「釜石の奇跡」の立役者である片田教授が、ニカラグア教育省に対し防災教育講演会を実施しました

2019年8月17日

2019年8月17日、ニカラグア教育省が主催する「2019年学校安全協議会」において、「釜石の奇跡」の立役者である東京大学片田教授が防災教育に関する講演を実施し、全国の教育関係者約180名がその話に耳を傾けました。

前回の片田教授のニカラグア訪問は今から遡ること4か月ほど前の2019年4月でした。その時は津波防災祭りなど、ニカラグアのコミュニティで実施されている防災活動の支援・指導が大きな目的でした。それが、今回の対象は教育関係者です。これはどういうことでしょうか。

片田教授は「防災教育と地域防災は不可分」だと言います。4か月前の津波防災祭りでは学校を巻き込んだことで、生徒とその保護者など多くの参加を得ることができました。普段は津波防災に参加しない大人たちも、子供に関わることには興味があります。そこで、子供に関わる活動を通じて大人たちの防災への接点を増やすことが、学校を巻き込んだ津波防災祭りの目的の一つでした。そして、大人たちを巻き込んだ上で、防災活動を継続する動機を与えなければなりません。
一方で子供たちは、「揺れたらすぐに避難!」「サイレンが鳴ったらすぐに避難!」などの津波避難をはじめとした災害対応の基礎知識は有していますが、災害に対する現実感・我が身に起こるかもしれないという危機感は、これまで大きな災害を経験していないだけに希薄です。そのため、実際に災害が起こった場合でも、対応行動を阻害する多くの事象に心奪われることなく、実効性ある避難ができるように子供たちを育んでいく必要があります。

そこで片田教授は「釜石の奇跡」を題材にしながら、日本で展開されている3つの防災教育について紹介しました。
一つ目は「脅しの防災教育」です。これは「過去に〇〇(災害)が起こった大変な地域だから、その時はちゃんと対応行動するように!」というように、災害に対する脅威や危険な場所を教え、恐怖を喚起することで災害時の対応行動を生み出す手法です。しかし、こうした外圧により形成される意識や行動は長続きしません。また、「危険な地域に住んでいる」という思いが募り、郷土愛が薄れ、地域の発展を阻害する要因にもなり得ます。
二つ目は「知識の防災教育」です。これは、災害に関する知識を与えることで対応行動を促すことです。これについて一見何も問題ないように見えますが、実は大きな課題が含まれています。それは「災害イメージの固定化」です。東日本大震災では想定を超える津波が東北地方の沿岸に押し寄せ、その浸水範囲は津波ハザードマップで記された範囲を大きく超えるものでした。「想定外だった」と言ってしまえば簡単ですが、「想定」とは何なのでしょうか?そして誰がそれを作ったのでしょうか?「想定」とは一つの災害シナリオであって、それ以上の災害もそれ以下の災害も起こり得るのが災害であり、自然の猛威なのです。そして「想定」を作ったのは人間自身です。人間が自然の営みを規定することには限界があります。
もちろんハザードマップなどの災害情報が重要なことは言うまでもありません。しかしそれ以上に大事なことは、こうした情報をどのように理解し対応行動に移していくかという、各個人の災害リスクや防災に対するリテラシー(認知)を高めていくことにあります。そのためには、ただ単に災害情報や避難行動を教えるのではなく、そうした人々の行動を促す「思い」(内発性)を醸成する防災教育が大事になります。片田教授はこうした防災教育を「姿勢の防災教育」と呼んでいます。

片田教授は、「姿勢の防災教育」に関する釜石での一事例を以下のように紹介しました。
一通り津波の知識について子供たちに教えた後に、『君たちは間違いなく避難してくれると思う。でも君たちのお母さんはどうするだろう?』と聞いてみました。すると子供たちの表情が途端に曇り出しました。子供たちはみんな、お母さんが迎えに来てしまうと思ったのでしょう。そこで、『どうしたらいいか?』と子供たちに聞いたら、『今日お母さんに、ちゃんと逃げるように話す。』という回答でした。そこで『もっといい方法を教えてあげる。それは君たちがちゃんと避難する子供であることを行動で示し続けることだよ。君たちがちゃんと逃げると親が信頼できないと、きっとみんなを探しに行ってしまう。だから君たちが行動で示すことが大事なんだ。そうすることで君たちの命も、家族の命もみんな救うことができるんだよ。』と伝えました。
「姿勢の防災教育」の成果は、東日本大震災の時に釜石の子供たちが示してくれました。

災害、その時に人が思うのは自分の命の危険ではなく、大事な人のことだと言います。それを示すように、地震の大きな揺れを感じ、津波警報が鳴り響く中で親が子供の安全を憂い、探し続ける中で帰らぬ人となった事例も報告されています。もしそうであるならば、防災とはただ単に知識を伝えるのではなく、家族や地域との関係性の中で捉えるべきものではないでしょうか。そして「親が子を思い、子供が親を思う」という、その人間らしさで災害の犠牲になるのではなく、そうした家族に対する「思い」を各自の防災行動や家族全員の命を救う行動に転換させていく必要があるのです。

片田教授は最後に災害文化について語りました。「防災教育を10年続ければ、防災の姿勢を身に付けた大人を形成することになる。さらに10年続けることで彼らも親となり、防災の姿勢を身に付けた親の元で、防災の姿勢を身に付けた次世代が形成されることになる。このように世代間で災害に対する知恵が継承され、災害文化として定着する。そのためには、最初の10年の継続的な努力が重要になる。」この話を聞いた参加者からは、「今の自分たちの努力が、将来の子供たちの未来に直結することが分かった。今我々が行動に移すことが大事だ。」という感想が聞かれました。その言葉を聞くだけでも、今回の講演は大成功だったと言えるでしょう。

片田教授のニカラグア訪問はBOSAIフェーズI及びフェーズIIを介して、2009年より定期的に行われています。今回初めて接する機会のあった教育分野の大統領顧問から「ニカラグア来訪は何回目ですか?」と聞かれ、「もうかれこれ10回近くは来ています。」と答えたところ、「こうした訪問の全てがニカラグアの発展の力になる。今後とも指導を宜しくお願いします。」と述べられました。

BOSAIフェーズIIでは片田教授の協力の元、地域と学校が連携した効果的な防災活動の推進と、ニカラグアでの災害文化の形成・定着に向けて、引き続き活動を継続していきます。

作成:川東 英治(長期専門家)

【画像】

開会式の様子

【画像】

挨拶をする教育分野大統領顧問(写真中央)と片田教授(写真右側)

【画像】

片田教授の講演の様子

【画像】

講演に耳を傾ける教育関係者