日本のケアサービスでお年寄りが笑顔で過ごせる社会を:タイで健康長寿への取り組みを進める

2019年9月13日

9月16日は敬老の日です。2018年の高齢化率(65歳以上の人口が総人口に占める割合)が28.1%に達した高齢社会先進国日本(注1)。長年にわたり、高齢化対策を図ってきたなかで培った日本の知見を生かし、JICAは、急激なスピードで高齢化が進む東南アジアで健康長寿への取り組みを進めています。

タイには約100万人の村落保健ボランティアと数万人の高齢者ボランティアというケアサービスの担い手が大勢います

これまで10年以上にわたり、高齢化対策の支援を行ってきたタイ。高齢化率は約12%(2018年)で、2022年には14%を超えるとされています。日本が7%から14%まで24年かかった期間に対し、タイはそれよりも早い20年で到達すると言われています(注2)。

日本が培ってきたノウハウや教訓を生かし、タイの文化や生活に合わせた高齢者へのケアは今、ベトナムなど周辺国からも注目されています。

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国連「世界人口予測2017年版」に基づきJICA人間開発部高等教育・社会保障グループで試算(2017年現在)

シームレスなサービスを目指すS-TOP 

現在、JICAがタイで取り組んでいるのは、「高齢者のための地域包括ケアサービス開発プロジェクト(S-TOP)」です(注3)。地域での医療・リハビリテーション・生活支援といった切れ目のないサービス提供を通じて、高齢者が病院から在宅生活にスムーズに移行できるようなモデルを構築し、やがてはタイ全土まで広げ、ひいては周辺諸国への展開を目指します。


(注3)「S-TOP」は、シームレス(Seamless)なサービスをタイの高齢者(Thai Older Persons)に提供し、寝たきりをストップ!(STOP)というキャッチフレーズ。

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S-TOPはチェンマイ、バンコク、プーケットなど8ヵ所の試行地域でスタートし、2022年10月まで続けられる予定です。写真は第2回タイ国内セミナーのノンタブリ・サイト展示ブース。タイ全土77都県に向けてS-TOP活動の発信の場となりました

JICAはこれまで、タイでは所管官庁が別々で、完全に縦割りであった「医療・保健」と「福祉」のサービスを統合する仕組みづくりを経て、地域でのケアマネジメントや介護技術の導入といった高齢者介護に特化したプロジェクトを実施してきました。日本で指導を受けた看護師などがケアマネージャー育成プログラムの講師となるなど、現在7千名を超えるケアマネージャー養成の一助となっています。

しかし一方で、脳卒中や転倒による骨折などで治療・入院の後、集中的できめ細かなリハビリテーション医療、いわゆる中間ケアのフォローアップが足りないまま早期退院して、寝たきりになってしまう事例も少なくありません。

とりわけ低・中所得者層が利用する約100か所の公立基幹病院(三次医療機関)は慢性的に患者が集中しがちで急性期医療が優先されるなど、中間ケアに十分手が回っていないのが実情でした。

そこでS-TOPではタイ保健省の方針に沿い、まずは全国8ヵ所のコミュニティ病院(二次医療機関)を中間ケアの実施機関として活用することを中間目標に、各地の実情を調査しました。そして、各モデル地区に合わせた活動計画が地元関係者の手によって作られました。

タイが高齢化対策のフロントランナーに 

2010年からタイの高齢者支援プロジェクトに携わる中村信太郎国際協力専門員は、「実はタイの介護に対する考え方は日本とはけっこう温度差があります。現場の医療従事者、特に医師の方々のリハビリに対する認識もまだ成熟していません。そこで医師や看護師をはじめ、理学療法士、保健師、栄養士といった人たちを日本に招き、超高齢社会の最前線で実際に行われている地域包括ケアサービスの見学や体験研修を行っています」と話します。

2019年1月、藤田医科大学(愛知県)で開催されたリハビリテーション医療研修風景。日本の理学療法士がリハビリ機器の具体的な使い方などを指導しました

JICAは2019年1月、医師や看護師、理学療法士向けにサービス体系・技術の研修を愛知県と長野県で行い、2月にはタイ保健省と社会開発・人間の安全保障省等の行政官やプロジェクトサイトの病院長向けに北海道で政策研修を実施。また、8月には、プロジェクトサイトの県保健局幹部らを北海道に招き、日本の病院や自治体の取り組みに関する視察や意見交換を行いました。

S-TOP現場責任者であり、日本での研修、招聘事業に同行した小出顕生チーフアドバイザーは次のように語ります。

「研修を修了した方々は現場のリーダーとして活動しています。最近はベトナムなどの周辺諸国からもタイでの高齢化対策・高齢者支援の取り組みに関心が集まっていて、この分野ではフロントランナーとしての存在感を高めてきています。サービスを受ける本人やご家族はもちろん、所属機関や職種の壁を乗り越え、ケアマネージャー、医師、看護師、理学療法士、自治体、地元ボランティアの方々が顔の見える密な連携をとってシームレスな(途切れない)サービス提供を進めていく大切さを理解していただいているのは大きな収穫です」

日本は同じ課題に取り組むパートナー  

日本では一般化したデイサービス的ケアも、タイでは役所内やお寺で実施されているケースもある。写真は2019年4月にオープンしたピモンラート町役場内のディケアセンター

JICAの支援が重視しているのは、主人公はあくまで現地の人々ということ。それはS-TOPでも同じです。

「国が違えば文化も生活も異なるので介護も変わります。日本が培ってきたノウハウや教訓を生かしながら、タイ独自の良さも取り入れて高齢者のための包括ケアサービスを一緒に作り広めていきたい。デイサービス一つとっても日本とは異なり、地域によって施設への送迎は地元のボランティアが行なったり、入浴ではなくマッサージが基本的なサービスだったりと、タイの生活に根ざした形にアレンジされています」と中村国際協力専門員は語ります。

高齢化分野の支援は、世界一の高齢社会である日本だからこそできる強みでもあります。そして日本は支援する側だけではなく、当事者として超高齢社会に向き合っていく必要があります。

「タイに一方的な支援をするだけでなく、同じ課題に向き合うパートナー同士として、ともにより良い地域包括ケアサービスづくりに取り組んでいく意義は、きわめて大きいといえます」と言う中村国際協力専門員の言葉にはさらに力がこもります。