Frontline

未来のJICA、その形

Feature 04[事業のDX化を目指す取り組み]

DXによってより創造的、
革新的な事業を実現し、
世界の、人々の、
“well-being”を追求する。

ケニアで実施されている、スマートフォンを使った眼の遠隔診療の現場。

今回の取材対象者の一人は、
「今やDXこそが国際協力の王道」と断言する。
即ち、DX化の追求は時代のトレンドを追うような浮ついたものではなく、
JICAの理念、国際協力のあるべき姿を
現代において実現するうえで必須のテーマなのだと。
JICAが取り組むDXに対する基本的な姿勢、考え方、
そこから生まれている具体的な事業を、ここでレポートしてみよう。

“ゲームのルールが変わった”時代における
“決定的なパズルのピース”となるために

今や、DX(※注1 Digital Transformation/デジタルトランスフォーメーション)というキーワードは、あらゆる組織、個人にとっての共通の目標、テーマを指し示すものとして、すっかり定着した観がある。経済産業省がまとめている「DXレポート」は、その定義を「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と記しているが、DXとは即ち、従来語られてきた業務やプロセス、サービスの“デジタル化”や“IoT”等を遙かに超えて、組織文化、社会、人々の暮らしを、より良い方向に変革していくことを目指すコンセプトであると言えるだろう。世界のおよそ150の国・地域においてさまざま協力事業を展開するJICAにおいても、DXが現在、最も重要なテーマとなっていることは言うまでもない。JICAは2020年6月、ガバナンス・平和構築部内に“STI・DX室”を設立し、事業の中にDXを取り込んでいくこと、そして、DXを起点とした組織変革を急ピッチで進めているが、それは、極めて切迫した危機感と、未来を切り拓くことを目指す強固な意志に基づくものでもある。

「今後JICAのDXが進まなければ、国際社会におけるJICAの存在感の低下、価値喪失は避けられないでしょう。途上国に対して時代にそぐわない協力を行うことになりかねませんし、中長期的にデータの活用、DXを念頭に置いて、継続的な効果検証やインパクトの対外発信、事業効果の最大化を図っていく必要があることは間違いありません」

このように語るのは、2019年にJICAに入構し、現在はSTI・DX室に籍を置く早川裕太。学生時代に学内の研究室でサーバーの管理、Webアプリケーションの開発やデータ分析の実践スキルを磨き、開発経済学の研究において統計分析等にも親しんできた早川は、JICAきっての“DX人材”の一人であると言えるだろう。彼の話を引き継ぎ、10数年にわたってさまざま開発協力の現場に身を置き、世界銀行グループで途上国における民間セクター開発等を手掛ける国際金融公社(IFC)への出向も経験している長野悠志が続ける。

ガバナンス・平和構築部 STI・DX室/早川裕太

ガバナンス・平和構築部 STI・DX室/
早川裕太。

構築部 STI・DX室/長野悠志

ガバナンス・平和構築部 STI・DX室/
長野悠志。

「コロナのパンデミックがあって、時計の針が一気に5年〜10年進んだという印象があります。これまで、“いつか来るはず”だと考えていたデジタルを活用した医療や農業、デジタル行政の構築といったものが、いきなり“すぐにやらなければいけないもの”として眼前に現れた。そうした中で、我々も当然ながらデジタル化する経済社会を前提とした開発協力を行う必要に迫られています。また、近年では開発をめぐる“ゲームのルール”は激変しています。2030年までの開発途上国におけるSDGs達成に必要な年間資金量は約500兆円ですが、JICAは1.5兆円前後、世界の開発協力機関の事業規模を合算してもだいたい30兆円くらいで、もはや開発の主たる担い手とは言えません。ESG投資の市場は約4,000兆円、インパクト投資は80兆円規模と、開発意図を有した民間資金は急拡大し、企業による革新的な技術やサービスが途上国の暮らしを劇的に変えている。開発途上地域のSDGs達成に向けた資金ギャップ200~300兆円を埋め、デジタルによる恩恵を含めたSDGsが指し示す世界を実現するためには、民間主導は不可逆です。JICAのような公的機関は“レバレッジ(=てこ)”の役割を果たしながら民間との共創を進め、民間の持つ豊かな資金や知見・技術を開発に向けていく創造的な国際協力のエコシステムに組み込まれていくべきです。このエコシステムの下では、デジタルの力で多様なプレイヤーが互いに繋がり合い価値が創出されます。私は、ゲームのルールが変わった時代における国際協力において、JICAが“デジタルネイティブ”かつ“共創ネイティブ”に変わり、エコシステムを構築していくうえでの“決定的なパズルのピース”にならなければならないと考えています」

