Frontline

未来のJICA、その形

Feature 07[ウクライナ支援の現場]

戦禍の先に民主主義の
ウクライナを復興させる……
それを願って、
JICAの支援が動き始める。

2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵略は、
第二次大戦後に築かれた国際秩序を蹂躙するものとして、
世界に衝撃を与えた。
多国間協調主義の担い手として、
“信頼で世界をつなぐ”事業を世界中で展開してきたJICAは、
この危機の中で何ができるのか?
JICAによるウクライナ支援の現場をレポートしてみよう。

ウクライナ支援の前線へ

世界が長い歴史の中で育んできた国際協調の理念、自由と民主主義に基づく安定、調和が、今、我々の眼前で脅かされている。2022年2月24日、ロシア、プーチン大統領による「特別軍事作戦」開始の宣言によって始まったウクライナ侵略は、世界に大きな衝撃を与え、何よりも、戦禍に巻き込まれたウクライナの人々を、恐怖と混沌の淵へと追いやった。侵略開始翌日に行われた記者会見で岸田首相は、「今回のロシア軍によるウクライナへの侵攻は、力による一方的な現状変更の試みであり、ウクライナの主権と領土の一体性を侵害する明白な国際法違反です。国際秩序の根幹を揺るがす行為として断じて許容できず、厳しく非難します」と述べ、日本政府としても、さまざまな形でウクライナへの支援を行っていくことを表明。そしてそれは、この戦争が勃発する遙か以前から、ウクライナにおいて数多くの事業を手掛けてきたJICA自身のミッションでもあるのだ。

砲撃によって破壊された、東部ウクライナ、ドネツクの学校

砲撃によって破壊された、東部ウクライナ、ドネツクの学校

 これまで、ウクライナにおいてJICAが実施してきた事業は多岐にわたる。円借款によるボリスポリ国際空港拡張、ウクライナ政府による国家財政の再建及び金融制度改革を後押しするための財務大臣アドバイザーの派遣、中立・公正な情報を国民に伝えるための公共放送の能力強化、廃棄物管理に関する行政能力の向上etc.……今回の戦争によって中断を余儀なくされた事業も存在するなかで、日本のウクライナ支援のフロントラインにJICAが立つのは必然的なものであると言えるだろう。2022年9月、中東・欧州部内に設置された「ウクライナ支援室」は、日本政府・外務省との緊密な連携のもとに、JICAとして可能な支援・協力をスピード感を持って実現していくための、戦略部門であると言えるだろう。

「今、我々“ウクライナ支援室”で検討・実施している支援には大きく三つの柱があります。一つ目は『ウクライナの国家基盤を支える支援』、二つ目が『地域安定化のための周辺国・ウクライナ避難民への協力』、そして三つ目が『復旧・復興の支援』。いずれも基本的には、技術協力、有償資金協力、無償資金協力といった、従来からのJICAの協力スキームをベースに検討していますが、やはり現在の状況においては、ウクライナや周辺国の人々に、早く、確実に支援を届けることが大切ですから、前例に囚われず、柔軟な発想で取り組んでいかなければならないと考えています。また、全てにおいて重視しているのは、ウクライナにとって本当に必要なことが何かを考え、日本の経験・知見を活かした“顔の見える支援”を実現していくということ。今回のプロセスを経て、ウクライナや周辺国との将来的な関係強化につながっていくような、協力・支援を行っていきたいと考えています。

中東・欧州部 ウクライナ支援室/服部 修

中東・欧州部 ウクライナ支援室/
服部 修

越冬支援としてウクライナに提供された日本の発電機

越冬支援としてウクライナに提供された日本の発電機

 これらのうち既に着手済みのものとしては、一つ目、『国家基盤を支える支援』にあたる、ウクライナ政府に対するおよそ6億ドルの緊急経済復興開発政策借款を、世銀との協調融資という形で実施しています。これは、戦争が始まって以降ウクライナ政府の財政負担も嵩んでおり、毎月相当の赤字が出ていますから、融資によってその赤字を補填し、医療・教育・社会保障・公務員の給与等を含め、政府としての活動に幅広く使ってもらうためのものですね。また、累計70万人くらいの避難民が流れ込んだ近隣国のモルドバでは、医療体制が逼迫するという事態が起こりました。それを支えるために、保健医療ニーズ調査団の派遣や医療機材の提供といった取り組みも行っていますが、これは二つ目『周辺国・避難民への協力』に該当するものになります。そして今、緊急的に取り組んでいるのが越冬支援とも呼ぶべきもので、ウクライナ及びウクライナ国民が冬の寒さを乗り切るための発電機供与等を、三つ目の『復旧・復興の支援』の一環として取り組んでいます。」

