Frontline

未来のJICA、その形

Feature 05[中小企業・SDGsビジネス支援事業]

民間企業のイニシアチブを
サポートするという
新しい発想によって、
持続性とインパクトを持った
開発効果を生み出す。

防災科学技術研究所で実施された、“耐震塗料”を塗布したブロック塀の耐震強度実験の模様。

民間企業をはじめとする多様なアクターとの共創によって、
新しい開発協力を生み出していくことは、
現在のJICAにとって、最も重要なテーマの一つである。
そこで求められる新しい発想、そして、
JICA自身の自己革新……そうしたものの
インキュベーターともなっている事業を、ここで紹介してみよう。

民間連携事業の柱の一つとして

民間連携は、既にJICAにおけるメインストリームの地位を占めていると言っていいだろう。民間企業による開発途上国への直接投資は、2005〜06年あたりでほぼ日本のODAに拮抗し、現在では、遙かに凌ぐ規模にまで拡大している。また、SDGsがゴール17において「パートナーシップで目標を達成しよう」というテーマを掲げているように、民間企業を含む多様なアクターとのパートナーシップ、“共創”によって、新しい国際協力を生み出して行くことは、そこで求められる資金の規模の面からも、また、創出すべき開発インパクトという観点からも、時代的な必然、グローバルなコンセンサスであると言っても過言ではない。ここで紹介する「中小企業・SDGsビジネス支援事業」は、現在JICAが展開する民間連携事業の柱の一つであり、日本企業の海外ビジネス展開を支援することによって、途上国への貢献のみならず、地方創生や地域経済の活性化にも資することが期待される、多面的な意義を備えた事業でもあるのだ。

「私が所属しているのは、“民関連携事業部企業連携グループ”になりますが、JICAにおける民間連携事業の全体像を大まかにご説明すると、もう一つ“海外投融資グループ”というのがあって、そこが推進する“海外投融資”と我々が担当している“中小企業・SDGsビジネス支援事業”、この二つが、現在のJICAにおける民間連携の基本的な柱になります。そして、この二つの違いはどこにあるのかというと、支援しているビジネスのステージが違うと理解してもらえばいいのではないでしょうか。海外投融資では、JICAから融資や出資といった形で資金が注入されることによって、ビジネスをスケールアップしていくことを目指している。つまり、将来一定のキャッシュフローが得られることが期待できる、ある程度“確かな”事業が対象になるわけです。対して我々が取り組む“中小企業・SDGsビジネス支援事業”は、より初期の段階……技術や製品は持っているけれども、それをどう途上国のマーケットに展開していったらいいのかわからない、そのための調査や実証事業を行いたい、といった企業さんが対象になるという形です」

民間連携事業部 企業連携第一課/桑原知広

民間連携事業部 企業連携第一課/桑原知広。

民間連携事業部 企業連携第二課/照屋江美

民間連携事業部 企業連携第二課/照屋江美。

このように説明してくれるのは、企業連携第一課に所属する桑原知広。桑原は農学部の修士課程を修了後、2009年にJICAに入構し、南スーダンにおける農業マスタープラン策定や、日本に向けた留学生派遣プログラムの立ち上げ等にも携わったというバックグラウンドを持っている。もう一人、今回話を聞かせてもらったのは、企業連携第二課に所属する照屋江美。照屋は、社会学部卒業後、1996年にJICAに入構。保健医療や教育、福祉に関するさまざまな事業に携わった後、2016年から4年間、モンゴルにおいて「ウランバートル市における障がい者の社会参加促進プロジェクト」の専門家として活動するという経験を経て、現部署に異動している。照屋の補足説明を聞いてみよう。

「民間連携と言うと、JICAと民間企業が協働して事業を展開するというイメージがあるかもしれませんが、我々が携わっている“中小企業・SDGsビジネス支援事業”は、あくまで主体は企業の側にある。そこが大きな特徴だと思います。JICAが従来から手掛けてきた技術協力や円借款といった事業は、Government to Governmentという構図が基本ですから、そこにはもちろん民間企業にも参加していただくことも多いのですが、それはJICAや相手国政府から“発注”されるという形になるわけです。対して我々が今取り組んでいるのは、民間企業のイニシアチブをJICAが側面支援するという事業ですから、ここにはかなり本質的な発想の転換があると言ってもいいのではないかと思います」