※注1:
英語圏においては、“transformation”の“trans”を、慣用的に“X”と略すことが多いことから、“DX”という略称が定着した。

“共創”から生み出される先進的事業

JICAにおけるDXへの取り組みは、デジタルを活用したJICA内部の組織・文化・仕組みの革新と、イノベーティブな技術を有する企業・組織との共創を含め、デジタルテクノロジーを事業の現場に取り込んでいくことに大別することができるが、STI・DX室が手掛けるのは主に後者。長野と早川は“インターナル・アドバイザリー”と呼ぶが、地域部、課題部といった事業のフロントを担う部門と協働しながら、彼らが接するリアルな現場の課題に、DX関連のシーズをマッチングさせていくことで、未来に向けて大きな開発インパクトを生み出す創造的な事業を生み出していくことが、STI・DX室のミッションであると言えるだろう。そうした取り組みの中からは既に、いくつもの先進的な事業が生み出されている。

「私が今、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、日本最大の公的研究機関である産業総合技術研究所(AIST)と共同で進めているのが、地球観測衛星から得られるデータを、分野横断的にさまざまな事業に活用していこうというプロジェクト。衛星データを活用した取り組みは既に、アマゾンなどの熱帯林における森林変化をモニタリングする『JICA-JAXA熱帯林早期警戒システム(JJ-FAST)』が立ち上がっており、違法伐採の取り締まり等へ活用されていますが、我々が目指しているのは、単にモニタリングするだけではなく、蓄積されたデータをAIによって解析し、“予測”するところにまでつなげていこうというもの。このAIを活用する部分で、産総研(AIST)の力を借りている形です。
この衛星データを使った分析〜予測は、ほかの分野でも活用が可能です。先に挙げた熱帯林のモニタリングはもちろん、農業分野においては、作物の作付面積の推定や潅水の検出を通じて、灌漑事業などの効率化に応用していくこともできるでしょう。他にも、違法漁業の監視や、人口の動態を動的に把握し、河川の氾濫予測と掛け合わせることで、防災や都市計画にも活かしていくことができる。衛星データの販売というのは既に民間でも手掛けており、無料で入手できるものも多いですから、我々JICAが取り組むのであれば、それらとは異なる価値を持つものでなければなりません。我々が考えているのは、これらのプロジェクトから得られるデータ、分析を、一つの“国際公共財”として活用していく仕組みを構築していきたいということ。それこそ、データを基に国内外のパートナーと議論し、国創りを支援するデジタル時代の水先案内人の役割も果たし、かつ途上国の人々にとっても使いやすく、役に立つ、SDGsへの貢献のためのグローバルな仕組みにしたいというのが、私が目指しているものです」(早川)

