ウクライナ支援の前線へ
世界が長い歴史の中で育んできた国際協調の理念、自由と民主主義に基づく安定、調和が、今、我々の眼前で脅かされている。2022年2月24日、ロシア、プーチン大統領による「特別軍事作戦」開始の宣言によって始まったウクライナ侵略は、世界に大きな衝撃を与え、何よりも、戦禍に巻き込まれたウクライナの人々を、恐怖と混沌の淵へと追いやった。侵略開始翌日に行われた記者会見で岸田首相は、「今回のロシア軍によるウクライナへの侵攻は、力による一方的な現状変更の試みであり、ウクライナの主権と領土の一体性を侵害する明白な国際法違反です。国際秩序の根幹を揺るがす行為として断じて許容できず、厳しく非難します」と述べ、日本政府としても、さまざまな形でウクライナへの支援を行っていくことを表明。そしてそれは、この戦争が勃発する遙か以前から、ウクライナにおいて数多くの事業を手掛けてきたJICA自身のミッションでもあるのだ。

これまで、ウクライナにおいてJICAが実施してきた事業は多岐にわたる。円借款によるボリスポリ国際空港拡張、ウクライナ政府による国家財政の再建及び金融制度改革を後押しするための財務大臣アドバイザーの派遣、中立・公正な情報を国民に伝えるための公共放送の能力強化、廃棄物管理に関する行政能力の向上etc.……今回の戦争によって中断を余儀なくされた事業も存在するなかで、日本のウクライナ支援のフロントラインにJICAが立つのは必然的なものであると言えるだろう。2022年9月、中東・欧州部内に設置された「ウクライナ支援室」は、日本政府・外務省との緊密な連携のもとに、JICAとして可能な支援・協力をスピード感を持って実現していくための、戦略部門であると言えるだろう。
「今、我々“ウクライナ支援室”で検討・実施している支援には大きく三つの柱があります。一つ目は『ウクライナの国家基盤を支える支援』、二つ目が『地域安定化のための周辺国・ウクライナ避難民への協力』、そして三つ目が『復旧・復興の支援』。いずれも基本的には、技術協力、有償資金協力、無償資金協力といった、従来からのJICAの協力スキームをベースに検討していますが、やはり現在の状況においては、ウクライナや周辺国の人々に、早く、確実に支援を届けることが大切ですから、前例に囚われず、柔軟な発想で取り組んでいかなければならないと考えています。また、全てにおいて重視しているのは、ウクライナにとって本当に必要なことが何かを考え、日本の経験・知見を活かした“顔の見える支援”を実現していくということ。今回のプロセスを経て、ウクライナや周辺国との将来的な関係強化につながっていくような、協力・支援を行っていきたいと考えています。

服部 修
これらのうち既に着手済みのものとしては、一つ目、『国家基盤を支える支援』にあたる、ウクライナ政府に対するおよそ6億ドルの緊急経済復興開発政策借款を、世銀との協調融資という形で実施しています。これは、戦争が始まって以降ウクライナ政府の財政負担も嵩んでおり、毎月相当の赤字が出ていますから、融資によってその赤字を補填し、医療・教育・社会保障・公務員の給与等を含め、政府としての活動に幅広く使ってもらうためのものですね。また、累計70万人くらいの避難民が流れ込んだ近隣国のモルドバでは、医療体制が逼迫するという事態が起こりました。それを支えるために、保健医療ニーズ調査団の派遣や医療機材の提供といった取り組みも行っていますが、これは二つ目『周辺国・避難民への協力』に該当するものになります。そして今、緊急的に取り組んでいるのが越冬支援とも呼ぶべきもので、ウクライナ及びウクライナ国民が冬の寒さを乗り切るための発電機供与等を、三つ目の『復旧・復興の支援』の一環として取り組んでいます。」

このように説明するのは、ウクライナ支援室で副室長を務める服部修。服部は、戦争勃発前から西バルカン、ウクライナの総括業務を担当しており、それ以前には、アフガニスタンの復興支援、パレスチナ難民支援にも携わるなど、平和構築に関する豊富な経験を有している。もう一人、今回話を聞いたのは、同じくウクライナ支援室に籍を置く、2021年入構の西原遼将。地方創生や、日本の地域と世界をつなぐ仕事を手掛けてみたいと考えJICAに入構したというが、奇しくも本取材(2022年12月)の直前まで、海外OJTで先に話題に上ったモルドバ、トルコに派遣されており、周辺国と避難民の状況をリアルに体感するという、貴重な経験を持ち帰っていた。

西原遼将
「先ほど、70万人くらいのウクライナ避難民がモルドバに入っているという話がありましたが、多くはモルドバを経由して他のヨーロッパの国に移動したり、またウクライナに戻る方もおり、モルドバ国内に留まっているのは今、だいたい8万人ぐらいだろうと言われています。それでも、モルドバは全人口が約260万人の国ですから、負担としては非常に大きい。にもかかわらず、モルドバの人々は、当たり前のことのように状況を受け入れていて、そこに、私は新鮮な驚きを感じました。これが日本であれば、ウクライナ避難民が20人来た、30人来たということがテレビで大きく採り上げられたりしますが、モルドバではまったく普通のこととして受け入れられている。現地の方にお話を聞いても、“困っている人がいたら手を差し伸べるのは当然のこと”と皆さん口をそろえて言われる。言語や文化、生活習慣が近いということもあるとは思いますが、こうした善意の方達を支えていくためにも、避難民を受け入れるホストカントリー、ホストコミュティを支援してことはとても重要なことだと感じました」
