個人や家庭にお金を回す

金融サービスへのアクセスが人々に生きる力を与える

正規の金融サービスにアクセスできない人たちは世界に約17億人いるといわれる。
そのなかでも、小規模農家と女性が直面している課題とその解決に向けた取り組みについて掘り下げていく。

イラスト:田中 斉

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貯金用の袋を手にするパキスタンの女性(写真右)とアルバニアの小規模農家(写真左)。世界には、いまだに正規の金融サービスにアクセスできていない人が多くいる。

銀行でお金を引き出す、携帯電話を使って支払う-こうした金融サービスを私たちは当たり前のように使っている。だが一方で、世界では約17億人が正規の金融サービスにアクセスできていない現実がある(注1)。こうした人々には小規模農家、女性、若年層、移民・難民や、零細事業を営む貧困層や低所得層が多く、さまざまな不利益をこうむっている。

たとえば、銀行口座がないため、現金を土の中に埋めて保管したらお札が腐敗して使えなくなったケースもあれば、農業資材の購入や子どもの教育に必要な資金を金融機関から借りられず、高利貸しに頼るしかなく返済に困窮しているケースもある。お金は私たちがこの現代社会で生活していくためになくてはならないものであり、預金、送金、保険、融資など使い勝手のよい金融サービスが提供され、すべての人が安心して使えるようにすることは、貧困層と低所得層の生計の安定と向上において重要であることは言うまでもない。そしてそれは、公正で持続的な経済システムを作っていくうえでの基礎ともなる。

このページでは、小規模農家と女性が抱える問題に焦点をあて、金融サービスへのアクセス改善の重要性について解説しつつ、課題解決に向けた実際の取り組みを紹介していこう。

小規模農家が不安定な暮らしから抜け出すために アルバニア

不安定な生活を送る小規模農家の現状

そもそも農業は作物によって種まきや収穫の時期が決まっているため月々の出費や収入の変動が大きく、自然災害によるダメージはもとより降雨量など天候の変化の影響を受けやすい。とくに耕作面積が小さくもともと低収入の小規模農家にとっては大きな問題だ。こうした小規模農家は農業と生活関連の収支管理がひとくくりになっていることが多く、病気などで大きな出費があると肥料や種子の購入に充てる資金がなくなってしまう。だからこそ、収入がいちばん少ない収穫期前の時期までの生活を何とかやりくりするための預貯金や融資はもちろん、天候被害を受けたり病気になったりしたときのリスク緩和や、対応力強化のための保険といった金融サービスが必要なのだ。

さらに小規模農家は低収入のため出稼ぎや内職をはじめとするさまざまな生計手段を持っていることが多く、出稼ぎなどで得たお金を家族に届ける送金サービスへのニーズも高い。こうした状況を変えていくための取り組みのひとつとして、JICAは、かいはつマネジメント・コンサルティングに委託し、アルバニアの小規模農家を対象としたプロジェクトを進めている。

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農業と生活関連の収支管理が分かれていないため、急な出費による仕事への影響が大きくなる。

農家のニーズに合わせた金融サービスを提供

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【支店職員に研修を実施】FEDinvestの支店職員を対象に、金融教育教材を使って実施した職員研修の様子。

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【小規模農家にニーズをヒアリング】小規模農家(写真右)へのニーズ調査の様子。14の町村の約1,000世帯に対して行われた。

ヨーロッパ地域の中でも最貧国にあたるアルバニアでは農業従事者が多く、そのほとんどが小規模農家だ。かいはつマネジメント・コンサルティングは、同国の農村部に金融サービスを提供している貯蓄信用協会FEDinvest(フェドインベスト)に対して、顧客である小規模農家のニーズに合わせた当座預金といった金融商品や、必要としている情報提供などの非金融サービスの開発と、既存商品の改善、サービス提供地域の拡大を支援している。プロジェクトを通じて最終的には小規模農家の金融サービスの活用を広げ、生計向上につなげることを目指す。「プロジェクトでは顧客の声を第一と考え、FEDinvestの顧客である小規模農家にニーズ調査を行い、そこで得た声から必要な商品やサービスの開発を進めました」と、同社の田中博子さんは話す。その結果、多くの小規模農家から金融サービスへのアクセスと農業技術や市場に関する情報を求める声が挙がった。実際に同国の農村部における金融機関の口座保有率は38パーセント、融資を受ける人の割合は10パーセントにとどまっている。

