2019年9月22日
2019年9月、簡易雨量計を用いたコミュニティ防災活動を他国の関係者に紹介する研修が実施されました。研修はコスタリカ国家災害対策緊急委員会(CNE)とパイロット4市の協力で20日(金)から22日(日)の3日間に渡って行われ、コスタリカに招待されたホンジュラス、パナマの防災機関職員や市職員、そして両国のコミュニティ住民らおよそ60名が、コスタリカのコミュニティ住民グループと交流し、活発な意見交換が行われました。
この交流は、研修の企画から実施まで2か月と極めて短い期間で実現しましたが、これは6か国を対象とする中米広域プロジェクトのメリットが活かされた形です。きっかけは今年7月に中米防災調整センター(CEPREDENAC)が主催した広域セミナーでした。コスタリカ防災関係者が発表したコミュニティ雨量観測ネットが他国参加者の間で注目を集め、今回のホンジュラス、パナマからの視察へとつながったのです。視察団に選ばれた9名の参加者のなかには、このコスタリカ旅行が初めての海外旅行だという人が半数の5名もいました。近いようで遠いお隣同士の国々。彼らにとってはより一層、印象に残る交流となったことでしょう。
一方、コスタリカ側の市の職員はもちろん、コミュニティリーダーらにとっては自分たちの活動の意義を再確認する機会となり、人に伝える実践的な訓練の場となりました。今回の研修では学びたい側も伝える側も雨量観測活動やコミュニティ組織化への理解が深まるとともに、異なる国同士の防災関係者につながりが生まれ、雨量観測にとどまらず、防災活動で引き続き交流が行われることが期待されます。
知識を学ぶ、ということも研修の大切なテーマですが、情熱をもって防災活動を日々実践している隣国の友人と知り合い、お互いの思いを知るということも大きな収穫です。一見何気なくセルフィ写真を撮る行動も、その出会いの思い出も、知識と心、活発な意見交換、すべてがひとつにつながって初めて普及されるのが防災文化というものかもしれません。
コスタリカでは、近年、住民による雨量観測ネットワークの形成が、大きな注目を集めています。「コミュニティ雨量観測ネット(Red de Clima)」と呼ばれるこの取り組みは、ペッドボトルなどの身近な材料をつかった簡易雨量計による住民の予警報活動です。雨量計を自宅などの庭先に設置して、毎日決まった時間に雨量を測り、SNSを通じて住民、市役所、中央防災機関でネットワークを作り共有します。それによって洪水や土砂災害が起きる前の避難の判断に活かすものです。
コミュニティ住民による雨量観測網をつくろうという取り組みは、2017年、BOSAIプロジェクトでコミュニティ住民への研修をきっかけにスタートしました。コスタリカを含めた中米諸国では、気象機関や自治体の雨量観測網が日本のように整備されておらず、気象観測地点が少ないため、小さな流域で発生する局地的な豪雨が観測地点ではカバーされないことがしばしばあります。そのため国の防災機関や市は、広範囲にわたって警戒地域を設定せざるを得ません。また特にプロジェクト対象4市は、流域面積の小さな急流河川の扇状地に形成されているため、上流の山岳地域で降った雨が計測されないことで、警報を発出するタイミングが遅くなりがちです。
コミュニティ雨量観測は当初、自ら観測したデータを使って、コミュニティ住民の話し合いで累積雨量40~50mmなど警戒基準値を設定し、コミュニティ住民の早めの避難に役立てるのが目的でした。しかし、やがて市内の近隣の他のコミュニティも観測に参加するにつれて、パイロット市の防災担当者は、市全体で推進しよう、と考えるようになりました。例えば、上流と下流のコミュニティが連携して計測結果を共有すれば、小さな流域における局地的な豪雨を監視するシステムとして機能するポテンシャルは十分にあります。今ではパイロット市内の全コミュニティに雨量情報が共有されており、この2年の間に国の防災機関と市がコミュニティ活動のフォローを続けていくうちに、活動の成果が少しずつ見えてきました。雨量観測を行なうことでどのくらいの雨量で災害が発生し、どのようなタイミングで事前の備えが必要となるのかを定量的に理解出来ることから、雨量観測活動はコミュニティ組織の防災能力の向上にも大きく貢献しています。
BOSAIプロジェクトを国の防災機関として統括するドゥグラス・サルガード氏は、この取り組みについて次のように語っています。「ペットボトルなど生活に身近なモノで、住民自身が雨量計を自作するのがポイントです。コミュニティ雨量観測ネットの成功のカギは《ローテク防災》です。もちろん、コミュニティでの雨量観測の取り組みはこれまでもあり、今回が最初ではありません。しかし取り組みが長く続かないことがほとんどでした。雨量観測の自動システムを導入すると、機器が故障した場合に修理出来ずに観測しなくなってしまうのです。」ローテク雨量計は、転倒マス式の雨量計と異なり、危険なレベルの雨量を目で理解できるのがよく、またデータロガーもなく、すべて手入力。それが却ってオーナーシップを高め、早めの自主避難につながっているようです。
また別の職員は従来の取り組みの失敗の原因として「これまでは国や自治体からコミュニティへのフィードバックが足りなかった。データの収集をお願いしているのは国の防災機関。行政が機材を供与すると自分のものとして所持している感覚も薄いから雨量計を大切にもしません。データを送り続けることの意味が次第にわからなくなり、動機付けが薄れ、計器のメンテナンス不良をきっかけにやめてしまうのです。」と語ります。