技術・製品を開発課題につなげていく現場

桑原と照屋の説明からもわかる通り、“中小企業・SDGsビジネス支援事業”は、日本が有する技術・製品・ノウハウ等を自国の課題解決に活用したいと考える途上国と、途上国への進出を検討する民間企業双方にとっての、Win-Winな関係に基づく事業の実現を目指すものだ。これは、企業からのビジネスプランの応募、JICAにおける審査を経て実施に向けて動き始めることになるが、事業の形態としては、「現地の基本的な情報を収集するための“基礎調査”」「技術・製品・ノウハウ等を活用する可能性を検討し、ビジネスモデルの案を策定していく“案件化調査”」「技術・製品の実証や普及活動、ビジネスモデルの検証を通じて、事業計画案を策定していく“普及・実証・ビジネス化事業”」の三つによって構成されている。この取り組みがスタートして以降現在までの12年間に、1300以上の案件が上記三つのいずれかの仕組みを活用して途上国への展開をスタートさせており、そのうち約70%が、現在においても事業を継続している。この数字だけからも、“中小企業・SDGsビジネス支援事業”が、途上国でのビジネス展開を検討している企業にとって、可能性に満ちたステップボードとなっていることがわかるだろう。
ここで少し、具体的な事例について紹介してみたいと思う。桑原、照屋それぞれが担当する案件について、彼ら自身に解説してもらおう。

「東京大学発のベンチャーで“Aster”さんという会社があるのですが、ここは“耐震塗料”という非常に画期的な技術・製品を持っています。東京大学で開発された、樹脂と繊維を混ぜ合わせて柔らかいのに高強度な材料を作り出す技術を活かして、建物改修技術者として建築会社で働いておられた現CEO、インド工科大学で構造解析学を学び、東大に留学していたインド人技術者、そして、東大の地震研究者の3名が集まって立ち上げたのがこの会社ですが、Asterさんが開発した耐震塗料を、ブロックや石、レンガを積み上げた“組積造”構造の建築物の表面に塗布すると、非常に強い耐震性を持つようになる。この技術・製品自体は、第34回日本自然災害学会優秀賞も受賞しており、防災の専門家等の間では非常に評価が高いものです。
地震において人が亡くなるのは、建物の倒壊によって、建物の中で亡くなるケースが多いのですが、地震に対して脆弱な“組積造”による建物は、やはり圧倒的に開発途上国に多い。自社技術を社会課題の解決につなげたいと考えるAsterさんは、この塗料の事業展開を、開発途上国、とりわけフィリピンやインドネシア等で行えないかと考えたわけですが、そこで直面したのがベンチャーであるが故の知名度の壁です。フィリピンの公共施設や学校をこの塗料を使って耐震化できないかと独自に動いてみたけれども、なかなか行政や政府機関からは相手にされない。そこで、JICAに相談してみようという流れになったという形ですね(フィリピン国耐震塗料による構造物耐震強靭化にかかる案件化調査)。

耐震強度実験で、ブロック塀に耐震塗料を塗布する様子

耐震強度実験で、ブロック塀に耐震塗料を塗布する様子。

渡辺パイプが展開する、寒冷地対応のビニールハウス・システム

渡辺パイプが展開する、寒冷地対応のビニールハウス・システム。

このケースは“案件化調査”の事例ということになりますが、コロナ禍の中で導入された“遠隔型調査”を導入し、つくばにある防災科学技術研究所(防災科研)とフィリピンをオンラインでつないで、現地政府関係者にも実験を見てもらうという試みを、2022年1月に実施しました。実験では、実際にフィリピンで使われているブロックを防災科研に持ち込んで壁を造り、“振動台”の上に載せて地震の状況を再現して、“耐震塗料”が塗布されたものとそうでないもの、その比較を行います。こうした段階を経て、2022年の7月頃には、フィリピンの小学校に実際に塗料を塗布するパイロット的な事業を行うことも予定されている。Asterさんの技術は、途上国の防災に非常に大きな貢献を果たすことができるものだと思いますし、その最初の海外挑戦となるフィリピン・マーケットでの事業立ち上げに伴走できることに、担当者として今、とても興奮しています」(桑原)