こうした声から生まれたのが、当座預金や国内送金、公共料金の支払いといった金融サービスだ。FEDinvestでは以前から預金と融資のサービスを提供していたが、利用には支店に直接出向いて申し込みをし、翌日ふたたび窓口まで行き現金を受け取らなければならなかった。最新の銀行システムやIT資機材の導入によって新たに提供可能となったこの当座預金口座は、預金や融資を受けたお金の出し入れの手続きと管理がオンライン上でできるようになり利便性が格段に上がった。

農業技術や市場に関する情報のニーズに対しては、農業ビジネス支援センターの設立を支援した。同センターでは現在、栽培技術、農産品の市場価格、天候情報など農家の助けになる情報をオンラインを中心に提供している。さらに、FEDinvestの各支店の職員が顧客である小規模農家に適切な金融知識を提供することで金融リテラシーを上げることを目的にした職員研修も実施された。この研修では支店スタッフの顧客とのコミュニケーションスキルの向上も目指しており、実践型のプログラムも取り入れながら進められた。

コロナ禍下においても、小規模融資の提供とともに緊急支援として種や肥料といった農業投入材の購入支援を実施。取り組みを通じてFEDinvestは、新たな小規模農家と投入材販売店の顧客を得ることにも成功した。

「金融サービスへのアクセスの改善と、それを活用できる能力の向上は人間らしく生きていくために欠かせないものであり、人権を守ることとも言えます。FEDinvestとともにさらに小規模農家へのサービス提供の拡大に向けて動いていきたいと思っています」と、田中さんはプロジェクトの必要性と今後の抱負を語る。

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スマートフォンで小規模農家の収支管理ができるアプリも開発中だ。

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農産品の市場価値や栽培技術などの情報をオンライン上で提供している。

かいはつマネジメント・コンサルティング プロジェクト総括 田中博子(たなか・ひろこ)さん

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田中博子さん

よりよい金融サービスの提供をこれからも目指していきます。

女性の金融アクセスを阻むさまざまな壁 パキスタン

女性の金融アクセスの現状と課題

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パキスタンの女性たちの多くが手工芸などの家内労働を行っている。

女性は男性に比べて経済活動に参加する機会が少なく、参加している場合も労働法による保護や社会保障のない非正規の雇用が多い。途上国では女性の雇用の95パーセントが非正規だというデータもある。また、正規の金融サービスは将来を見越した貯蓄ができるためリスクの軽減が期待できる重要なツールであるが、金融機関の口座保有率の男女差は大きい。

女性の金融サービスへのアクセスを阻むものとしてまず挙げられるのが、社会規範による行動範囲・時間の制限や家庭内の権力関係だ。また、金融機関側も組織内に女性が少なく、ニーズを拾えていないという課題がある。さらに法制度・規制環境の面では口座開設に世帯主の同意が必要であったり、ID取得のための基準が厳しかったりする。このように女性の金融サービスへのアクセスを阻む障壁はいくつも重なっているのだ。モバイルバンキングの普及が男女間の格差を埋める効果をもたらすと期待されていたが、現状は必ずしもそうとは言えない状況にある。携帯電話の保有自体に男女差があること、コストの問題や女性に携帯電話の所有や利用を認めない風習があること、携帯電話の使い方などのデジタルリテラシーの問題、単独で業者のもとに行って手続きすることに女性自身が抵抗を感じるといった問題があるためだ。ここからは、そうした課題解決に向けたパキスタンでのJICAの取り組みを紹介しよう。