 このように説明するのは、ウクライナ支援室で副室長を務める服部修。服部は、戦争勃発前から西バルカン、ウクライナの総括業務を担当しており、それ以前には、アフガニスタンの復興支援、パレスチナ難民支援にも携わるなど、平和構築に関する豊富な経験を有している。もう一人、今回話を聞いたのは、同じくウクライナ支援室に籍を置く、2021年入構の西原遼将。地方創生や、日本の地域と世界をつなぐ仕事を手掛けてみたいと考えJICAに入構したというが、奇しくも本取材(2022年12月)の直前まで、海外OJTで先に話題に上ったモルドバ、トルコに派遣されており、周辺国と避難民の状況をリアルに体感するという、貴重な経験を持ち帰っていた。

「先ほど、70万人くらいのウクライナ避難民がモルドバに入っているという話がありましたが、多くはモルドバを経由して他のヨーロッパの国に移動したり、またウクライナに戻る方もおり、モルドバ国内に留まっているのは今、だいたい8万人ぐらいだろうと言われています。それでも、モルドバは全人口が約260万人の国ですから、負担としては非常に大きい。にもかかわらず、モルドバの人々は、当たり前のことのように状況を受け入れていて、そこに、私は新鮮な驚きを感じました。これが日本であれば、ウクライナ避難民が20人来た、30人来たということがテレビで大きく採り上げられたりしますが、モルドバではまったく普通のこととして受け入れられている。現地の方にお話を聞いても、“困っている人がいたら手を差し伸べるのは当然のこと”と皆さん口をそろえて言われる。言語や文化、生活習慣が近いということもあるとは思いますが、こうした善意の方達を支えていくためにも、避難民を受け入れるホストカントリー、ホストコミュティを支援してことはとても重要なことだと感じました」

中東・欧州部 ウクライナ支援室/西原遼将

中東・欧州部 ウクライナ支援室/
西原遼将

「緊急人道支援・保健医療分野協力ニーズ調査」において、モルドバ国内で活動中のJICA派遣の調査団

「緊急人道支援・保健医療分野協力ニーズ調査」において、モルドバ国内で活動中のJICA派遣の調査団

今できることは何か? 
そして、復興に向けて必要なことは何か?

 先の服部の話にも登場した「日本の経験・知見等を活かした『顔』が見える支援」、これは例えば、東日本大震災からの復興プロセスで蓄積された瓦礫・災害廃棄物処理のノウハウ、JICAがかつてカンボジアで手掛けた地雷処理事業の中で蓄積された地雷・不発弾対策の教訓・グッドプラクティスの経験といった、日本・JICAにとって固有性の高い技術・ノウハウを、今回のウクライナ支援の中で活用していこうというもので、三つ目の柱『復旧・復興の支援』の中で一部取り組みを開始している。また、京都市とキーウ市、横浜市とオデーサ市、大阪市とドニプロ市、福島とチョルノービリ(チェルノブイリ)といった、都市・自治体・研究機関間で形成されている友好関係を基盤として、こうした自治体にも支援の枠組みに加わってもらおうという動きもスタートしている。いずれにせよ、日本との関係強化につながりつつも、現地のニーズに合致した支援をできる限り迅速に届けること……それが、現状においては極めて重要であることは言うまでもないだろう。また一方で、復旧・復興を射程に入れた中長期的な取り組み、調査、準備もおろそかにしてはならない。服部や西原らウクライナ支援室のメンバーは今、この両方のミッションに同時並行的に取り組んでいるのだ。

復興に向けて課題となる地雷処理のために、ウクライナ政府職員に対して日本の技術・経験を伝える研修の模様

復興に向けて課題となる地雷処理のために、ウクライナ政府職員に対して日本の技術・経験を伝える研修の模様

「迅速に対応していくという意味では、以前から動いていた事業の対象範囲を見直すことによって、今回の侵略で生じた事態に対処していくといった対応もとっています。例えば瓦礫処理に関しては、従来から動いていた廃棄物管理事業の枠組みを拡大する形で、日本で瓦礫処理のノウハウを持つ中央省庁、地方自治体や建設会社とウクライナをオンラインでつなぎ、セミナーを行うといった試みも実施しました。また地雷・不発弾対策に関しては、JICAがカンボジアで実施した地雷除去事業の中で東北大学の先生が開発された地雷探知機を供与する予定ですし、今後日本のエッセンスが詰まった協力として、これから形にしていこうとしているところですね。現在は、我々もウクライナ国内には入れない状況ですが、いざ戦争が終結し復興・復旧という段階になれば、従来のJICAの協力において一般的なGovernment to Governmentの形態だけでなく、こうした技術・知見を持った日本企業さんにも現地に入っていただいて、現地で復興の現場を担うウクライナ企業をサポートしていただく、ということも考えています。そして、そうした日本企業さんが将来的にウクライナに投資する、雇用が生まれるということにつながっていけば、それはまさしく、『顔』が見える支援ということになるのではないでしょうか」(服部)