持続性のひとつのキーはやはり動機付けです。デサンパラドス市の防災担当職員は、次のように語ります。「当市では住民から吸い上げた日雨量をデータベース化しています。また、大雨が降り続いている時には観測頻度を3時間毎に増やして警戒しています。こうしたデータは河川流量情報と合わせて分析することも可能であり、災害前に的確な対応を行なうため、市の防災委員会への情報提供の際に活用されています。これらの調査はコミュニティ雨量観測ネットなしでは出来なかったことです。市内のコミュニティのみならず大規模災害時には他市にも雨量情報を共有しています。」とコメントしています。
また、コミュニティ防災支援の活動を行っているエスカス市職員は、住民はセンサーだと強調します。その際に「住民の皆様から寄せられる雨量情報や土砂災害などの予兆、被災情報は、市の防災にとって、とても大切です。住民の皆さんは、いわばモニタリングのセンサーの役割を果たしています。」と説明しています。このように、自分たちの提供した情報は市の防災に役立っているというセルフ・ガバナンスの感覚が、住民の防災への主体的な参加意識を育んでいることも雨量観測ネットの大きな特徴です。市にとって大切なデータであるだけではなく、コミュニティは自分たちが観測したデータが市の防災に貢献していることを実感することで、計測を継続する大きな動機付けとなっているわけです。
さらに、雨量観測ネットの副産物はそれだけではないかもしれません。これまでコスタリカでは個人主義的な文化が根強く、“近隣コミュニティにあまり関心を持たない傾向がある”といわれてきました。しかし、2017年10月のハリケーンの際、パイロット・コミュニティと近隣コミュニティの間で、助け合いの動きがみられました。これまで早期警戒システムといえば、公的機関がハザードや水文気象情報を提供し、その情報をもとに自治体が住民へ避難などの安全対策を呼び掛ける、という具合に、上から下に情報が下っていく構図でした。近隣コミュニティの状況がどうであれ、自分の地域だけに関心が向かいます。また、そうした行政側の情報発信の責任が重ければ重いほど、住民たちのなかに「警報の発令を待つ」あるいは「市職員の指示を待つ」という“受け身の防災行動”を知らず知らずのうちに育んでしまいます。
しかし、SNSで近隣のコミュニティが警戒レベルの雨量状況にあることを知ることができるようになると、近隣コミュニティの災害状況への関心を呼び覚まし、SNSを通じた横から横への情報の流れが加速します。その意味で、参加型のネットワークは単に情報共有と分析のみならず、参加意識を醸成し、地域の絆を深め合い、ひいては地域の防災文化を育む意味でも、優れたツールとして大きなポテンシャルがあると言えます。そして、市のたゆまぬ努力も忘れてはなりません。コミュニティでは仮に雨量がゼロの日でも欠かさず記録と共有を続けていますが、住民の観測を支えるのは市職員です。こうした習慣づけを促すのは大変な努力ですが、市が雨量データを統計としてフィードバックを行なっていることが、地域住民の動機付けにつながっています。
コスタリカではこうした活動がロールモデルとなり、コミュニティ防災委員会の組織化が進んでいきました。そして今、2020年のBOSAIプロジェクト終了に向け、こうしたコミュニティ防災活動の普及を進める段階に差し掛かっています。市の支援を受けてコミュニティ防災委員会が他のコミュニティに雨量観測ネットを紹介するという、いわば水平展開(Community to Community)の動きも現れています。他のコミュニティや地域に普及するという行為それ自体が、自らの知識や動機付けを再確認する機能を果たし、ネットワークが大きく広がることで、活動がパイロット地区のひとつの点で終わらず線で結ばれ、容易には消えない成果となりつつあるのをみると、これまでの4年間の活動の歩みを感慨深く思います。今回のホンジュラス・パナマからの視察団の受け入れは、コスタリカの市役所職員・住民にとって大きな自信となったことでしょう。
9月にコスタリカを訪問したホンジュラスとパナマの人たちは、雨量計設置から観測データの記録、SNSによる共有といった技術的な側面だけではなく、この仕組みを支える国の防災機関、市職員、コミュニティリーダーの努力や熱意を知ることになりました。
現在、ホンジュラスのラセイバ市、パナマのチェポ市では、結成して間もない、若いコミュニティ防災組織への支援が行われています。特にパナマ・チェポ市では、コミュニティ防災組織の立ち上げは初めての取り組みとなります。先を歩む者がいない状況で進んでゆくのは誰しも不安であり、何をすればいいのか悩みながらのスタートです。また関係者の理解を得ながら活動を前に進めていくためには、自らの活動に対する確信が必要です。彼らにとって、コスタリカの仲間が大きな助けとなり、先行者の取り組みが大きな道しるべとなることを期待しています。
作成:小野寺 純(人材育成担当専門家)、佐野 康博(長期専門家)
CNE長官による挨拶
コミュニティリーダーによる発表
コミュニティ雨量観測ネット研修での意見交換
コミュニティ雨量観測ネット研修の様子(1)
コミュニティ雨量観測ネット研修の様子(2)
コミュニティ雨量観測ネット研修の様子(3)
コミュニティ雨量観測ネット研修の様子(4)
市のタイムライン計画について説明する様子
コミュニティリーダーが発表を行なう様子
コミュニティでの一時集合場所の視察
簡易雨量計の確認
地すべり箇所の視察
観測地点の例(アセリ市)
観測データの集計例(アセリ市)