コソボ紛争終結から20年、メディア支援が創る「民族融和の未来」

2019年4月24日

民族同士が激しく衝突したコソボ紛争の終結から今年で20年。今も対立が続くアルバニア人、セルビア人の融和を目的に、コソボの公共放送局RTKがJICAの支援のもと、民族混成チームによる情報番組の共同制作・放送を続けています。政治や経済などデリケートなテーマを取り上げることも増え、日本語の「旨味」にちなんだ情報番組「UMAMI(ウマミ)」の放送も行われています。(注1)

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共同で放送業務にあたるRTKのアルバニア人とセルビア人のスタッフたち

2つの民族がひとつの番組を共同で制作

共同制作番組「UMAMI」の撮影風景

コソボ唯一の公共放送局RTKは、2013年に少数派のセルビア人向け番組チャンネルRTK2を開設しました。それまではアルバニア人スタッフしかいませんでしたが、RTK2の開設を機会に、初めてセルビア人を雇用しました。しかしながら、両者の間に交流はなく、別々のオフィスでそれぞれ番組を制作する状態でした。

JICAは2015年、RTKの能力向上プロジェクトを開始。RTKが異民族間の対話促進をリードする重要な役割を果たすため、正確で中立・公正な情報を提供するための番組づくりや報道、それを支える機材の充実の支援を続けてきました。

プロジェクト終盤を迎え、取材を受ける橋本専門員

プロジェクトの専門家や、JICAで平和構築やメディア支援を担当する橋本敬市・国際協力専門員は、交流の機会を増やすため、両民族のスタッフが共同で番組制作をすることを提案しました。その取り組みから誕生したのが、「In Focus(イン・フォーカス)」という情報番組です。最初の頃は観光や農業といった無難なテーマを扱っていましたが、スタッフ間の距離が縮まるにつれて選挙や政治といったデリケートな問題も取り上げるようになりました。番組の放送回数はすでに30回を超え、RTKの看板番組になりました。

「UMAMI」は2017年に放送を開始。番組は両民族の融和をコンセプトに掲げ、さまざまなテーマを双方の視点で掘り下げるドキュメンタリーです。これまでに2回、放送され、視聴者からは高い評価を得ています。両民族が視聴できるよう、字幕でアルバニア・セルビアの二言語に対応しています。

一触即発の“危機”乗り越え、尊敬し合える同僚に

しかしながら、制作の過程ではときに衝突が起きることもありました。あるとき、企画会議の最中にセルビア人スタッフのひとりがコソボをセルビア統治時代の旧称である「コソボ・メトヒア」と呼んだところ、アルバニア人全員が激高し、ののしり合いが始まりました(注2)。

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打ち解けるスタッフたち

そんな彼らの関係性も数年間、仕事をともにするうちに大きく変わったと橋本さんは言います。「いまでは空き時間に一緒にコーヒーを飲みに行く普通の友達づきあいをしています。どちらの民族に属しているかは誰も気にしていません。プロのジャーナリストとして、お互いの仕事を尊敬する仲になっています」。日本は紛争中も、特定の勢力に偏ることなく、バルカン地域で中立の立場を保ってきました。政治的に機微な部分もあるメディア支援は、そんな日本だからこそできた取り組みでもあります。

JICAが供与した放送機材もスタッフ間の協力を促した

また、JICAが供与した機材によって全チャンネルの放送設備が統合されたことも、両者の共同作業を後押ししました。おかげで、両民族のスタッフがニュースや番組の素材を共有しながら一緒に働く機会が増えたのです。

日本に根付く番組審議会を、独立性を守る盾に

放送に使われるRTKのスタジオ

放送局内で民族間の協力が進む一方で、コソボでは他民族を中傷するフェイクニュース(虚偽のニュース)も発信されるようになっていました。さらに民族の融和・共存を図ろうとするRTKに対し、強硬派の民族主義者やさまざまな政治勢力が圧力をかけてくることもありました。こうした状況を打開するため、JICAの働きかけによりRTKは、外部の有識者委員が放送の質や倫理、政治的中立性を確認する「番組審議会」の設立に向けて動き出しました。

番組審議会は日本では法律によって各放送局に設置されていますが、欧米では一般的ではなく、コソボにも存在していませんでした。しかし、外部の介入にかねてから問題意識を持っていたRTKのスタッフらはすぐに賛同。委員が問題ありと判断したコンテンツは、独自に開発したアプリによって、委員間で即時に共有・確認できるようになり、日本以上に機動的で効果的な制度をつくりました。

橋本専門員は、これまでネパールや南スーダンなどでもメディア支援の事業に取り組んできました。その経験から「公正かつ中立で正確な情報を提供するメディアの存在は、民主化や平和の定着に欠かせない。フェイクニュースやヘイトスピーチが世界的に問題になっていることもあり、途上国でも信頼できる公共放送を確立することは重要」と指摘します。JICAは今後もアフリカやアジアなどで、メディア支援の取り組みを継続していく方針です。

(注1)90年代、セルビアの自治州だったコソボで人口の9割以上を占めるアルバニア系住民が独立を求め、紛争が発生。1999年に紛争は終結したが現在も両民族は緊張状態にある。

(注2)コソボは旧ユーゴスラビア時代、セルビア共和国内の自治州となり、「コソボ・メトヒア」という名称で呼ばれていた。メトヒアには「セルビア正教会の土地」という意味があり、イスラム教徒が多数を占めるアルバニア人には、異教徒であるセルビア人統治時代を思い出させる言葉だった。