先輩協力隊員20年越しの挑戦-日本の農業ビジネスモデルをタンザニアへ

2021年12月8日

タンザニア本土(タンガニーカ)独立60周年特集

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(注)11月16日に行われた元タンザニア隊員、長谷川竜生さんへのインタビューの内容をもとにまとめました。

海外協力隊での活動がきっかけとなり、現在はタンザニアで食品加工会社(マトボルワ社)の経営者として活躍している協力隊OVが長谷川さんです。アフリカの農業開発をライフワークとする長谷川さんが、いかにして現在に至ったのか、協力隊経験がもたらしたもの、タンザニアでの活動について、その歩みを振り返ります。

ドドマでの隊員時代と挑戦のはじまり

長谷川竜生さんは1995年から1998年まで首都ドドマにある公共事業省首都開発公団で野菜栽培の協力隊員として活動しました。アフリカの農業を発展させることが自分の人生をかけて挑戦することだという思いは隊員時代にすでにありました。「若くて経験や知識も不足していた。」と当時を振り返って自らを評価し、不完全燃焼に終わった隊員時代の思いを打ち明けてくれました。一方で、タンザニアの人たちは何もできないと感じた自分を温かく迎えてくれ、歓迎してくれたといいます。タンザニアの人たちに対して感謝の気持ちを示しお返しをしたいという思いが沸き上がってきたと同時に、長谷川さんは隊員時代に様々な援助団体を見て回った結果、農業開発の必要性を強く感じ始めました。当時、アフリカでいかに農業を発展させるかという課題は未知の領域であるとも感じ、これこそ自分がライフワークとして挑戦する価値のある分野だという結論に至ります。

隊員活動がもたらしたもの

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25年前、隊員当時の長谷川さんとクリスピンさん、首都開発公団の育苗場にて

3年間の協力隊活動で得られたものとして長谷川さんがまず挙げたのが、スワヒリ語力です。これはタンザニアでビジネスを行う上で非常に有利です。スワヒリ語の流暢さと気の利いた会話術からすれば、タンザニア人にとって長谷川さんは「真のスワヒリ人」です。

それ以上に大きな財産は今も続くタンザニア人の友人との関係です。隊員時代に知り合った友人と長谷川さん。二人とも当時若くて何もなかったからこそ利害関係抜きの友情を築くことができたと言います。それは隊員という立場だったからこそできたのだと。その友人とは会社の共同経営者クリスピンさんです。クリスピンさんに長谷川さんのことを尋ねると、現在の二人の関係は共にタンザニアの未来を語るビジネスパートナーであり、毎日の仕事が終われば友人として20年以上前と変わらぬ付き合いが続いているそうです。

タンザニアで起業するまでの道のり

帰国後、長谷川さんは京都大学の大学院でアフリカの農業について研究します。そのうち2年間はJICAの海外長期研修制度(当時)を利用してタンザニアのソコイネ農業大学に在籍し、農村でフィールドワークを実施しました。隊員時代の任地ドドマは、タンザニア内陸部の半乾燥地帯にあります。ドドマの農村でフィールドワークを続けるうちに、半乾燥地の農業は、日本のように雨の多い温帯の農業とは全く違うことに気付きます。大学院での研究後は、企業の農業参入事例として評判になっていた居酒屋チェーンに就職するなど、様々な経験を積みました。

その後、農業専門の出版社で働いているときに、日本の某大手食品会社が全国で約3000人もの契約農家と協働し、二人三脚で原料栽培をしていることを知り、おおいに感銘を受けます。また取材で知り合った農業経営者に、胸中に秘めたアフリカ農業開発への想いを語り、共感してくれる仲間を見つけ、タンザニアでの起業を形にしていきます。

日本の農業ビジネスモデルとサツマイモをアフリカへ

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契約農家と栽培の状況を確認中(2017年撮影)

「援助」という形だけではアフリカの農業の成長は見込めない、新しい形が必要と考えていた長谷川さんにとって、日本の某大手食品会社と契約農家の関係性がマトボルワ社と農家との関係性のお手本となりました。農家にサツマイモの苗を無料で配布して育ててもらう。収穫した芋を選別して、マトボルワ社が良い商品を作るために必要な大きさの芋には、インセンティブをつけて現金で買い取る。翌年もっと手取りを増やすためには、どのような栽培技術の改善をすべきか、スワヒリ語の栽培マニュアルで説明する。毎年これを繰り返すことで契約農家は技術力を向上し、消費者の動向にあった商品をマトボルワ社と一緒に創りだすパートナーとなっていきます。そして付加価値のある作物をつくれる農家として、農業経営を安定していくことができるのです。

日本から品種導入したサツマイモ「タマユタカ」は干し芋専用の品種で、農薬や肥料を使う必要がなく乾燥地にも適しています。隊員活動後から約16年後の2014年、長谷川さんは日本企業から出資を受け、友人のクリスピンさんと一緒にマトボルワ社をタンザニアのドドマに創業しました。

マトボルワ社の活動

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出来上がった干し芋を笑顔で見せる工場長

現在、マトボルワ社の社員は15名でそのうち12名は女性です。シングルマザーも多く、企業として女性の自立や生活の安定にも貢献しています。工場長も女性で、マトボルワ社は他とは違うと彼女は言います。タンザニアでは自分の持ち場の仕事さえ終えればそれぞれ家に帰ってしまう職場が多いけれど、マトボルワ社では自分の仕事が早く終わった人は、他の人の仕事を手伝い、就業時間まで全員が協力しあって、その日に計画した仕事をきっちり終わらせます。JICA関係者を含め日本人が工場見学に来ることもあるそうですが、効率よく働くマトボルワの社員を見てみな大変驚くそうです。会社の設立から7年、社員へ辛抱強く働きかけをし、またタンザニアでは珍しいこうした働き方を好む社員が長く勤め、同じような考え方の人が徐々に集まった結果が現在の姿であり特別なことはしていないと長谷川さんは言います。

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干し芋づくりの訓練。

企業活動としては、干し芋のように栄養のある安くておいしい製品を作ることを大切にし、干し芋やイモケンピを主流商品として、その他にも日本の技術を使って添加物のないドライフルーツの製造を行っています。また、サツマイモ「タマユタカ」の品種登録や栽培法については2017年よりJICAとの協力で「市場志向型農業を可能にするサツマイモの品種、栽培・貯蔵技術の普及・実証事業(注1)」を実施し、タンザニアに適した栽培法の確立がなされ、2020年にはタンザニアでタマユタカは正式に品種登録されました。

道半ば~これからを見据えて

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ドライパイナップル作り

長谷川さんはインタビューの途中で何度も「まだ道半ばです。」という言葉を繰り返されています。タマユタカの栽培についても、契約農家はモノづくりのパートナーであると考え、より良い商品を作るための栽培方法を確立し、それによって得た利益を還元していける関係づくりを目指しているそうです。

コロナ禍でビジネス的に打撃を受けたこともありましたが、クラウドファンディングも利用して資金を調達し、現在の規模を拡大し、日本への商品の輸出拡大も見据えています。「アフリカの農業開発」という大きな目標に向かって進む長谷川さんにとってはマトボルワ社のこれまでの成功はまだ始まりなのかもしれません。今後の長谷川さんの活動に注目です。

(注)マトボルワ社ではこれまでJICAインターンシッププログラムにもご協力いただき7名のインターンを受け入れています。