「私からは、“渡辺パイプ”さんという、上下水道の給排水管や住宅建材等を製造・販売する企業のチャレンジについてご紹介してみたいと思います。実はこの会社は、農業で使われるビニールハウスにおいて日本トップの実績があり、この分野においても、既にベトナムや台湾では海外展開を行っています。我々の方にいただいた相談というのは、旭川で実現している寒冷地に対応したビニールハウスの技術・システムを使って、モンゴルにおいて事業化を検討できないか、というものでした。
これも“案件化調査”として動き始めたところですが、モンゴルでは、冬場は葉物野菜が栽培できず、中国からの輸入に頼っているという現状もあって、国産野菜の増産、栽培時期の延伸というのは国の政策にも合致するテーマでもあります。渡辺パイプさんは、ICTを活用した、遠隔操作によるビニールハウスの温度・湿度管理技術を持っていますが、それが冬場にはマイナス40度くらいまで気温が下がるモンゴルの過酷な環境の中でも本当に機能するのか、そして、機能するとしたらどういう野菜、品種を作るのがいいのかといったことを、これからモンゴル事務所とも密に連携しながら、調査・検証しようとしているところですね。
渡辺パイプさんとしては、モンゴルでの事業化がうまくいったら、ここを拠点にして、ウズベキスタン、カザフスタンといった周辺の寒冷地域にも事業を拡大していきたいという戦略を描いておられます。JICAのスキームを活用して、こうした企業の意欲的なチャレンジをサポートできるのは、私としてもとてもワクワクしますね」(照屋)

JICA自身に変革をもたらす事業として

二人の話を聞いていると、この事業におけるJICA職員の役割は、企業が持つ技術シーズを途上国の開発課題に的確につなげていく、ある種経営コンサルタント的なものなのではないかと思えてくる。その点について、二人の考えはどうだろうか?

「確かに近い部分はあると思いますが、やはり我々が最も重視しているのは、ビジネス展開の先に、開発インパクト、課題への貢献をどう生み出していけるかということです。そのためにはもちろん、課題にアプローチしていくことができる技術、ビジネスモデル、製品を持った企業のビジネスを、途上国においてしっかりとテイクオフさせていかなければなりません。やはり、パブリックとプライベートで組むからこそ入っていけるマーケットというのがあって、マーケットに入って行くことができなければ、もちろん課題解決など実現できるわけがありません。そうした意味では、我々の最も重要な役割はマーケットを開くことであり、企業にとっての機会を広げることではないかと考えています」(桑原)

桑原知広 照屋江美

「桑原の話の通りで、途上国において仕事をするうえでは、JICAはやはり絶大なネームバリューと信頼を獲得しています。その基盤を企業さんに活用していただいて、途上国への事業展開をスムースに実現していく。これが、“中小企業・SDGsビジネス支援事業”の最大のポイントだろうと思います。また、企業さんからの提案によって、途上国の細かな開発ニーズに対応していけるということも、この事業の画期的なところではないでしょうか。従来型のJICAの協力事業においては、やはりG to Gが基本形ですから、大きなマスタープランに基づいて、トップダウンのような形で民間企業に事業が発注されるわけです。そうしたアプローチももちろん必要なのですが、その仕組みの中では拾えないような細かな開発ニーズ、課題に、企業さんからの提案に基づいて対応していくことができる。そして、企業が途上国にしっかりと事業基盤を確立するということは、開発効果の継続性を担保することにもなるわけです。私は“中小企業・SDGsビジネス支援事業”を担当するようになって、JICAが長年にわたって取り組んできた事業の価値、意義といったものを再確認しています」(照屋)

民間企業のイニシアチブを、JICAがサポートするという従来には無かった姿勢……そして、民間企業の提案をスタートラインとする“共創”によって、大きな開発インパクトを生み出していくという新しい発想。“中小企業・SDGsビジネス支援事業”は、未来に向けてJICAに変革をもたらすための、“実証事業”としての意味も持っているのではないか。

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