“栄養改善”というマルチセクトラルな開発課題との出会い
学生の頃からアフリカの食料問題に興味があり、アフリカの農業セクターに関わりたいと考えてJICAを志望したのですが、入構以来私が辿ってきたキャリアパスは必ずしも想定通りではありませんでした。最初の配属は人間開発部で、アジアの保健医療セクターの担当。配属が発表された時は、保健の“ほ”の字も考えていなかったので少なからず戸惑いました。その後も、東・中央アジア部では大型円借款が動く電力セクターを中心に手掛け、直近で赴任していたセネガル事務所でも、主に携わったのは農業ではなく水産セクターでした。それでも振り返ってみると、これまで体験してきた業務はセクターや地域の多様性に溢れ、ワクワクの連続でした。どの部署でも新しい専門知識やモノの見方を学び、セクターや地域の共通点・相違点を横断的に比較する視座を獲得することができました。回り道を経て、今、私が自分自身のキャリアで大事にしたいと考えているのは、一元的な視点では捉えきれない複雑系の課題に、セクターや地域の壁を越えて取り組み、価値を創出する姿勢です。そして、それを実現する場のひとつが、「10%共有ルール」も活用しながら長く関わり続けてきた、“栄養ナレッジ・マネジメント・ネットワーク(以下、“栄養KMN”)”と言えるでしょう。
この“栄養KMN”は、“栄養改善”というセクター横断的な開発課題に取り組むため、保健、農業、水・衛生、海外協力隊、民間連携等の、さまざまなセクターやスキームの担当者が組織横断的に集い、活動するタスクフォースです。私が入構した2016年は、第6回アフリカ開発会議(TICAD Ⅵ)においてJICAが「食と栄養のアフリカイニシアティブ(IFNA)」を立ち上げたタイミングでもあったため、私が所属していた保健グループとIFNA担当の農業グループのメンバーを中心に活発に議論が行われていました。もともと農業分野への関心が強かった自分にとって、普段はアジアの保健案件に携わりながら、アフリカの農業担当からも最新の情報を得つつ、ネットワーキングができる場があるのは大きな刺激になると考え、自ら希望してこのタスクフォースに参加したのです。
結果的に“栄養KMN”への参加は、単に農業に対する興味・関心を満たすだけでなく、今に至る私の問題意識を深め、キャリアテーマを見いだしていくうえで、非常に大きな意味を持つものになったと思います。なぜか? それは栄養改善が、縦割りを打破してマルチセクトラルに取り組むことが鍵となる開発課題だったからです。例えば、低栄養の子供が目の前にいたとして、保健的な取り組みをしただけでは栄養価の高い食料が手に入らないままで、問題は解決しないかもしれない。また、食事が改善したとしても手洗い啓発をしないと下痢が続いて、やはり問題は解決しないかもしれない。そこで、各セクターの知見を持つ人々が共同で複合的な要因を分析し、対策を講じることで初めて解決策を見いだせる課題、それが栄養改善なのです。この“栄養KMN”に参加したことが、私の分野横断的/マルチセクトラルな姿勢を育む契機になりました。
この“栄養KMN”に関わり続けるうえで活用させてもらったのが「10%共有ルール」という制度。これは、上長の了解をとったうえで、業務量の10%程度を目安に、自身の所属部門以外の興味・関心を持つ業務に携わることができるというJICA内の仕組みです。私はこれを、2018年から2年間所属した東・中央アジア部から活用しました。先にもお話しした通り、“栄養KMN”は人間開発部保健グループなどが中心に運営するタスクフォースで、発足当初私は同部門に所属していましたから、そこに参加することは“本業”の一部でした。しかし、東・中央アジア部に異動すると本業ではなくなってしまう……せっかく蓄積してきた栄養改善に関するナレッジや組織内のネットワーク等を維持し、さらに発展させていきたいと考えた私は、「10%共有ルール」の活用を上司に相談し、タスクフォースでの活動を継続することにしたのです。その後、広報班長を拝命したこともあり、私の“栄養KMN”への関わり方もぐっと深化し、JICAの一般向け広報誌「mundi」で、
栄養改善特集号の編集に関わったり、広報イベント向けに大人も子供も楽しみながら栄養改善の課題を学べるカードゲームを開発したりといった、対外発信活動を積極的に展開しました。また、タスクフォース内で初対面のメンバー同士の議論をより活性化させていくために、“ワークショップデザイナー”という資格の勉強をし、誰もが発言しやすい場づくりやファシリテーション技術等に活かすといった活動も行っていましたね。