JICAの事業全体にジェンダー視点を
“主流化”していく
JICAは、“多様なアクターとの協働・共創を進めながら開発課題へのインパクトを最大化し、SDGs達成に貢献していく”ことを目指して、20の事業戦略、「JICAグローバル・アジェンダ」を策定しているが、そのNo.14が「ジェンダー平等と女性のエンパワメント」。このグローバル・アジェンダにおいては、特に取り組みを強化する課題を“クラスター”と呼んで強調しており、No.14におけるクラスターは「ジェンダースマートビジネス(GSB=Gender Smart Business)の振興」と「ジェンダーに基づく暴力(SGBV=Sexual and Gender Based Violence)の撤廃」である。このうちGSBは、「ジェンダー平等と多様性を重んじる組織文化を醸成し、良質・適正価格・利便性の高い“女性フレンドリー”な製品・サービスが市場から提供されることを促進すること」を意味し、主に経済・ビジネス分野から社会変革を目指す戦略であると考えてもらえばいいだろう。対してSGBVは、夫や親密なパートナーによる暴力、児童婚、人身取引、女性性器切除といった、“人間の安全保障”にダイレクトに関わる深刻な事象を対象としており、その多くが、該当国の文化・社会構造、宗教、因習等に影響される困難な課題である。ガバナンス・平和構築部ジェンダー平等・貧困削減推進室に籍を置く国武匠は「ジェンダーによる偏った権力構造が、最も深刻な形で現れるのがSGBVでしょう」と言う。それでは、ジェンダー平等・貧困削減推進室は今、どのようなテーマに取り組んでいるのだろう?国武の説明を聞いてみよう。
国武 匠
「私の室が担当しているのは、一つは勿論、SGBVの撤廃や女性のエンパワメントを目指す事業を推進していくこと。そしてもう一つが、JICA全体の中でジェンダーへの取り組みを“主流化”していくことです。“主流化”というのは、少しわかりにくいかもしれませんが、ジェンダー平等と女性のエンパワメントというのは分野横断的にさまざまなセクターに関連するテーマで、JICAの各部門がしっかりとジェンダーの視点を持ったうえで事業を進めていく必要があります。例を挙げれば、JICAが長年協力してきているインドのデリーメトロでは、日本で普及している女性専用車両が導入されていて、女性に安全な移動手段を提供していますが、これは、女性の教育や経済活動への参加を促進していると評価されています。また、私は以前、農村開発分野を担当していましたが、タンザニアにおける稲作の技術普及を行う際に、男女の農作業における役割分担や女性の家事労働負担を考慮したうえで事業を行うことで、より効果的に技術移転を実現できた、というような事例もありました。このように、農業なり保健医療なりインフラなり、それぞれの分野においてジェンダー視点に立った取り組みを“主流化”していくための資料の整備、勉強会の実施など、さまざまな活動の提案を行うことが、二つ目に挙げた『主流化』のための重要な業務になります。
今回鼻戸さんは、JICA内の“10%共有ルール(※注)”を活用して、ジェンダー、特にSGBVに関する情報整備やJICA内外に対する啓発活動に携わってもらえることになったので、そこから私たちの室と鼻戸さんと一緒になってジェンダー主流化を進めてきています。また、JICAとして初めてSGBVに本格的に取り組む案件である『ジェンダーに基づく暴力被害者支援における被害者中心アプローチ促進アドバイザー(以下、SGBVアドバイザー)』事業が、鼻戸さんが担当しているパキスタンで立ち上がったところで、ここでもさまざまな共同作業ができるのではないかと考えています」
話の中にもあった通り、国武は2008年の入構以来、主に農業・農村開発を軸にしたキャリアを歩んで来た。アフガニスタン駐在時は、農業・農村開発分野の総括として農業省の計画立案を支援し、国連食糧農業機関(FAO)への出向も経験するなど、この分野のエクスパートと言っても過言ではない知見を蓄えてきているが、「農村の貧困に本質的にアプローチするためにはジェンダー問題への理解が不可欠」との問題意識から、現部署への異動を希望したという。一方の鼻戸は、高校生の頃に高校生国際会議に参加し、そこで示されたネパールにおける女子教育の課題……早婚や家事労働による教育機会の遮断etc.……に衝撃を受けて以来ジェンダー問題に関心を持ち続け、ジェンダー平等な社会の実現に取り組むことを生涯の仕事にするために、JICAで働くことを選んだのだ。
「入構1年目の海外OJTで、私はミャンマーに派遣されたのですが、この時もミャンマー事務所のジェンダー主流化に取り組みたいと考え、ミャンマーにおけるジェンダー課題や、そうした課題に対し必要な取り組みについてセミナーを企画・開催したこともありました。また、前部署、審査部環境社会配慮審査課兼監理課では、女性を含めた脆弱層の住民移転や生計回復支援にも携わりました。これらの過程を通じて、女性に直接裨益する母子保健分野、とりわけ、ジェンダー問題が深刻でありジェンダー主流化、女児や女性のエンパワメントが強く求められているパキスタンを担当してみたいと考えていましたが、2021年の5月に、希望が叶って現部署に異動することができたという形です」(鼻戸)
※注:10%共有ルール……職員が、自身が興味・関心を持つテーマに関して、担当業務にさく10%程度の労力を費やして、所属部門以外の部門の業務に携わることができるJICA内の人事制度。双方の上司の承認を得ることで認められ、目標も設定される。職員の主体性を尊重し、組織内外における自身の専門能力の共有・発信を通じた自律的なキャリア形成を促していくために設置されている制度である。