津波防災教材承認ワークショップが開催されました

2019年2月19日

2019年2月19日、当プロジェクトで作成してきた津波防災教材をニカラグア防災機関(SINAPRED)の正式な防災教材として採用することを目的に、SINAPRED職員と日本人専門家による津波防災教材承認ワークショップが開催されました。

1992年の津波被害を踏まえ、ニカラグアでは津波防災推進が国の優先課題のひとつとなっています。当年津波被害以降、ニカラグアの観測機関は24時間体制で津波及びその原因となる海溝型地震の観測を行うようになり、太平洋沿岸には津波警報サイレンが設置されています。このような体制を敷いているのは、中米地域でもニカラグアだけです。また、イースター時期を目安に毎年実施される海の安全に関するキャンペーンを活用して、住民への意識啓発も積極的に行っています。これらの活動は1992年の津波の際、「住民が津波について何も知らなかったこと」、「津波襲来を知らせる方法(情報伝達手段)を行政が持っていなかったこと」に対する反省と教訓から、継続的に実施されるようになりました。このような政府機関の努力により、1992年と比べると津波に対するニカラグアの安全は格段に高まっていると言えます。

一方、これでニカラグアの津波防災体制は十分と言えるのでしょうか?そこで日本の経験が重要になってきます。日本にも24時間の津波観測体制があり、地震発生から数分で津波警報や避難勧告などの情報が住民に伝えられます。またテレビなどメディアを駆使するとともに、沿岸部には津波警報サイレンが多数設置されており、情報の聞き逃しが起こらないような配慮も行われています。それでも、東日本大震災では多くの方が亡くなられました。これだけの津波観測と情報伝達体制が整っていたにも関わらず、なぜ多くの犠牲者を出す結果になったのか、そこに日本がニカラグアに伝えるべき津波の教訓があるのです。

今回の採用対象となる教材は5編あります。第1編と2編は1992年のニカラグア津波の教訓を基に、津波のメカニズムと対処行動を知る内容となっており、イラストや動画を使い、誰にでも分かりやすい構成にしてあります。第3編は津波早期警報システムについてです。ここではニカラグアの津波警報伝達体制について触れるとともに、日本の津波避難に関する調査や研究に裏付けされた「逃げない人間心理」について解説しています。例えば、最初の津波警報で避難したにも関わらず津波被害がなかった場合、次の津波警報で避難しない人が増えることが明らかになっています。日本ではイソップ童話を参照に「オオカミ少年効果」と言われています。また、人間には津波などの不都合な情報を過小評価する「正常化の偏見」という心理特性も明らかになっています。ニカラグアの早期警報システムは警報を出すだけではなく、その情報を受け取った住民が行動を起こすまでを含めてシステムと呼んでいるため、こうした住民の心理特性について大きな関心が示されました。

さらに第4編と5編では、「逃げない人間心理」によりフォーカスを当てることになります。具体的には「あなたの子供が瓦礫の下敷きになっています。瓦礫を簡単には排除できなそうであり、しかも津波サイレンが鳴っている状況です。あなたは子供を助けますか?それとも避難しますか?」と参加者に問い掛けます。すると多くの参加者が「子供を助ける」と答えます。子供を見捨てて避難できる親などいません。ですので、その行動は親として当然の行動です。一方、そのようにして日本でも多くの親が子供を探したり、助けようとしたりして津波に呑み込まれてしまったのも事実です。親や人として正しい行動が、津波に対する行動として正しい訳ではありません。ましてや防災機関の職員がそれでいいのでしょうか?そこで「人としても、防災機関職員としても正しい行動とは何だろうか?」と問い掛けます。残念ながら、その状況におかれた場合にできることはほとんどありません。

一方でなぜ瓦礫の下敷きになるのかというと、多くの場合は建築基準を満たす適切な建築がなされていなかったために、建物が地震の揺れで損壊するからです。では、誰が建築基準を満たさない家を建てたのでしょうか?それは子供の命を守りたいと思っている親自身なのです。多くの人は建築基準を満たすことの重要性を認識しつつも、建築コストを抑えるために安全を犠牲にします。しかも、その場では安全を犠牲にしていることをあまり認識することもありません。しかしながら、このように大切な命が危険に晒される具体的な状況を想定することで我がこと感を持ち、建築基準を順守することの重要性に身を以って感じることができるのです。当プロジェクトで作成した津波防災教材は、ただ単に津波の知識や対処行動を教えるだけではなく、人間の心理特性も踏まえながら、実効性のある避難体制を構築するための知恵を与えるものでもあります。それは、知識と行動を理解していたにも拘わらず多くの津波犠牲者を出した経験と教訓を有する日本だからこそできるものでもあります。

津波防災教材承認ワークショップは大変好評で議論が白熱したため、第2回ワークショップを早急に開催することが決まりました。また、その中で紹介したビデオ教材を承認する機会も持つことになりました。正式採用後はニカラグアの国家研修計画等で全国的に活用される予定であることから、こうした教材が全国で使われ日本の津波経験が共有されることで、ニカラグアの津波防災が大いに進展するよう当プロジェクトは引き続き協力していく所存です。

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ワークショップ参加者と日本人専門家(右)

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日本人専門家の発表の様子

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真剣な表情で発表を聞く参加者