“ゲームのルールが変わった”時代における
“決定的なパズルのピース”となるために
今や、DX(※注1 Digital Transformation/デジタルトランスフォーメーション)というキーワードは、あらゆる組織、個人にとっての共通の目標、テーマを指し示すものとして、すっかり定着した観がある。経済産業省がまとめている「DXレポート」は、その定義を「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と記しているが、DXとは即ち、従来語られてきた業務やプロセス、サービスの“デジタル化”や“IoT”等を遙かに超えて、組織文化、社会、人々の暮らしを、より良い方向に変革していくことを目指すコンセプトであると言えるだろう。世界のおよそ150の国・地域においてさまざま協力事業を展開するJICAにおいても、DXが現在、最も重要なテーマとなっていることは言うまでもない。JICAは2020年6月、ガバナンス・平和構築部内に“STI・DX室”を設立し、事業の中にDXを取り込んでいくこと、そして、DXを起点とした組織変革を急ピッチで進めているが、それは、極めて切迫した危機感と、未来を切り拓くことを目指す強固な意志に基づくものでもある。
「今後JICAのDXが進まなければ、国際社会におけるJICAの存在感の低下、価値喪失は避けられないでしょう。途上国に対して時代にそぐわない協力を行うことになりかねませんし、中長期的にデータの活用、DXを念頭に置いて、継続的な効果検証やインパクトの対外発信、事業効果の最大化を図っていく必要があることは間違いありません」
このように語るのは、2019年にJICAに入構し、現在はSTI・DX室に籍を置く早川裕太。学生時代に学内の研究室でサーバーの管理、Webアプリケーションの開発やデータ分析の実践スキルを磨き、開発経済学の研究において統計分析等にも親しんできた早川は、JICAきっての“DX人材”の一人であると言えるだろう。彼の話を引き継ぎ、10数年にわたってさまざま開発協力の現場に身を置き、世界銀行グループで途上国における民間セクター開発等を手掛ける国際金融公社(IFC)への出向も経験している長野悠志が続ける。

「コロナのパンデミックがあって、時計の針が一気に5年〜10年進んだという印象があります。これまで、“いつか来るはず”だと考えていたデジタルを活用した医療や農業、デジタル行政の構築といったものが、いきなり“すぐにやらなければいけないもの”として眼前に現れた。そうした中で、我々も当然ながらデジタル化する経済社会を前提とした開発協力を行う必要に迫られています。また、近年では開発をめぐる“ゲームのルール”は激変しています。2030年までの開発途上国におけるSDGs達成に必要な年間資金量は約500兆円ですが、JICAは1.5兆円前後、世界の開発協力機関の事業規模を合算してもだいたい30兆円くらいで、もはや開発の主たる担い手とは言えません。ESG投資の市場は約4,000兆円、インパクト投資は80兆円規模と、開発意図を有した民間資金は急拡大し、企業による革新的な技術やサービスが途上国の暮らしを劇的に変えている。開発途上地域のSDGs達成に向けた資金ギャップ200~300兆円を埋め、デジタルによる恩恵を含めたSDGsが指し示す世界を実現するためには、民間主導は不可逆です。JICAのような公的機関は“レバレッジ(=てこ)”の役割を果たしながら民間との共創を進め、民間の持つ豊かな資金や知見・技術を開発に向けていく創造的な国際協力のエコシステムに組み込まれていくべきです。このエコシステムの下では、デジタルの力で多様なプレイヤーが互いに繋がり合い価値が創出されます。私は、ゲームのルールが変わった時代における国際協力において、JICAが“デジタルネイティブ”かつ“共創ネイティブ”に変わり、エコシステムを構築していくうえでの“決定的なパズルのピース”にならなければならないと考えています」

※注1:英語圏においては、“transformation”の“trans”を、慣用的に“X”と略すことが多いことから、“DX”という略称が定着した。