東南アジアで生きる日本バス事業のノウハウ:運転技術から経営改善まで、100余年の知見を開発途上国に

2019年9月17日

9月20日は、日本の「バスの日」。この日は、1903年に京都で乗り合い自動車の運行が始まった日とされています。以来、交通手段の一つとして、バス事業は日本全国で発展してきました。鉄道や航空事業に比べて少ない資金と時間で整備できるバス事業は、開発途上国の公共交通として欠かせない存在です。JICAは、日本のバス事業者が培ってきた100余年にわたるノウハウを生かし、複数の国でバス事業を支援しています。その中から、東南アジア3カ国での事業内容を紹介します。

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ヤンゴンの市バス。運転、点検、経営など、さまざまな領域で日本のバス事業の知見が生かされています

ミャンマー:「安心・安全」を支える技術移転    

ミャンマー最大都市ヤンゴンでJICAは2017年から「ヤンゴン公共バスサービス改善プロジェクト」を実施しています。同市は現在、人口約510万人を抱え、2035年には950万人を超えると予測されるなど、急速な都市化による道路渋滞の悪化、人と環境に配慮した公共交通網の構築が課題です。

市内を走るヤンゴン公共バスサービス(YBS)に向け、日本のバス事業者による運転技術や車両の維持管理の技術移転を行っており、車両の維持管理では、神姫バス株式会社(兵庫県)の協力を得ています。車両点検ハンマーによるナットの緩みやタイヤの空気圧の確認など、車両の異常を検出する方法をYBSの担当者に指導。その様子を動画で撮影した日常点検マニュアルも作成しました。ほかにも、運転・接客マナーの教育や、バスのルートとダイヤを記載したバスマップを市民に配布するなど、サービス向上に取り組んでいます。

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車両点検ハンマー(右)を使った車両維持管理の研修風景(左)。YBSの整備士らにとっては馴染みのない手法で、研修では驚きの声が上がります

「ヤンゴンには、もともと個人事業のバスオーナーが7000人ほどおり、安全運転や定時運行よりも、一人でも多くの人を乗せ1円でも多く稼ぐためにバス事業者同士が競い合っている状況でした。現在、YBSは法人化され、個人事業者は8グループ21社に統合されています。我々は事業者が質の高い公共バスサービスを提供できるよう、さまざまな指導を行っています」と、プロジェクト総括の高木通雅専門家は述べます。

さらに、「次の挑戦は、3年前に設立されたヤンゴン地域政府交通局(YRTA)の能力向上です。日本ではバス事業者が中心となって質の高い公共交通サービスを提供していますが、ヤンゴンでは行政機関であるYRTAと民間事業者との連携で、公共交通サービスの提供を目指しています。そのため、YRTAの能力向上が今後のヤンゴンの公共交通サービスの自立発展に欠かせません。また、現在、日本政府の支援でヤンゴン環状鉄道の改修が行われており、この鉄道とバスの連結性を強化し、利用者の利便性を向上することも我々の使命と考えています」と今後の抱負を語ります。

ラオス:公共交通存続のための組織改革  

ビエンチャンの友好都市となっている京都市から、中古の市バス36台が2018年に寄贈され、ビエンチャンで活躍しています

ラオスの首都ビエンチャンで2011年から行っているのは「ビエンチャンバス公社能力改善プロジェクト」です。ヤンゴンと同様に都市化による人口増加が進み、車両登録台数が2005年の20万台から、2015年には70万台に急増。車やバイクなど、プライベートの交通手段が増える一方で、バスの年間利用者は2002年の760万人から、2009年には285万人にまで減少しました。バス事業存続の必要性について、武田圭介専門家は次のように話します。

「ラオスには鉄道がなく、車やバイクを持たない人や運転ができない人のためにも、公共交通であるバスの存在は必要不可欠。そのため、バス公社の組織改革と経営改善を図っています」

車両の維持管理法の指導から、現在は労働環境やサービスの改善を実施。以前は、バス運転手の給与が歩合制で、運賃の中抜きや乗客の多い道への勝手なルート変更などが発生していたことから、固定給に変更し、バス公社が売り上げを正確に管理できる体制に移行中です。

また、イーグルバス株式会社(埼玉県)の協力で、バス公社の中にサービス改善に注力する新たな組織を立ち上げました。バス運転手らのユニフォームを導入するなど日本的なサービスにより既存のバスへのイメージを刷新。バスにセンサーを付けて乗客人数を記録し、各時間帯のバス需要を把握してダイヤも組み直しました。

イーグルバスは、運行ルートごとの傾向なども調査し、その結果を基にした経営戦略について、日本での経験を踏まえバス公社に助言しています。このように勤務制度と運行効率の両面への取り組みで、バス公社は路線バス全体の収支が改善しています。

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サービス改善の一環として、運賃を回収する車掌係が新たに設けられました

カンボジア:公共サービスとしての成長

2014年9月にバス公社が設立されたカンボジアの首都プノンペンでは、2017年から「プノンペン都公共バス運営改善プロジェクト」を進めています。設立当初は3路線57台のみの運行でしたが、日本から80台のバスを無償で提供。中国からのバスの供与もあり、現在は13路線235台にまで拡大し、乗客は当初の1日あたり6000人から3万人にまで増加しています。

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日本から無償提供されたプノンペン都バス。市民の脚として広く活用されています

バスの運行状況がわかるプノンペンのバスアプリ

「プノンペンの道路交通の8割がバイクで自動車も急増しており、プノンペン都は交通渋滞の緩和や事故件数の低減を危急の課題として対策に取り組んでいます。そこで、私的な交通手段を代替するバスの利便性を高める対策を支援しています。その一環として、運行状況を確認できるアプリサービスを提供しました」と言うのはカンボジアでのプロジェクトを担当する高橋君成専門家です。すべてのバス車両にGPSが搭載され、アプリによってバスの位置情報がスマートフォン上で確認でき、利用者に好評です。

さらに、GPSによって得られたデータは、ラオスでもバス事業を支援する日本のバス事業者イーグルバスの協力で、走行距離数による定期整備の実施や運転手の配置の最適化などに活用され、安全性の向上や経営効率化につながっています。

また、バス公社幹部らは2019年2月、日本で全国に先駆けて基幹バスレーンやガイドウェイバスなどのバス優先施策を実施している名古屋市で、これらの運行に携わっている名鉄バスを訪問し、公共交通利用促進の政策や、安全のための取り組みを含むバスサービス運営のノウハウを学びました。プノンペン市民へのアンケートでは、今後、路線の拡大や更なるサービス向上が期待されていることがわかっており、継続的な支援が求められています。

今後、公共交通としてのバスは、ほかの開発途上国でも需要が生まれるものと予想され、各国での事業成果が活用されていくことが期待されます。日本が長年にわたって培ってきたバス事業のノウハウは、これからも遠く離れた地で走り続けていきます。