モンゴルで広がり始めた協力の輪:ハイブリッド自動車のバッテリーリサイクルに向けて

2019年4月25日

モンゴルでは、「ゲル」と呼ばれる移動式住居に暮らす遊牧民が国民の約3割を占め、馬、羊、ヤギ、牛、ラクダといった家畜を遊牧しながらの伝統的な生活が営まれています。一方、最近では、多くの遊牧民の家庭に太陽光パネルが設置され、ハイブリッド自動車が人気を集めています。

伝統と先端技術が交じり合う現代モンゴルにおいて、今、自動車バッテリーのリサイクル制度の構築を目指して、日本の企業、大学、JICAがそれぞれの立場で協力を開始しています。モンゴルで新たに始まったユニークな取り組みを紹介します。

1.日本企業や大学と連携して、モンゴル政府の取り組みを後押し

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伝統的な馬ではなく、プリウスで家畜を遊牧する様子

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埋立処分場に廃棄されたハイブリッドバッテリー

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モンゴル政府への提言を行う劉教授

モンゴルでは、経済成長に伴って近年急速に自動車が増加しています。一方、国内では自動車を生産していないため、その殆どは海外から輸入された中古車です。街では、日本語や韓国語表記の残る古いトラックやバスなどもよく見かけます。

また、近年、モンゴル政府が燃費の良いエコカーに対する税制優遇措置を導入したことも相俟って、ハイブリッド自動車が急増しています。中でも一番人気はトヨタのプリウスで、人口100人当たりのプリウス保有台数は世界一と言われ、ウランバートル市内には「プリウスセンター」と呼ばれるプリウス専用の自動車整備工場まであります。

ところが、モンゴルでは、使用済み自動車の適正処理と再資源化に関する法律が整備されておらず、使用できなくなった自動車の不適切な処理や不法投棄によって環境問題を引き起こしています。特に、鉛バッテリーによる土壌や水質の汚染状況は深刻であり、汚染された土壌に生える牧草を食べたり、汚染された水を飲んだりした家畜の血液から、基準を超える濃度の鉛が検出された事例が度々報告されています。

ハイブリッド自動車に使用されるニッケル水素バッテリー(HVバッテリー)については、鉛バッテリーに比べて環境汚染のリスクは低いですが、ニッケル、コバルト、レアアースなどの有価金属を含むため、日本などでは回収され、再資源化されています。一方、モンゴルではバッテリーとしての寿命が尽きると、ゴミとして廃棄されています。

こうした状況を受けて、モンゴル政府は、使用済み自動車の適正処理と再資源化に関する法律の作成に着手しました。ところが、法案の作成作業は開始されたものの、モンゴル国内には十分な知見がないとして、JICAに対して協力の要請がありました。

JICAは、使用済み自動車の中でも鉛バッテリーが特に深刻な環境汚染の原因となっていること、また、HVバッテリーの再資源化については日本企業にノウハウが蓄積されていることから、使用済み自動車バッテリーの適正処理と再資源化に焦点を当てた協力を行うこととしました。そして、日系企業の協力のもと、10年以上モンゴルの使用済み自動車の現状について研究を行っている東北大学の劉庭秀教授と共に、自動車用バッテリーの適正処理と再資源化に向けた調査を実施し、モンゴル政府へ提言を行いました。

2.モンゴル発!ハイブリッド自動車バッテリーのリサイクルモデル構築に向けて

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典型的な遊牧民の家庭。ゲルの横に太陽光パネルが設置されている

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ゲルの中では鉛バッテリーが電源として利用されている

モンゴル政府が法制度整備を進める傍ら、現場では日本企業や大学が率先する形で、HVバッテリーのリサイクルシステム構築に向けた動きが始まりました。使用済みHVバッテリーを性能別にA~Cの3段階に分けて、適正処理と再利用を行う仕組みです。

バッテリーは充電を行うことで繰り返し利用することが可能ですが、使用年数と共に劣化します。廃棄処分された自動車に積まれたHVバッテリーがまだ自動車用バッテリーとして再搭載可能な性能(Aランク)である場合には、整備を行い、中古バッテリーとして自動車用にリユースされます。

一方、自動車用バッテリーとしてリユースすることのできない性能(Bランク)のHVバッテリーについては、遊牧民の家庭での2次利用を目指します。モンゴル国民の約3割は遊牧生活を営む遊牧民であり、地方に暮らす遊牧民の多くは、使用済み鉛バッテリーを太陽光パネルなどの発電システムとつなげ電源として利用しています。この習慣に着目し、鉛汚染の要因となる鉛バッテリーの代わりに、より汚染リスクの少ないHVバッテリーで代用できないか、劉庭秀教授、Erdenedalai BAATAR(博士後期課程)氏などを中心とする東北大学の研究グループは、モンゴル国立大学と共同で研究を開始しました。

そして、2次利用も出来ない性能(Cランク)の使用済みバッテリーは、回収し、マテリアルリサイクルを行います。モンゴル国内ではHVバッテリーの再資源化ができないため、リサイクルを行うには一旦日本へ輸出し、日本で処理する必要がありますが、バッテリーはそのままでは危険物として扱われる為、中継国を経由するのが容易ではありません。難しい課題ですが、今回のJICA調査をきっかけに、複数の日系企業が、モンゴルにリサイクル工場を建設し、一次処理を行うことに関心を寄せるなど、課題解決に向けた動きも出てきました。

3.共通のゴールを目指し、それぞれが自分の立場でベストを尽くす

JICAと共に現地調査を実施した劉教授は、「自動車の鉛バッテリーによる環境汚染は多くの開発途上国が直面している課題である一方、持続可能な解決策を示すことのできた事例は僅かである。モンゴル政府がJICA調査の提言を参考に適切な法制度整備を進め、数少ない先行事例となることを期待する」と言います。さらに、ハイブリッド自動車バッテリーに関しては、「開発途上国でHVバッテリーのリサイクルシステムを構築しようとする試みは、世界でも先進的な取組みであり、上手くいけば他の開発途上国へも応用可能なモデルとなる。モンゴルでは、JICA調査をきっかけに日本とモンゴルの産学官がそれぞれの立場で協力を始めており、この機会を活かして持続可能な社会の実現に向けた国際資源循環モデルを構築していきたい」と今後に向けた意気込みを語ります。

モンゴルを舞台とした新たな挑戦は、今後も続いていきます。