研修に参加した一人である。

グローバリズムの間隙を突くように世界を席巻した
新型コロナウイルスのパンデミックは、
“地球規模課題”の当事者は
まさに人類全てであることを、
改めて我々に気づかせてくれるものだったと言えるのではないか。
“誰一人取り残さない”ための国際協力をたゆみなく続けてきたJICAは、
パンデミック進行の中でどのような活動を行ってきたのかを、
ここでレポートしてみたい。

“誰の健康も取り残さない”という命題

2019年12月、中国湖北省武漢市において最初の症例が確認された新型コロナウイルス感染症は、またたく間に世界をパンデミックの渦に巻き込み、近代文明がかつて経験したことのない深刻な災厄を人類にもたらした。人材、物資、資金、情報が国境を超えて絶え間なく行き交う、高度にグローバル化された世界の中で起こったこの目に見えないウイルスによる危機は、グローバリズムに潜むリスク、脆弱性を露わにすると同時に、多国間協調主義の重要性を再認識させるものであったことは間違いない。2020年9月25日に行われた第75回国連総会における菅総理(当時)の一般討論演説は、そのことを世界に向けて強く訴えかけるものだったと言えるだろう。この演説において総理は、コロナ禍を克服するためには多国間協調に基づく世界の連帯が何よりも重要であり、日本・JICAが従来から国際協力の基本理念としてきた「人間の安全保障(※注1)」と「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(※注2)」に基づき、“誰の健康も取り残さない”ことを目指す幅広い分野における健康安全保障施策への協力を行っていくことを表明。加えて、打撃を受けた経済への対策として、2年間で最大5000億円規模の緊急支援円借款を実施することも明言された。コロナ禍からの“より良い復興”に向けて、日本が主導的役割を果たしていく決意を持っていることを世界に向けて宣言した形だが、国際協力の前線においてそれを形にしていくのは、他ならぬJICAなのだ。

東南アジア・大洋州部東南アジア第四課 兼 人間開発部新型コロナウイルス感染症対策協力推進室/鈴木夢大。

東南アジア・大洋州部東南アジア第四課 兼 人間開発部新型コロナウイルス感染症対策協力推進室/鈴木夢大。

「JICAは、感染症対策のみならず、保健医療を含めたあらゆる分野において、開発途上国に対する継続的な協力を行っていますから、世界保健機関(WHO)により新型コロナウイルス感染症が「国際的な懸念に関する公衆衛生緊急事態」と宣言された2020年1月末あたりから、各国のJICA事務所を通じてさまざまな支援の要請が寄せられるようになりました。例えばベトナムでは、以前から感染症対策の技術協力を実施していましたが、1月末の段階でPCR検査に必要な試薬を提供してもらえないかという要請があり、緊急支援という形で供与しています。ベトナムはその後、新型コロナ対策の成功例として世界的にも注目を集めましたが、試薬の提供という物資を通じた協力だけでなく、感染症対策全般に関する技術協力等によるJICAの長年の協力が大きな力を発揮したことは言うまでもありません。
しかし、影響が広範囲に及ぶことが明らかになってくると、通常の事業の枠組みで捉えているだけでは、JICAとしてもできることに限りがあるのが見えてきました。例えば民間企業や研究者、大学といったさまざまな日本のリソースを横断的に結集して、よりマルチ・セクトラルなアプローチを行っていくことが、新型コロナに関する協力においては重要なのではないか、という問題意識のもとに編成されたのが、今我々が籍を置いている人間開発部新型コロナウイルス感染症対策協力推進室になります」

このように、パンデミック進行以降のJICAの動きを整理してくれたのは、東南アジア・大洋州部東南アジア第四課と兼務する形で、先の新型コロナウイルス感染症対策協力推進室に所属する鈴木夢大。新型コロナ対策への協力も、これまでJICAが継続してきた包括的な協力の土台の上に成り立っていることがわかるだろう。もう一人、今回の取材に協力してくれたのは、これも資金協力業務部実施監理第二課との兼務で、同室に籍を置く西村恵美子。西村にはまず、菅総理(当時)も述べている“誰の健康も取り残さない”ための、JICAの取り組みの全体像を整理してもらおう。

「新型コロナウイルス感染症に対するJICAの協力は、大きく“診断・治療体制の強化”“研究・早期警戒体制の強化”“予防の強化”という3本の柱を軸にして進められていますが、開発途上国では検査・診断・治療のための人材や施設、機材等が著しく不足しているところも多く、当面の危機を乗り越えるための緊急的な対策に加え、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジの実現に向けた中長期的な対策の両面から、さまざまな施策を実施しています。まず“診断・治療体制の強化”に関しては、途上国全体の医療を底上げする中核病院を強化していくという観点から、世界各地での中核的な病院の新増設・拡充を目指す取り組みを進めていますし、“研究・早期警戒体制の強化”に関しては、ガーナの野口記念医学研究所に代表されるような、地域の研究・検査のセンター機能を担いうる、優れた技術・人材を備えた拠点の整備も目指しています。また“予防の強化”については、手洗いのための衛生的な水、保健の裾野を支える都市計画や栄養、教育の向上といったさまざまな要因が関与してきますから、組織横断的に人材が集まっている当室が主導する形で、まさにマルチ・セクトラルな対策に取り組んでいるところです」
※注1:一般的に言われる“安全保障”が国家に軸足を置いたものであるのに対し、一人ひとりの“人間”、個々人にとっての、自由、安全、権利の保障等を目指す概念。JICA理事長も務めた故・緒方貞子氏らのイニシアチブによって、世界的に浸透していった。(参考:国際連合HP)
※注2:Universal Health Coverage〜全ての人が、支払い可能な経済的負担によって、質の伴った適切な医療サービスを享受できる状態。JICAが手掛ける保健医療分野の協力において中核を成す思想である。
オンライン会議
毎年インドネシアで開催されている母子健康手帳の国際研修、2020年はコロナ禍もあってオンライン上で開催されたが、例年よりも多い、9ヵ国、計36名が参加。コロナがもたらした“発想の転換”の一つの果実と言えるだろう。