「現在日本にも2,000人以上のウクライナ避難民の方たちがおられますが、この方たちを受け入れているのは自治体なんですね。そうした自治体を中心として、自分たちも何か協力ができないかという申し出をいただくことも多くなっていて、そうした、日本の自治体とウクライナの自治体をつなぐような取り組みに発展させていけないかということも考えています。それは、京都とか横浜のような大きな都市だけでなく、日本の地域には至るところにさまざまなノウハウがありますから、例えばオンラインセミナーにそうした地域・自治体にも参加してもらって、ウクライナとの友好関係を築いていってもらう。また、現在日本に逃れている避難民の方たちが帰国するという段階になれば、やはり自治体とのさまざまな連携が必要になってきます。私はもともと、日本の地方と世界をつなぐ、或いは、日本の中小企業の海外進出を後押しするような事業を手掛けてみたいと考え、JICAを志望したという経緯がありますが、現在担当しているウクライナ支援事業の中にも、それにつながるシーズは沢山あるなと感じています」(西原)

民主主義のウクライナの復興、
そこに築かれるもののために

 JICAは基本的に“開発協力機関”であり、同じ平和構築と言っても、例えばUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)のような“人道援助機関”が手掛ける平和構築とは、そこに向かう姿勢、投入されるスキームは大きく異なっている。人道援助機関が携わる平和構築の最大の目的は、「今、ここで、危機に瀕している命を救うこと」だが、JICAは、その救われた命を支え、コミュニティや国としての発展を促しながら、恒常的な平和を築いていくことをテーマにしていると言えるだろう。この人道援助と開発協力は、援助の現場においてはシームレスにつながっていかなければならないが、今回のウクライナ支援はまさに、人道援助の部分にもかなり踏み込みつつ、その先にあるウクライナの復興/開発協力を展望した取り組みであると言えるだろう。そうした意味でこの事業は、将来のJICAにおける平和構築を考えるうで、一つのモデルとなるものと言えるかも知れない。

「停戦が実現したらすぐに復興フェーズに移れるように、衛星画像を使って被害状況をアセスメントするといった作業にも既に着手していますし、復旧・復興をウクライナ側で支えていく人材の育成、ウクライナ政府が目指すEU統合を後押しするためのガバナンスの強化といったテーマについても、同時並行的に検討を進めているところです。確かに、困難も多くチャレンジングな仕事であることは間違いありませんが、通常は、さまざまな制約の中で、つい“できない理由”を探してしまうようなところがありますが、今は、“できることは何なのか”“できるようにするためにはどうすればいいのか”を常に考えている。そうした意味では、非常にやりがいのある仕事に向き合えていることは間違いありません。

 私はもともと、世界の平和と安定、日本の成長に貢献できるような仕事をしたいと考え、JICAを志望したのですが、入構以降のキャリアとしては、アフガニスタン、パレスチナ、そして今回のウクライナと、平和構築に関連した業務に携わることが多かった。人の生死に近い現場に身を置いてきたからかもしれませんが、やはり自分の志向としては、“人間の安全保障”を追求するような仕事に、これからも携わっていきたいと考えています」(服部)

「“ウクライナ支援室”の仕事は、日本の中で今、自分だけができる仕事なんだということを思うと、誤解をおそれずに言えば、非常に恵まれた環境で仕事をさせてもらっていると思っています。ほかの部門では経験できないようなさまざまなテーマが同時進行していきますし、通常であれば5〜6年かかるところを1年で経験できるような濃密な時間が、ここにはあると思います。是非一つひとつの仕事に誠実に向きあって、自分の糧としてできる限りのものを吸収していきたい、そう考えています。

 すぐに実現できるというわけにはいかないと思いますが、自分のテーマでもあるウクライナの自治体と日本の自治体をつなぐような事業、また、民間企業を巻き込んでいくような事業(民間連携)を実現できないかということを、自分の中では最近考え始めています。ウクライナの復興プロセスに、日本の自治体や民間企業と共に参加する……そうした仕事を作り上げてみたいですね」(西原)

 JICA理事長、田中明彦は、2022年4月の新入構員向け挨拶において、次のように述べている──「そして平和が訪れた時には、国際社会の中でもJICAは先陣を切ってウクライナの復興のために汗を流すことになります。皆さんの活躍で、民主主義のウクライナを復興させていかなければなりません」。
“民主主義のウクライナの復興”……その先に紡がれる人々の喜び、希望、かけがえのない人生。それを思い、願いながら、JICAの職員は今日も、黙々と眼前の業務に取り組んでいる。

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