社会の課題を
ビジネスチャンスと捉えること
今回登場する二人の名刺には、「経済開発部民間セクター開発グループ」と所属部門が記されている。JICAで言うところの“民間セクター開発”とは、民間企業の成長を促していくためにさまざまな協力を行っていくことだが、JICAの協力が基本的に“対政府”のものであることを踏まえれば、JICAが手掛ける民間セクター開発とは、民間企業が自らコントロールできない政策面等の課題を改善するために政府機関・公的部門に働きかけ、民間企業の発展を促す環境・基盤を整備すること、そして、企業成長の基盤にあたる基本的な知識・技術・ノウハウ等の習得や人材育成を支援することと言えるだろう。民間企業の発展は言うまでもなく、自立的な経済成長、雇用創出、国民所得の向上、そして国家財政を支える最も重要なファクターであり、SDGs ゴール8「包摂的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用(ディーセントワーク)を促進する」の達成を目指すうえでも中核的な課題である。そして、この民間セクター開発において昨今大きな注目を集めるテーマの一つが、“スタートアップ”と呼ばれる革新的な技術・アイデア・ビジネスモデルに立脚する新興企業群の成長環境を整備していくこと、即ち、“スタートアップ・エコシステム”の構築と言えるだろう。
“Project NINJA”とは、現在JICAにおいて展開されているスタートアップ・エコシステム構築支援事業の総称であり、ブランドネームでもある。“NINJA”とは“Next Innovation with Japan”の略とのことだが、一語で日本が実施する協力であることを伝え、忍者のように素早く、大胆に、スタートアップ発展の環境を整えていきたいという思いが込められたネーミングであるようにも思われる。
「アフリカの若年層は、国によっては6〜7割が失業していると言われていて、とにかく職がない。仮に、スタートアップ1社がうまく起ち上がることができれば、だいたいそこで5〜6名の雇用が生まれるという試算も示されているため、スタートアップ支援は雇用の増大という意味において、アフリカ各国にとって極めて重要なテーマであると言えます。また、日本のようにあらゆる分野において行き届いたサービスが整っている利便性の高い国と違い、民間部門、公共部門共に、アフリカではさまざまな機能・サービスが足りていない。この“足りていない”ところが即ち社会の課題ですから、この課題を解決していくことをビジネスチャンスと捉えて、多種多様なスタートアップが生まれているのが、現在のアフリカ状況なのです。“Project NINJA”は、こうしたアフリカの現状を捉え、スタートアップが自立的に生まれ、成長するためのエコシステムの発展を通じて、さまざまな社会課題解決に貢献していくことを目指すプロジェクトであると言えます」

このように“Project NINJA”の意義を説明するのは、経済開発部民間セクター開発グループ第二チームに所属する伊月温子。伊月は、2010年に社会人採用でJICAに入構し、南アジア部、フィリピン事務所勤務等を経て、2016年から1年間籍を置いた産業開発・公共政策部(当時)でも、既に民間セクター開発に携わっている。2022年に現部署に異動して“Project NINJA”の担当となったが、伊月の民間セクター開発に関する知見・経験を、スタートアップ・エコシステム支援という現代における最も先端的な領域で活かしながらさらに発展させていく試みが、現在向きあっている業務であると言えるだろう。もう一人、今回話を聞かせてもらったのは、同じく経済開発部民間セクター開発グループ第二チームに籍を置く中小路晴香。中小路も、メーカー勤務を経て2023年にJICAに入構したという経歴を持っており、伊月は中小路にとって、社会人採用者としての“メンター”の役割も担っているのだという。

「大学時代のゼミで、コンゴ民主共和国の教育支援事業等に携わったことがありました。ですから就職に際しては、アフリカの雇用創出につながるような事業を、自身の仕事として手掛けてみたいと考えていたのですが、やはり民間企業に勤めているとアフリカはなかなか遠いな、というのが実感でしたね。今回、JICAに入構してすぐ“ Project NINJA”を担当させてもらうことになったわけですが、これは正に私がやりたかったことで、本当にありがたいなと思っています」
もちろん、“Project NINJA”は伊月と中小路だけで運営されているわけではないが、奇しくも民間企業での経験を備えた二人が、プロジェクトの枢要なポジションを担っているのは偶然ではないだろう。ここでは、二人の視点を軸にしながら、“Project NINJA”のアウトライン、その目指すところを紐解いてみよう。
