Frontline

未来のJICA、その形

Feature 03[地方創生/地域活性化事業]

開発途上国の現場で
培われた課題解決能力を、
日本のために活かす・・・・・・
そして、日本各地と世界をつなぐ
新たな交流を生み出す。

棚田が連なる丘から望む、横瀬町の眺望。右手奥に見える山は、横瀬町の象徴、武甲山。

JICAは日本国内に15の拠点を配置しており、
それらはかねてから、国内における“JICAの顔”として
重要な役割を担ってきた。
しかし、近年JICAが注力している“地方創生/地域活性化事業”は、
従来とはまた位相の異なる
“もう一つの事業ドメイン”とも呼ぶべきものへと進化しつつある。
地方自治体に出向し、
“地域が抱える課題”の前線に立つ職員への取材を軸に、
JICAが取り組む“地方創生/地域活性化事業”のあり方をレポートしてみよう。

地方自治体への出向…その現場へ

池袋駅から西武秩父線特急に乗車ししばらくすると、列車は次第に山間部にさしかかり、都心の雑踏が線路の後方に消え去る。秩父山系の麓をたどりながら、およそ70分で到着するおだやかで暖かな佇まいを持った町、それが、埼玉県秩父郡横瀬町である。今回紹介するJICA職員は、この横瀬町役場に出向し、まさに役場の一員として、地方行政の先端を担っている。読者の皆さんの多くは、国際協力を基本業務とするJICA職員が何故? と思われるのではないだろうか。そして、その“?”こそが、本稿のテーマなのだ。

「横瀬町役場には2019年8月に着任しましたが、その直前までトルコ、アンカラに駐在していました。大学では建築を専攻したこともあり、JICA入構以降は防災を軸にさまざまな仕事に携わってきましたが、トルコ駐在中に漠然とですが、今までとは全く違う仕事をやってみたいと考えるようになりました。また、トルコでいろいろな場所を訪ねながら仕事をするうちに、大都市と地方の格差について考えるようになったり、各地域がはぐくんできた文化、人の面白さ等に感銘を受け、日本に帰るのであれば、東京以外の場所で仕事をしたいという思いが強まっていったのです。そうした時に地方自治体出向というポストがあることを知って、自ら手を挙げたというのが、横瀬に来ることになった経緯ですね。日本の中で、JICAとは異なる全く別の組織に身を置き、全く別の仕事をするのは面白そうだなと」

このように快活に語り始めるのは、現在横瀬町役場まち経営課に籍を置く勝間田幸太。2012年にJICAに入構し、本人の話の通り、防災分野や国際緊急援助隊関連の業務経験を経て、2016年から3年間はトルコに駐在している。勝間田は、開発途上国の現場で仕事に携わるなかで、日本の地域が抱える課題に関心を持つようになったと言うが、こうした視点・姿勢はそのまま、何故JICAが、地方創生/地域活性化を“もう一つの事業ドメイン”として重視しているのか、その理由にもつながっていくもののように思われる。

JICAから出向し、横瀬町役場まち経営課に勤務する勝間田幸太

JICAから出向し、横瀬町役場まち経営課に勤務する勝間田幸太。

「横瀬町が抱える課題のうち最大のものは、やはり人口減少でしょう。現在町の人口は約8100人ですが、このまま放っておけば2040年には5000人、2060年には2600人くらいまで減ってしまうと予測されています。こうした流れを食い止め町を活性化していくためには、人や経済の循環を生み出す施策を打っていく必要がありますが、横瀬町がユニークなのは、外部の力をうまく利用してそれを実現しようとしているところ。“よこらぼ”という取り組みが象徴的なのですが、これは、企業や団体、個人といった広く一般からアイデアを募って、新規事業や実証実験等のフィールドとして横瀬町を活用してもらおうというもので、2016年のスタート以降既に80件以上のプロジェクトが実際に動いていますし、メディアでもしばしば取りあげられています。そうした意味では、JICAから人を受け入れるというのも、外部の力を活かしてという流れの中にあるものだと考えることもできるでしょう。横瀬町に着任して以降の私の最大の仕事は、2027年度までを射程に入れた町の戦略、ビジョンを示す『第6次横瀬町総合振興計画』をまとめ上げることでしたが、町長、副町長と密にコミュニケーションを図り、また、町民や、さまざまな関係部署、関係者との調整を重ねて、2020年3月にようやく町議会で承認を得ることができました。現在は、そこで掲げられたさまざまな目標を実行に移していくステージに入っているところですね」

JICAの課題解決能力を日本のために

国内事業部市民参加推進課 課長/日浅美和。

国内事業部市民参加推進課 課長/日浅美和。

開発途上国が抱える多種多様な課題を解決するために、政府関係者や住民等ステークホルダーとの対話を重ね、中長期的な開発ビジョンをともに描き、必要な協力・事業を形にしていく……開発途上国においてJICAが相手国政府とともに事業を形成するプロセスを簡略化して整理すればこのようになるが、勝間田の話を聞いていて気づかされるのは、協力の対象が日本の地域と開発途上国という違いはあるにせよ、そこで求められるJICA職員のパフォーマンス、仕事の方法論等は、重なる部分が多いのではないかということだ。途上国における“国創り”と“地方創生/地域活性化”の類似性、親和性……途上国と日本の地域の課題にはどのような共通点があるのかといったポイントについて、次に、国内事業部市民参加推進課で課長を務める日浅美和に聞いた。JICAで国内連携や地域活性化、地方創生を取りまとめるのも、この国内事業部である。