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壁となるさまざまな課題があるため、女性は金融サービスにアクセスしづらい状況にある。

金融教育によって意識が変わった女性たち

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さまざまな取り組みによる自分自身の変化について話す女性たち。

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金融知識について学べる映像も制作。ユーチューブや女性支援団体のサイトに載せるなどして普及活動を進めている。

イスラム教国であるパキスタンには「パルダー」と呼ばれる女性隔離の風習があり、女性の外出が難しい。そうした背景もあり、労働参加率は男性84.5パーセントに対し、女性はわずか25.2パーセントにとどまっている。銀行口座の保有率はどうだろうか。実は全体でも13パーセントと近隣国と比べて低い数字なのだが、女性となると4.8パーセントとさらに下がってしまう。こうした現実は、同国において女性が就労したり、自立したりすることの難しさを象徴している。

そこでJICAは、かいはつマネジメント・コンサルティングに委託してパキスタンの女性家内労働者の生計向上を目指すプロジェクトに取り組んでいる。女性の外出が難しい同国では、手工芸などを行う家内労働が非正規労働のほとんどを占める。こうした背景から女性家内労働者の生計向上を目指すためのひとつの手段として、金融サービスのアクセスや、金融・デジタルリテラシーの向上のための活動を行っている。「女性家内労働者は低所得であるだけでなく、金融サービスを受けるための基本的な知識や、読み書きなどの能力を持っていない状況にあります。そのためプロジェクトでは、家計簿のつけ方や貯蓄の大切さを学ぶ金融教育と、基本的な労働倫理を教えるところから始めました」と、同社の萬宮千代さん。家計簿をつけることで、自分たちのお金の使い方を見直す機会を得た女性たちの意識の変化は大きく、「レシートを確認する習慣がついたため、店側に金額をだまされることがなくなった」「もっと貯蓄して、先生になりたいという娘の夢をかなえてやりたい」といった声が多く聞かれるようになっている。さらに一歩進んで自分で銀行口座を開いたり、デジタルアカウントを使ったりする女性も現れ始めているという。

もうひとつプロジェクトの大きな取り組みとして、フィンテック企業(注2)と協力してスマートフォンのアプリを使ってデジタルで行うグループ預金のサービス開発を進めているところだ。パキスタンの女性たちは慣習として昔から近所の人や親戚といった信頼できる人との間で、日本古来の相互扶助の考えである「頼母子講」と同様のグループ預金を行ってきた。これはグループ内のメンバーが毎月定額を出し合い、集まったお金の全額を一人がもらうことができるというもので、もらえる人はグループ内で順番に代わっていく。ただこの場合、お金を一生懸命にためても金融機関の公式の記録に残らないため、女性たちの信用情報につながらず金融機関から融資を受けられない。グループ預金のアプリ開発はそうした問題に着目したところから始まった。「一家に1台携帯電話を持っているパキスタンではモバイルバンキングの利用が進んでいて、近くのお店がその業者の役割も担っています。預金や送金ができるモバイルバンキングの仕組みを使って、グループ預金をパキスタンでも広がりつつあるスマートフォンで使えるようにデジタル化したら、外出が難しい女性が金融サービスにアクセスしやすくなると考えています」と萬宮さんは語る。

農村部はまだスマートフォンの普及率が低いことや、基本的には男性が携帯電話を管理していて女性はアプリの利用にも許可がいるといった課題は残っているが、女性たちを阻んでいた金融アクセスの壁は確実に減ってきていると言えるだろう。

(注2)ITを活用した金融サービスを行う企業。

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女性たちが記録した家計簿の数々。

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自分で記録した家計簿を披露する女性。

かいはつマネジメント・コンサルティング プロジェクト総括 萬宮千代(まみや・ちよ)さん

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萬宮千代さん

女性たちが変わっていく姿に私も力をもらいました。