「安全でおいしい水」の普及で「日本水大賞・国際貢献賞」を受賞: JICA専門家・中本信忠 信州大学名誉教授

2019年7月12日

JICA専門家として長年にわたり国内外で活動を続ける信州大学名誉教授の中本信忠先生が、「第21回 日本水大賞」(主催:日本水大賞委員会/国土交通省)の「国際貢献賞」を受賞しました。先生はもともと微生物の生態研究のスペシャリストで、水の浄化方式である「生物浄化による緩速ろ過方式」(Ecological Purification System/EPS)の第一人者です。

6月に日本科学未来館(東京都江東区)で行われた「第21回 日本水大賞」表彰式で、ご自身の活動について講演する中本信忠・信州大学名誉教授(右)

生物の働きにより“安心・安全”な水に浄化するEPSは、電気や薬品に頼らないシンプルな原理で、保守や管理が容易な上、コストもかからないというメリットがあります。

このため途上国にも向いており、これまで先生がアジアや大洋州の国々でEPSの普及に努めてきた実績が高く評価され、今回の受賞につながりました。

日本水大賞は、地球規模の水循環の健全化を視野に、自然の豊かさとともに水災害に強い社会の実現に寄与した人々を表彰するもので、なかでも国際貢献賞は、活動範囲がグローバルであり、技術のみならず人や文化の交流も含めて多大な功績を挙げている個人や団体に贈られます。

現在、長野県上田市を活動拠点とする中本先生に、生物浄化法である緩速ろ過方式やJICA事業との関わりなどを話して頂きました。

【画像】

JICA専門家・中本信忠 信州大学名誉教授。EPS研究の原点、長野県上田市の染屋浄水場のろ過池にて

自然にも人にもやさしい、古くて新しい生物浄化法

染屋浄水場のろ過池の底に敷かれた砂礫表面の藻を採取。水面に見える茶色の浮遊物は光合成による酸素の泡で浮き上がってくる藻類被膜。これら真綿状の藻類は生きているため臭わない

「日本には名水百選があります。伏流水はどうしてきれいなのか。生物浄化法の仕組みと同じです。ろ過池の藻や砂礫につく微小生物が汚れや細菌類を取り込んで分解する“食物連鎖”を利用しています。ろ過池の砂の表面に茶色っぽい藻が生育していますが、これが鍵なんです。薬品類を使わないから水道管などの設備も長持ちするのでメンテナンスも最小限で済む。開発途上国だけでなく、高齢化や人口減に直面する国内の市町村にも適しています」。中本先生は生物浄化法についてこう説明してくれました。

中本先生とJICAとの関わりは古く、1974年にブラジルのサンパウロ大学サンカルロス分校の衛生工学部に「ダム湖生態系利用での富栄養化防止」の技術指導に赴いたのが始まりです。そして、EPS研究の原点とも言うべき染屋浄水場のろ過池での藻の役割を研究し始めたのが1984年、信州大学繊維学部応用生物科の助教授になったときでした。

「84年以降も日本各地で調査・解析を行い、とりわけ幾度もお世話になった宮古島の浄水場での調査が、その後のアジア・大洋州地域における上水道管理技術研修へと実を結びました」

【画像】

いろいろな生物が活動している砂礫の層は薄く、多くの場合2センチもない。約200年前、緩速ろ過が使われ始めたときは、主たる浄化作用が生物群集による働きであることがわからなかった

維持管理のしやすさで、南の島々で大きな成果

中本先生は日本国内での研修の講師にとどまらず、スリランカ、バングラデシュなどで精力的に生物浄化法による飲料水の普及技術協力を行ってきました。近年ではJICA専門家として携わったサモア水道事業運営の支援と、フィジーでの生物浄化法による村落給水アドバイザーとしての活動がとくに印象深いと振り返ります。

「2010年にアジア・大洋州地域を対象に宮古島で行ったJICA研修のフォローアップとして、2018年にサモアの首都を訪れました。既存の緩速ろ過施設がうまく稼働しておらず、私は生物浄化法の考えでアドバイスしました。当初は現地の人たちの勘違いなどもあったので、英語版の標準作業手順書などを作った結果、水質検査の合格率も毎回ほぼ100%を達成できるようになりました」

また、フィジーでは首都から離れた村落をいくつも巡ったと言います。JICA専門家として2014年から2018年11月まで合計8回フィジーを訪問。現地のEPS施工担当部署や監督機関に対して現場で指導してきました。

【画像】

フィジーにて、JICAシニアボランティアの江口秀満さん(当時、左から2番目)と一緒に現場で説明する中本先生(右端)

「フィジーの村々ではカバの儀式でもてなしてくれるのですが、胡椒科の木の根から作られる絞り汁・カバの杯を渡されたら飲みほさないと失礼になる。でも、胃薬のような味で正直ちょっと大変でした。それを苦労して飲み干すなど、コミュニケーションにも気を遣いました。そんな甲斐もあって、現在まで100を超えるEPS施設が作られるなど、大きな成果が生まれています」

水の時代と言われる21世紀こそ、新たな見直しを

生物浄化である緩速ろ過を経た水は、濁りどころかわずかな匂いさえも感じられない。その味は、人によっては“まろやか”に思えるもの

今、日本の水道は都市部を中心に、凝集剤投入や薬品消毒を行う急速ろ過方式が主流となり、給水量のおよそ8割を占めているとも言われます。ただ、人々の食や水への意識の高まりも背景に、近年は生物浄化法である緩速ろ過法が見直されつつあります。

「研究者や水関連業者はつい新しい技術に目が向いてしまいがち。ですが、古くから現在まで使われている技術はある意味、完成されています。ご承知のように、売られている“おいしい水”は、ほとんどが自然界で浄化された地下水などですよね」

日本は南北に長く、四季もはっきりしていて寒暖の差があります。少雨で比較的乾燥した土地から多雨で湿潤な地域もあり、また、急峻な渓谷を流れる清澄な川もあれば、決してまだ十分にきれいとはいえない湖沼も存在します。

「まさに日本は水問題を扱うのに適した環境で、その強みを生かしてさまざまな技術開発ができますし、世界に発信できるはずです。これまで私は海外での活動が多かったけれども、今後は国内に軸足を置きたい。生物浄化法である緩速ろ過方式の啓発活動は“未来への投資”なんだと、改めて感じています」。終始にこやかに話してくれた中本先生でしたが、このときばかりは自分自身に言い聞かせるように、力強く語ってくれました。

中本信忠(なかもと のぶただ)
信州大学名誉教授、NPO地域水道支援センター理事。理学博士。1942年、東京生まれ。東京都立大学大学院では微生物生態学や藻類の繁殖と栄養塩に関する研究などを行う。国内外の浄水場で生物現象を調査・研究。2005年、「藻の繁殖に着目した緩速ろ過技術」で愛知万博「愛・地球賞」を受賞。