「JICAの仕事の根幹は、対象国の課題を分析して処方箋を書き、具体的な協力メニューを形にすること。その国が抱える課題の解決を手伝っていくことが我々の仕事の最も本質的な部分なのではないかと思います。ですからJICA職員には、課題分析から解決に向けた検討、方法に関する経験の蓄積はあると考えます。私は新聞記者として地域の課題の取材に約7年間携わり、転職後にJICAで内戦終結後のネパールやスリランカで復興支援に携わりました。地域での取材経験やネパールでの駐在時代を改めて振り返ると、人口流出や過疎化といった日本の地域が抱える課題は、途上国が直面する課題と共通する部分が多いと感じます。今、JICAから地方自治体に出向する職員は8人いますが、取り組んでいるのはまさに、現場や事業を通じて蓄積されたノウハウ、経験を活かし、地方自治体の課題解決を支援すること。これからのJICAのあり方を考える時、“ODAの国内還元”という視点は非常に重要で、JICAが蓄えてきた知見経験を、日本国内の課題解決、地域活性化のために役立てるというのは、“ODAの国内還元”の一つの形なのではないかと思います。

横瀬町役場庁舎。

横瀬町役場庁舎。

仕事中の風景

また、多様な課題を解決するために幅広いリソースのサポートが必要であるという観点からも、地方自治体等の関係者と連携を深めていくことは重要です。ネパール駐在時代、大阪・堺市から派遣されている上水道専門家と一緒に仕事をしましたが、彼の仕事ぶりは現地で非常に高く評価され、上水道関係の政府高官から現場レベルまで大きな信頼が寄せられていました。日本の地方行政の現場で日々住民サービスの向上に取り組んでいる方たちが途上国の現場で活躍する事例は多くあります。このように、JICAが開発途上国で事業を実施していくために、自治体等様々な地域のアクターの方に参加いただき、より良い国際協力を作っていく……それは、相手国にメリットをもたらすだけではなく、日本の技術・知見の再発見・再評価にもつながり、海外との新たな関係構築等に発展していくことも期待できるでしょう。実際、ネパールの上水道専門家は、帰国後も途上国からの研修員受け入れ先としても活躍していただいており、ネパールの支援を継続し途上国に関わる上水道専門家のネットワークの支援もされています。団体やアクターが持つノウハウや知見を活かし国際協力に関わり、かつ地元地域の活性化や多文化共生、国際理解促進にも貢献する事例が増えています」

JICAが国際協力を通じて培ってきたノウハウ、知見、ネットワークを活かして、日本のために何ができるのかを考えること……地方創生/地域活性化事業は、JICAの事業領域が新たなフェイズに入って来ていることを示す、一つのモデルと言えるのかもしれない。

日本の地域と世界を結ぶ起点となること

「国際協力の仕事というのは、開発途上国に入って行ってその国の状況を把握し、政府関係者や市民に至るさまざまな方たちと対話を重ねながら、本当にそこで求められる事業を一緒に作り上げていくということですが、横瀬町に来てみてつくづく感じるのは、もちろん相対する人は違うにしても、やっていることの本質はそれほど違わないな、ということ。さまざまな人に会って話を聞き、情報収集して、自分には、JICAには何ができるのかを考えながら、課題解決につながる道筋を描いていく。JICAの職員というのは、若いうちから一人の担当としてかなり規模の大きい仕事を任せてもらえて、相手国のハイレベルな立場にある方々とも対峙するなかで、手探りで事業をつくっていくという経験を積んでいますから、こうした現場に来たとしても、必ず活躍できる力を持っていると私は思います。
今、コロナ禍の中で働き方、暮らし方に関する価値観も変わりつつあり、都市部とは違う各地域の価値が見直されているところがあるのではないかと思います。それぞれの地域には日々直面する地域の課題に真摯に向き合っている方がたくさんいますし、そうした方たちとのネットワークを築いていくことは、JICAのこれからの事業にとっても非常に大きな資産になるはずです。そうした意味で、私のように出向という形で、町の一員となって仕事をすることの意義はとても大きいのではないでしょうか? 各地域が抱える実情を肌感覚として理解している人間がJICAの中にいることで、それぞれの地域特有の力・有能な人材を、国際協力の現場にしっかりとつなげていく力になることができる。そして、そこから生まれる途上国との関係が、地域を活性化し新たな交流を生み出す起点になっていけば素晴らしいのではないかと思います」

勝間田は、コロナ禍で休校となった横瀬町の小中学生のために、トルコ、マラウィ、ネパール、東チモール、モンゴルのJICA事務所と横瀬町コミュティスペースをオンラインでつなぎ、子ども達と現地の人々が対話するコミュニケーションイベントを企画したこともあるという。人口8100人の町に暮らす子どもたちにとってその体験は、世界に開かれた窓のように思えたのではないだろうか。JICAが取り組む地方創生/地域活性化事業、それは、“ODAの国内還元”という戦略的テーマを起点としながら、さまざまな日本の地域と途上国、世界を結ぶ、新しい関係、交流の環(わ)を生み出すものでもあるように思われる。

勝間田幸太

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