2023年3月8日
本プロジェクトで2022年8月から開始した現状調査において、タミル・ナド(TN)州のがん対策の課題について検討し、がん政策の実施・評価・モニタリング等において改善の余地があることが明らかとなりました。がん対策そのものの理解や行政機関の機能に課題があることが想定されたため、日本のがん対策にかかる行政及び医療体制の視察を通じて、TN州がん政策の効果的な実施・管理にかかる体制構築に資することを目的とし、TN州ハイレベルの行政官や専門医に対する招へいを実施しました。2023年2月7日から10日の4日間、TN州保健大臣、州保健事務次官を含む行政官3名、及びがん専門医3名の計7名を日本に招き、我が国のがん対策に係る行政および医療関係者との協議や関係機関の視察を行いました。
1日目の午前は、JICA本部を訪れ、井本佐智子理事からの歓迎のご挨拶ののち、プロジェクトチームによるオリエンテーションを実施し、本招へいの目的やスケジュールの説明、日本の保健医療システム等についてブリーフィングを行いました。さらに、JICA関係者によりJICA保健セクター事業概要やインド・TN州への協力実績や今後の計画についての説明がありました。
午後は、厚生労働省を訪問し、我が国のがん対策の変遷と、がん対策基本法やがん対策推進基本計画の内容とその評価システム、がん検診の実施状況や受診率向上に向けての取り組み等に関するプレゼンテーションが行われ、特にがん検診の仕組みやデータ管理、がん対策推進基本計画見直しに係る指標についての質疑応答が活発に行われました。最後に、福島靖正医務技監よりご挨拶があり、今回の訪問による今後のTN州におけるがん対策推進への期待が寄せられました。
JICA本部にて集合写真
厚生労働省での協議の様子
2日目は、終日国立がん研究センター(NCC)にて、講義、協議、病院視察を行いました。講義では、(1)我が国のがん対策におけるNCCの役割や技術支援、(2)がん登録の仕組みとデータの活用、(3)がん検診を中心としたがん対策の仕組みとその戦略、(4)子宮頸がんの診断と治療、(5)希少がんにおける臨床研究についてプレゼンテーションがありました。また、中釜斉理事長からのご挨拶の他、がん専門医3名はNCC病院内の内視鏡科および放射線治療科を視察し、がんの診断・治療における最新の機材や技術について学びました。一日を通して、我が国のがん一次・二次予防、治療提供体制から最新の治療技術まで多岐にわたる質疑応答が行われ、どのセッションにおいても活発な協議がなされました。
NCCにて集合写真
内視鏡科での見学の様子
3日目の午前は東京都を訪問し、成田友代福祉保健局技監からの歓迎の辞の後、東京都におけるがん対策の取り組みについてプレゼンテーションをしていただきました。東京都内における検診受診率の地域差、医療施設の整備状況・がんの拠点病院の指定要件、新型コロナ感染症流行化における検診受診やがん罹患率への影響などに高い関心が寄せられました。特に注目を引いたのが、大腸がん予防を目的としたウォーキングイベントにおいて、無料で検診の機会を提供する取り組みで、州保健大臣からは「ぜひTN州でも取り入れたい」との声が上がりました。
午後は八王子市において、石森孝志市長との面談の後、地方自治体の検診受診率向上を目指したがん対策の取り組みを中心にご説明いただきました。特に同市が“ベストナッジ賞”を受賞した損失フレーム・メッセージを用いたはがき送付による大腸がん検診受診勧奨の説明においては、非常に感心している様子がうかがえました。続いて八王子市と密に連携している八王子市医師会を訪問し、“八王子市方式”(注)と呼ばれる独自の検診の質の統一・保証をめざす取組を行う読影室を見学しました。最後に、検診設備が整ったみぎたクリニックを視察し、最新医療機器や患者や住民の気持ちに配慮された工夫などについて説明を受け、多くの質問が飛び交いました。
(注)肺がん、胃がん、乳がんの全検診画像結果を八王子市医師会に集め、複数の医師によって二重読影を行う取り組み
東京都における協議の様子
八王子市にて集合写真
八王子医師会の読影室で説明を受ける様子
みぎたクリニック視察の様子
4日目の午前は、島津製作所東京支社を訪れ、阪本学分析計事業部海外営業部長からのご挨拶ののち、最新の医療機器に関するプレゼンテーションがありました。がんにおける光免疫療法やインドで罹患率の高い頭頚部の末期がん治療に効果があるという分子標的薬開発に関する紹介であり、特にがん専門医から多くの質問がなされました。
協議・視察の結果を振り返るクロージングセッションでは、TN州行政官からは我が国のがん政策について、がん対策基本法の役割、地方自治体の役割や民間・医療機関との連携体制、職場検診などに関する学びから、TN州での事例活用の可能性や一次予防の強化等今後改善すべき分野について意見が挙がりました。がん専門医からは、今回の視察で学んだ診断・治療方法について日本とTN州の違いの紹介や日本で今後学ぶべき技術の提案、住民のリテラシー向上を目指す取組等への関心が寄せられました。今回の視察・協議の結果をまとめ、本プロジェクトの今後の計画・実施に役立てていく予定です。本件にご協力くださった皆様に心より感謝申し上げます。