継続的な取り組みと新たな発想

資金協力業務部実施監理第二課 兼 人間開発部新型コロナウイルス感染症対策協力推進室/西村恵美子。

資金協力業務部実施監理第二課 兼 人間開発部新型コロナウイルス感染症対策協力推進室/西村恵美子。

JICAが長い時間をかけて継続的に取り組んできたユニバーサル・ヘルス・カバレッジの実現を目指す協力と、目前に迫った危機を乗り越えるセクター横断的な対策……コロナ禍克服を目指す“誰の健康も取り残さない”施策を実行していくうえでは、この双方が等しく重要であることは鈴木、西村の話からも良くわかるが、ここで、それぞれにおいて特徴的なJICAの取り組みについて、再び二人から紹介してもらおう。

「先にも触れたガーナの野口記念医学研究所は、感染症に関するさまざまな研究・検査等を行うことを目的に、日本の協力によって1979年に設立され、2019年にはここに新設される形で、最新鋭の設備を備えた先端感染症研究センターがオープンしました。野口記念医学研究所に対するJICAの協力は、単に資金、資機材の提供だけにとどまらず、技術協力や共同研究もおこなわれています。また、ガーナにおける新型コロナ対策の陣頭指揮を執るウィリアム・アンポフォ博士をはじめ、日本で研修を受けた多くの人材が第一線で活躍しており、新型コロナ蔓延の初期段階においては同国内のPCR検査の最大約8割を実施するなど、まさにガーナおよび西アフリカにおける新型コロナ対策の中核的なセンターとして、大きな役割を担っています。この他にも、日本・JICAが長期間にわたって協力を続けているケニア中央医学研究所、ナイジェリア疾病予防センター、ベトナム・国立衛生疫学研究所、ミャンマー・国立衛生研究所といった先端的技術を備えた研究・検査機関が、各国・各地域における新型コロナ対策において主導的役割を果たしていることは、日本の皆さんにも広くお伝えしたいことですね」(西村)

「先の西村の話にも病院の新増設・拡充というテーマがありましたが、新たに病院を建設する、拡張するというのはやはり非常に時間がかかるわけです。そこで今、我々が検討しているのが、ある医療機能がパッケージ化された“医療コンテナ”を用意して、緊急性が高い地域に提供していこうという計画。この医療コンテナは、まさにコンテナの中にニーズに応じてベッドや検査設備、ICU(集中治療室)の機能等を装備するというもので、病院敷地内の空スペースに設置して医療機能を拡張するといった使い方ができる。また、この医療コンテナとDX(デジタル・トランスフォーメーション)を組み合わせることで、例えば、途上国のICU(医療コンテナで対応)と日本の医師をつないだ、ドクター・トゥ・ドクターのオンライン支援といったことができないか、ということも検討しています。高度医療を提供するICUのような設備があったとしても、それを使いこなせる人材がいなければ意味はありませんから、医療コンテナとDXの併用というのは、特にコロナ禍によって移動が制限されている現在の状況においては、大きな力を発揮するのではないかと考えています」(鈴木)

ポストコロナ環境の、世界の連帯のために

鈴木夢大と西村恵美子

新型コロナウイルス感染症はまさに、人類にとって未曾有の災厄であり、こうした危機に対応していくことは、今、世界にとって最も優先される課題だろう。しかし、我が国においてもテレワークをはじめとするワークスタイル革新が急速に浸透しつつあるように、コロナ禍がもたらした発想の転換、新たなアプローチの模索は、ポストコロナの環境においても重要な意味を持つものになっていくのではないか? 先の鈴木の話の中でも、DXを活用した遠隔医療サポートを推進していくプランが紹介されていたが、例えば、これまで人数を絞って途上国から日本に研修員を派遣して行っていた研修事業等も、オンライン化することでより多くの途上国人材に提供していくことができるのではないか、といった展望も西村と鈴木は語ってくれた。

また、JICAがこれまでたゆみなく続けてきたユニバーサル・ヘルス・カバレッジの実現を目指す協力が、今回のコロナ禍において大きな力を発揮していることはここまで述べてきた通りだが、未来に再び起こりうる危機に備え、より強靱な社会を築いていくためにも、JICAの活動はますます重要なものになってきていることは間違いないだろう。アントニオ・グテーレス国連事務総長は、第75回国連総会における演説の中で次のように述べている……
「誰もが安全でない限り、誰も安全でないことは、周知の事実なのです」
……新型コロナのパンデミックは、“誰一人取り残さない”ために世界が協力し、連帯することの大切さを、私たちに再確認させてくれるものだったとも言えるだろう。

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