人口衛星により観測された森林変化の状況。

人口衛星により観測された森林変化の状況。

「私の方でご紹介するのは一種の遠隔医療なのですが、“医療ICT調査 (※注2)”という事業を、ケニア、ブラジル、インドネシアにおいて進めています。これは、この3ヵ国の40病院くらいに、デジタル技術を活用して解決したい課題はどんなものかというインタビュー調査を実施し、一方で、医療に関連した技術を有するスタートアップ、ベンチャーを含む100社超くらいから応募を募って、それらの課題と技術シーズをマッチングさせるという事業。もちろんその過程においては、我々の方で課題を絞り込み、技術の選考を行うわけです。
この“医療ICT調査”からは既にいくつか実証実験的な事業がスタートしており、一つは、日本のスタートアップ企業が開発した、スマートフォンに装着して眼の撮影をすることで診断ができるというデバイスを活用して、地方・医療過疎地の眼診断情報をクラウドで地域の中核病院に送り、遠隔診療を実施するというもの。人口約5,400万人のケニアには眼科医が150人くらいしかおらず、そもそも眼科医療の供給が不足しています。そうした中で、首都ナイロビのキベラ・スラムという同国最大のスラムに暮らす子供たちの失明率は高く、その多くは早期に適切な診断と処置が施されていれば免れられるものです。にもかかわらず、スラムに暮らす人々はなかなか病院に行けないし、ましてや眼科医療は望むべくもない。こうした状況を改善していくために、このスマホを活用した眼の遠隔診療は必ず大きな力を発揮するはずです。また、これもケニアの事例ですが、香川県の会社が開発した、妊婦のおなかに着けて胎児の心音をはじめさまざま音波を採取するという機器を使った、遠隔診療も実施しています。ケニアの出生人数は毎年150万人くらいになりますが、特に僻地に行くと安心・安全な出産が出来る環境や医療体制は整っておらず、100人中2人くらいの赤ちゃんがお産の段階で死んでいると言われています。DXを活用して、母体、胎児の健康状態を的確に把握していくことができれば、こうした課題へのソリューションにつなげていくことができるでしょう」(長野)

※注2:正式名称は「全世界医療 ICT による新型コロナウイルス対策支援に係る情報収集・確認調査」。

日本のスタートアップ企業の方。

ケニア、スマートフォンを使った眼の遠隔診療の現場で、機器の使い方を説明する日本のスタートアップ企業の方。

JICAの理念を実現するツールとしてのDX

ガバナンス・平和構築部 STI・DX室/早川裕太 構築部 STI・DX室/長野悠志

国際公共財としての地球観測衛星データの活用……スラムに暮らす子供たちにより良い医療を届けるための先端技術の導入……これらはまさに、JICAがミッションとして掲げる「人間の安全保障と質の高い成長」を、DXによって実現していこうとする試みに他ならないだろう。長野と早川の話を聞いていると、JICAが取り組むDXとは、時代のトレンドを追うような浮ついたものでは決してなく、JICAの核心、国際協力の王道を追求していくための、現代における不可避的な選択であるように思えてくる。

「JICAのDXを推進していくことで私が中長期的に目指しているのは、途上国におけるデジタル化がもたらす恩恵と、そこから生まれる脆弱性……そのバランスをとったうえでの、行政・民間における政策立案、施策運営を支援していくということでしょうか。今後、途上国におけるデジタル化が更に進んでいくと、データの独占やサイバーセキュリティ、個人情報保護といったガバナンス上の問題等も発生してくることは間違いありません。そうしたネガティブな要素をできるだけ低減し、デジタル化がもたらす恩恵を増幅することで、途上国に暮らす人々の生活水準を向上させていく……私は、そうした事業を手掛けていきたいと考えています」(早川)

「インフラ整備や途上国の現場における協力などフィジカル世界に強いJICAが、フィジカル世界の裏にあるデジタル領域のアーキテクチャの深い理解を伴ってこれまで手掛けてきたような事業をDX化できたら、ものすごい開発インパクトを生めるはずです。その際に大切なのは、デジタル世界の果実がリアルな空間の豊かさに繋がり、人々やコミュニティの発展に還元されていくこと。DX推進は、JICAが歴史的に重視してきた人間中心の開発を一層発展させる原動力となります。デジタルの力で人々の持つ可能性が解放され、一人ひとりの多様な幸せ、“well-being”を実現する……それが、私が展望しているJICAのDXの最終着地点でしょうか」(長野)

JICA理事長も務めた故・緒方貞子氏は「既存の型にとらわれて、できる、できないを言うのではなく、まずは実態を見て、できる、できないを考えることが大事です」と述べているが、長野や早川が推進する事業DXとはまさに、“既存の型”を打破することによって、JICAの理念・理想を実現しようとする試みであるのかもしれない。

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